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持たざる者ゆえの苦悩 : ビスマルク級

欧州新型戦艦群についてなんとなくうだうだ記事を書き続けている筆頭です。

前回はフランスの切り札リシュリューを書いたわけなのですが、ナチス・ドイツ海軍最大最強の戦艦、ビスマルクについて書いていこうと言うのが今日の記事です。多分今日のこれでひとまず最後になると思います。

これまでのまとめとして、始まりはポケット戦艦ドイッチュラント、そしてそれに対抗したダンケルク、ダンケルクに対抗したシャルンホルストとイタリアの改装戦艦群と欧州には海軍軍拡の風が吹いていたと。

シャルンホルスト

さて、ダンケルクのカウンターパートたるシャルンホルストはあくまでもポケット戦艦の延長に過ぎず、フランスに対する絶対的な海軍優位はそもそもなかった上に対英開戦を睨んだ場合の海軍力の不足というのは看過できないもんだったわけであります。

絶対的な性能の優位がなければ安心ができないわけで、そういう意味でドイツ海軍にとって本物の戦艦を作る必要があったわけですね。せっかくベルサイユ条約を破棄して好きに戦艦を作れるようになったわけですし。どうせ作れるなら作っちゃお、というわけです。

あくまでシャルンホルストはポケット戦艦の拡大型であり、このビスマルクが新生ドイツ海軍の最初の戦艦であると。

前回の記事でも書いたんですが、当時は35000トンという排水量の規制があって、その排水量の規制の中で最強の戦艦を作ろうチャレンジというのが世界各国の海軍で行われていたわけなんですが、結構難しいチャレンジだったりするわけです。

さて、最強の戦艦を作る上で仮想敵はまずはフランスのダンケルクでありますが、ほかにイギリス海軍の15インチ搭載戦艦たち、あとは16インチのネルソンに14インチのKGVといったところです。これらのイギリスの戦艦に関しても多少意識しつつ作らねばならない。

最も大事な主砲に関してはシャルンホルストと同様に迷走を極め、当初は33cm(≒13インチ)砲の搭載が検討されたものの35cm(≒14インチ)砲の搭載に変更され、38cm(≒15インチ)砲の搭載が一時決定するも船体のサイズが拡大しすぎたため35cm砲に戻され、しかし伊仏の新型戦艦(リットリオ、リシュリュー)が38cm砲という情報が入ったことと、38cm砲の開発が間に合いそうだということで38cm砲の搭載が決まります。

結局ドイツが大好きな38cm砲を採用し、47口径と少し長めの砲身から軽量な砲弾を高初速で発射するというドイツの大好きなタイプの主砲です。

ドイツがイギリスと比較して小口径な大砲を好むのは北海など霧が発生しやすい場面での偶発的な近距離での戦闘を前提にしており発射速度、反応速度の速さを重視したいからです。砲弾が軽いことで様々な機器も軽くなるわけですし、全体的な重量のメリットが大きいわけです。

ともかくも主砲は38cm、そして英国で最も速い戦艦が15インチ搭載で30ノットのフッド、あとはダンケルクの30ノットがあるため速力も30ノット程度は必要、防御力に関してもそれらに適応した防御が必要とされると。

とは言え大型軍艦建造の経験値を大きく失っていたドイツ海軍だったのでシャルンホルストと同様に第一次世界大戦時に建造された戦艦の設計を流用することにし、今回はドイツ帝国海軍の超弩級戦艦バイエルン級の設計を流用することにしました。

バイエルン級戦艦

ビスマルク級

こうしてみるとバイエルン級の舷側に配置されたケースメートを埋めたり艦首をクリッパー型にして艦橋をドイツ風の塔型にするとビスマルクになる感じがします。

そしてバイエルン級と異なり速力も要求されるためシャルンホルストで採用された高温高圧機関の採用により効率的に機関の性能を向上させ、速力は30ノット。航続距離も1万浬近くあり、足も長い。

そんなわけで非常に強い戦艦になっています。ナチスドイツ海軍最大最強の名は伊達じゃない。

そんなこんなで排水量が増大したことにより4万トンを軽くオーバーして条約違反になってしまったんですが、とりあえず35000トンということにしました。41000トンもありますが35000トン(公称値)です。気にしたら負けです。

ドイツ海軍はZ計画とする1945年までの海軍補強計画の中でこのビスマルク級を軸に改良し続け、40cm砲搭載の戦艦を建造する予定でもありました。この同じ戦艦を改良し続けて発展させていくというスタンスもまた第一次世界大戦の頃のドイツ海軍に近いものを感じます。

