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『アルプスの少女ハイジ』のパン

ご多分にもれずCOVI D-19をきっかけにYouTubeを見るようになりました。どこにも行けませんでしたしね、一歩外出すれば何かと気を遣います。テレビの大画面にYouTubeを写しさながら旅行気分で眺めれば、しばらくは気が紛れる、というものです。

次にハマったのはパン作りです。この機会を好機と捉えて、シナモンロールのキットの通信販売を始めたYouTuberもいて、私もそれに乗っかって初めての手ごねでパンを焼きました。このYouTuberの方はスエーデン在住で現地の言葉で日本のお菓子のレシピ集を出していらっしゃいます。この方がきっかけで以前からの夢だったパンの手作りを実現できたのです。

パンは生き物だと聞いたことがあります。ぷっくり膨らんだその肌を切る。するとクッキー生地のようには丸めても元どおりにはならないのよ、とずいぶん前子供たちを連れて行ったファームランドのお姉さんが言っていました。だから、ヨーロッパのパン屋は、朝一番の早起きで別格な存在だったんだ、と思っていました。食卓を飾る大事な食品、その命をつかさどるパン屋さん。ちょうど日本では、早起きで修行僧みたいに厳格にコツコツ仕事をするお豆腐屋みたいな存在でしょうか。

話がそれました。

YouTubeを見ていて気付いたのですが、外国住まいの日本人にとって食パンは特別な存在のようです。くだんのスエーデン在住の方は、いかに食パンのようなフワフワのパンをやくか、そしてそれを使ったフルーツサンドや、ハニートーストをどうやって作るか。パリのYouTuberは市販のパンの中で、どれが食パンに近いか食べ比べ。アメリカからは、失敗しないフワフワのクリームパン。食パンへの懐かしさと憧憬をひしひしと感じます。

日本で育った人にとってパンと言うとやっぱり真ん中が白くて柔らかい、食パンなんでしょうね。それがパンの第一印象を作っている。

以前ドイツに住んでいた時、一時帰国をしたことがありました。わずか一週間ほどでした。帰路はアンカレッジ乗り換え。到着直前に出た朝食は小さなプラスチックのジップバッグに入ったパンとヨーグルトのセットでした。パンはライ麦の粒を四角く固めたみたいなパンです。一口含むと酸っぱいライ麦の香りが広がり粒がわかる歯応えがありました。あーこれこれ、とドイツに帰ってきたこと実感しました。

あの頃のドイツのパンは固かった。ブロッチェンは擦ると血が出る。バゲットで殴ると人殺しになる、とは二十歳そこそこでフランクフルトに就職した同僚の間で笑った冗談です。

擦れば血が出て、殴ると人を殺せる(?)ほどのパンですが、かたくいられるのはわずかな時間なんです、実は。焼き立てフレッシュであるがゆえのカリカリなので、午後には人を殺すなんてとてもできない柔らかさになってしまいます。ドイツに渡った直後、アパートが決まるまでビジネスホテルに住んでいました。朝食付きでしたので、起きた順に最上階のダイニングルームで焼き立てのブロッチェンをいただきました。歯も立たないくらい固いパンの横腹にナイフをさしいれぐるりと開き、白くてお麩のように乾燥した内側にバターを塗ります。ほのかな温かみで黄色く染みたところへジャムをのせ、顎が痛くなるほど噛むと口の中にじんわり小麦の香りが広がってとても美味しいんです。

長期滞在でしたので、一週間もしないうちにホテルの従業員と仲良しになりました。中にはドイツ語が堪能な子もいて、休みの日に厨房から何かをもらっていました。それが、時間がたって柔らかくなったパンだったんです。ほんの数時間前まであれほど硬かったのに、フワッと噛み切れるぐらいしっとりしていました。

その後の暮らしの中で、パン屋さんにはお世話になりました。冬の早朝、まだ暗い街で唯一明るく道を照らしていたのはパン屋さんでしたし、その店先の側溝からは湯気が立ち上っていました。早い時間からお年寄りが開店を待って並んでいたのも思い出します。そして焼き立ての暖かいブロッチェンを懐に入れ家路に向かう。買い溜めみたいにたくさん買う人はいませんでした。それはきっと、あのカリカリが一番美味しいからなんですね。

さて、タイトルの『アルプスの少女ハイジのパン』ですが、本当はハイジの白いパンとしたかったのです。

ハイジはクララのおうちで初めて食べたフワフワの白いパンに憧れた、というお話です。

でもね、普通のパンも時間が経つと柔らかくなってしまうのですよ、とウンチクをたれたかったのですが、ちょっと事情が違うようでした。ハイジはスイスの目の悪いおばあさんが歯が悪くてパンが食べられないことに腐心して、フランクフルトのクララの家で食べた白いパンをおばさんに持って行ってあげようと考えたのでした。

当時、スイスの農村ではライ麦のパンを一度に焼いて数日かけて食べるのが習慣でした。ライ麦パンは、パウンド型で焼いたケーキみたいな形のずっしりと重いパンです。焼いてから三日目ぐらいが食べ頃で、一週間して食べおわるころには斧じゃないと切れないほど固くなるとか。まるで私たちの冗談みたいです。しかし栄養価が高く、スイスの気候で乾燥し保存がきくパンです。風土にあった栄養食なのです。私が飛行機の中で食べて美味しいと感じたのはきっと同じ作用があったと思います。

きちんと物語を把握されていた方がほとんどだと思いますが、私は貧しいハイジがかわいそうにクララの白いパンに憧れたのだと記憶違いをしていました。そしてドイツのパンは硬いのだと。

そこで、実は固いのは焼き立てだからですよ、と思い違いを訂正するつもりでした。

でも、ハイジに出てきたのは、ライ麦パンでブロッチェンでした。そしてハイジは闇雲に柔らかくて白いパンに憧れたのではなくて、山に住む歯が悪いお婆さんに持って帰ってあげたいと思ったのでした。

こういう勘違い、恥ずかしいですが他にもあるんです。アメリカのアンクルトム的なお話なんですけどね。それは、また、こんど。いつかお話したいと思います。

さあ、どうまとめるか・・・

日本人は本当にフワフワとか白いのとかに目がありませんね。

反対に日本在住のヨーロッパの出身の方に伺いますと、食パンは別の食べ物だと把握しているようです。パンとはもっと食べ応えがあって、しっかり噛むべき食べ物なんですね。

ハイジのパンが思い出させたお話でした。

おあとがよろしいようで。ちゃん、ちゃん。



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