例えばイギリスなんかはそれぞれの船ごとにコンセプトが違ったり設計思想が違ったりして色々試しながら完成形に持っていくと言う印象があります。日本なんかは金剛あたりからもらってきた技術であとは独自研究でガラパゴス化、アメリカは新機軸を導入して完成形を作ったあとはそれをテンプレ化して量産する、そんな感じです。そしてドイツは少しずつ作りながら戦訓や経験を使って改良していくと。

そんなわけで、じゃあこのビスマルクがどういう船だったのか、早速見ていきましょう。

今までの戦艦の記事の中で書き続けている通り、戦艦で最も重要なのは火力。火力の低い戦艦は戦艦ではありません。と、いうわけで38cm47口径砲について見ていきたいと思います。この砲は砲弾重量800kg、砲弾の初速は820m/秒です。

前回紹介したリシュリューは884kgの砲弾を830m/秒で発射することを考えると、かなり軽量で高初速型ということがわかっていただけるかと。

というわけでその火力について、今までなんども見せてきたこのグラフをまた見ていただこうかと。

舷側への打撃力です。フランスの大重量高初速型の33cm砲とほぼ同等、そしてフランスの38cmと比較して軽量ゆえ砲弾が速度を失いやすく、貫通力の下落が大きいのが特徴です。イタリア海軍の38cmと比べるとかなり大きな差があり、少ししょっぱいものがあります。とは言え舷側装甲への貫通力は大きいと言っていいでしょう。米国の16インチSHSと比較しても遜色なく、ドイツの宣伝通りワンランク上の主砲と殴り合えるだけの性能はあるんじゃないでしょうか。

ただ比較的大きいと言っても条約型戦艦の舷側装甲を打ち抜くことを考えると諸々考えて400mm程度の貫通力は欲しいところですがこの主砲では20km以内にまで接近する必要があり、なんとも言い難いものがあります。

問題は甲板装甲への貫通力で、条約型戦艦を撃破する上で甲板装甲への貫通力は150mm以上は欲しいということを考えると30km以上離れる必要があり、遠距離側に寄っています。ここに軽量高初速型の性能の限界を見ることができます。16インチSHSと比較なんかした暁にはもう勝負になっていません。

フランスの38cmと比較しても舷側装甲、甲板装甲への貫通力ともに劣り、イタリア海軍の15インチには全く歯が立たないという計算になります。

ともかくもビスマルクが勝利するには20000m以内まで接近すれば良いということがわかったので、次に防御について考えていきましょう。前にも書いた通り、戦艦は遠距離から殴り合いつつその戦闘距離を考えながら戦うものなので戦闘距離の選定には相手の砲撃に耐える防御力と機動力が重要なわけです。

で、結論から言えば防御力も不足しています。

シャルンホルストの記事でも書いたように第一次世界大戦の頃の「沈まない」という設計思想に基づいた防御思想は第一次世界大戦で否定され、第二次世界大戦時には「沈むまで戦力を失わない」という方向にシフトしていくことになります。浮かんでいるけど戦闘力がない戦艦に意味はない、ということです。

しかしビスマルクは第一次世界大戦時のバイエルン級を模範としているため沈まない、被害を拡大しないという多重防御です。

ビスマルクの装甲の配置図

その上で見ていくと舷側の装甲は垂直の320mm、リットリオなどと比較した場合に少し薄い計算になりますが、その裏に30度というきつめの傾斜をつけた100mmの傾斜甲板を組み合わせた多重防御になっています。これは重量で言えば舷側500mmの装甲とほぼ同等の重量になるというかなり重量を食う装甲ですが、その代わり圧倒的な強靭さを計算上発揮することになっています。

多重防御が実際に機能した場合の概略

この装甲のメリットは単純に500mmの装甲を配置するだけでは接近されれば貫通されるところを二枚の装甲をうまく組み合わせることによって対40cmに関してはまずゼロ距離から撃たれても二枚ともを貫通することはないというレベルの圧倒的な頑丈さです。もし二枚とも貫通されるような巨弾(大和の46cm等)が飛んできたとしても320mmを貫通した時点で砲弾の勢いは弱まっており、あとは100mmで受け止めるだけという形になるわけです。理論上最強の舷側装甲と言っても過言ではありません。

ビスマルク追撃戦の中で近距離から戦艦の砲弾を浴び続けても耐え抜いて見せたビスマルクの強靭さはここにあると言えるでしょう。

しかし空間を贅沢に使った防御の結果容積に余裕がなく、100mmの甲板装甲の上に存在するものは守りきれません。本当に守りきれるのは甲板装甲の下にある機関部だけという状況です。傾斜甲板の角度が30度ときつめについている(他国は45度で配置するのが一般的)のでそのぶん傾斜甲板の食う重量も重くなりますし、重量的にはマイナスです。

それなら舷側に500mmの装甲板一枚貼った方が容積も広く使えて効率がいいと言う考え方もできます。これが外側で弾くと言う直接防御の考え方でもあります。

ともかくもよく言われる「ビスマルクの排水量に占める装甲の重量の割合は大和を上回る」というのはこう言った贅沢な重量配分(そして誤っていると言える重量配分)に起因するものです。とにかく舷側装甲の強靭さにステータスを全振りしていると。

結局舷側装甲最厚部は320mmとシャルンホルスト(350mm)よりも薄くなってしまっており、主砲は強化されたのに装甲は薄くなると言う不思議な現象が起こっています。その代わりシャルンホルストは350mm or 45mmと言うかなり極端な状態でしたが、ビスマルクは320mmから150mmと薄い部分が厚くなっていてシャルンホルストよりは総合的には硬いと言えると思います。

砲塔の装甲も300mmクラスと薄く、砲塔に命中弾があればすぐに戦闘能力を失うであろうことは明白で、さらにそこから火薬庫に火が回って……などと考えると怖くなります。第一次大戦で砲塔のバーベットを貫かれたドイツ海軍のザイドリッツが二つの砲塔を同時に破壊された事件とか有名なんですけどね……。

水雷防御に関しても多重の隔壁でカバーしようとしていますがこれも他国と比較して遅れたものと言わざるを得ません。

また度重なる設計変更による重量増大で船は沈み込み、この舷側320mmの水面からの高さはかなり低いものとなってしまいました。これもシャルンホルストと同じ過ちです。これによって近距離でなければ舷側320mmは効果を発揮しないというシャルンホルストと同じ問題を抱えることになりました。

しかしこういった全体防御を取らざるを得ない部分も多少あるにはあるわけで、貧弱なるドイツ海軍は補助艦艇が不足しており、戦艦を護衛する艦艇が少ないことからあまり思い切った防御を施した場合敵艦隊の軽艦艇の砲撃による蓄積ダメージという問題も看過できず、これも頭を悩ませる問題でしょうから、欧米各国などのオールオアナッシングという防御は少し取りづらいという気持ちもわからないでもないです。ただ実際にそこまで考えて設計したのかについてもまた不明ですしおすし。

甲板装甲に関しても先ほどの100mmクラスでしかなく、列強の条約型戦艦が150mmクラスの甲板装甲を装備していたことを考えても薄いものと言わざるを得ません。

これらビスマルクの装甲からわかるのはビスマルク自身がビスマルクの砲に抗堪する距離が存在せず、自身の主砲に対しても十分な対応防御が取られていないということです。これはおそらく主砲の口径が当初33〜35cmで決まっていたことに起因するのではないかと思います。真のビスマルクのライバルをダンケルクであるとするならば、ドイツ海軍が想定しうるダンケルクの33cm砲に対応した防御を張ったのではないかと。

とはいえ死なないことも重要ですが、死ななかった結果戦闘力を失うようではそれが最終的に失血死につながるということを考えるとなんとも言えない気持ちになります。

最後に機動力に関してですが、シャルンホルストから採用されている高温高圧機関の採用により29ノットから30ノットという高速を発揮することができます。しかしシャルンホルストの際信頼性が低く、まともに扱えなかった高温高圧機関ですがビスマルクにおいても同じく信頼性の問題が解決できていません。

戦艦の機関というのはその性能もともかく、いざという時に使える信頼性がなければ意味がない。そうそう出番のある船ではないからこそ、いざという時に駆けつけられなければ意味がない。そういう意味でも信頼性の低さは見過ごすことができません。

対するフランスはダンケルクで採用された機関を改良ののちにリシュリューに採用していて実に堅実な選択です。イタリアのリットリオに関しても機関について悪い話は聞きません。

41000トンという条約型戦艦の中で最大の排水量を持つにもかかわらず、防御に重点を置きすぎ、その防御も「死なない」程度の防御でしかなく、そしてその防御のせいで船体に余裕がないため火力も生存性も劣る。機動力も理論値では優秀だが実測値では……と言う、性能バランスはもはやこの船には存在しないと言ってもいいでしょう。

死なないけどすぐノックアウトされて、図体はでかいけど能力は格下と同レベル、そして俊足だけど足回りが弱い。理論上最強、と言う表現が最も適切な戦艦である気がします。

「ドイツが作りたかった最強の戦艦ってこんなもんだったの?」と聞いて見たいものです。そしてきっとその問いは10人に聞けば10種類の答えが返ってくることでしょう。結局ドイツがこのビスマルクに求めていたのはなんだったのか、それが最後まではっきりしないのです。戦艦に必要なのは最大公約数ではないのだと。

なんで大型戦艦に魚雷発射管なんかついてんだよ!!バカ!!

当初は33cm砲搭載の多少落ち着いた船だったはずなのに仮想敵の様子を伺ったことで主砲が38cmになってしまい、結果的に「最強の戦艦」でなくてはならなくなってしまった。それがビスマルクにとって最大の悲運だったと言えるでしょう。この船もシャルンホルストと同じく政治に殺されてしまったのです。

そしてそのビスマルクが抱える多くの問題はシャルンホルストの時から存在した同じ問題であって、根本的な問題解決ができていないという感が非常に強いです。もし戦争が起こることなくドイツがZ計画をそのまま遂行していたとして、果たしてまともな戦艦をいつか作ることはできたのかな、と少し気になります。

他にも凌波性に問題があったり、砲塔の防水が不十分で常に砲塔の浸水に苦しむと言う点に関してもシャルンホルストで苦戦した部分でもありますし。そういうことを聞いてしまうと航続距離は長くても戦略機動力という面ではかなり疑問符がつきます。

リシュリューの記事でも書いたように、防御力で敵を倒すことはできず、最後にものを言うのは火力。そしてその火力を補うものとして防御力と機動力が存在する。海軍が貧弱だからこそ相手を排除できるだけの能力がないといけないというのは同盟国日本海軍の個艦の性能(火力)重視主義などにもみることができるんですが。

ビスマルクをはじめとするドイツ海軍の戦艦はリソースの配分が全くバラバラになってしまったことが敗因であり、そしてそれがドイツの造艦能力の衰えを特に強く感じる部分でもあります。シャルンホルストの時と同じ、主砲の選定で二転三転四転五転した挙句、船体のサイズも無意味に拡大し重量も増大してしまった部分やその他細かい部分で同じ過ちを繰り返していて失敗から学べているとは言い難い部分があります。

海軍が貧弱だったから、条約で縛られていたから、という言い訳が許されるのはシャルンホルストの時までです。同じ過ちを繰り返していて改善の方向性が見えず、一体どうなってるんだと、第一次大戦時のドイツ海軍はどこにいったんだと言いたくもなります。

しかし巧妙なナチスドイツの宣伝効果によりどのドイツ戦艦も最新鋭のかっこいい軍艦に見え、そして実戦ではビスマルクがフッドを一撃で轟沈せしめ、誰が見てもかっこいいビスマルク伝説が始まったわけです。

一隻で複数の戦艦を相手に激しい砲撃戦の末壮絶な最期を遂げたそのビスマルクを人々が嫌いになるはずはないわけです。

そしてイギリスはフッドを沈められたという問題から責任追及を逃れるため「ビスマルクが最新鋭の強力な戦艦だった」という宣伝を行ったわけでもあります。こうしてドイツ、イギリス両陣営の思惑が重なった結果ビスマルク伝説には尾鰭も腹ビレも背びれもついてどんどんと拡大し、そしてビスマルクがさも最強の戦艦であるかのごとく人々は錯覚してしまったのだと。

迷彩を施されたティルピッツ

もちろん強い船であることに変わりはありません。そしてなにより僕はビスマルク級2番艦ティルピッツが大好きです。ビスマルクが沈んでしまってぼっちになったティルピッツが、寂しくフィヨルドに身をひそめながらイギリス軍と粘り強く戦ったと言うのは、非常に趣深いものがあります。

でも好きだからといって伝説を盲信してしまうのは違う。伝説を信じるあまり現実が見えなくなってしまってはいけない。

そんな大事なことに気づかせてくれるのが、このビスマルクという船だと僕は思います。


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