雑記 たばこ屋の郷愁

 私は喫煙者で、いろんなタバコを吸ったり吸わなかったりしている。タバコというのはコーヒーとかとも似ていて、いろんな香りや味わいがあるのでそれを色々試したりする、そこが面白いのだ。ただ、その中でお気に入りのタバコの一つとして、チェのブラックメンソールをよく吸っている。

 私の誕生日は6/14で、キューバの革命家チェ・ゲバラと誕生日が同じというのはちょっと嬉しいし、チェは少しマニアックなタバコでふらっと入ったコンビニに売ってたりすることはまずない。そしてオーガニックなタバコでタバコ本来の味わいを楽しむことができる。

 そんなことはいいのだ。そんなことより私は今日、昼食前にいつも通りタバコを吸っていたのだが、そのチェのメンソールがなくなってしまったのだ。正直チェのメンソールは常に在庫を手元に置いておきたいのでチェを買おうと私は決意した。

 私はタバコの購入ルートを二つ用意していて、一つはオンライン通販である。これはありとあらゆる世界中のタバコを買うことができるという強みがあり、他にも試供品のタバコがおまけとして付いてきたりするので楽しい。ただこれの問題点としては通販なのでどう頑張っても届くのが翌日になってしまうという点である。
 もう一つの入手ルートは少し離れた市街地にあるタバコ屋さんである。ここは繁華街の近くにあってアクセスもよく、そして駐車場料金も微妙に高い。ビジネスマンなどを相手にしているこのタバコ屋さんも割と海外のタバコを仕入れているが、私が好きなタバコ全てを網羅しているわけではない。ただ確実にチェはいつも置いていて、基本的にチェはここで買うことにしている。

 そんなわけで今日チェを手に入れたい私はタバコを買いに市街地まで車を転がし、微妙に高い駐車場に車を停めてタバコ屋さんに行った。しかし、そこは閉まっていた。定休日だったのだ。ビジネスマンの利用者が多いタバコ屋さんが土曜日に店を閉めるというのは冷静に考えれば普通というか、当たり前のことのような気もしたし、その可能性について考えなかった自分を呪った。しかもここで駐車場料金が無駄になったことに気づき、このまま何もせず駐車場料金だけ取られる悔しさを考えるといても立ってもいられなくなり、意味もなくカフェに入りサンドイッチとコーヒーを頼んでしまった。

 そして意味もなく入ったカフェでうだうだTwitterをしながら遊んでいたものの、タバコ屋さんをどうにか見つけられないかなという気持ちがありちょっとグーグル検索してみた。
 以前にも他のタバコ屋さんはないものかと検索したことはあるのだが結局ロクな情報は見つからず、このクソ田舎ではあのしょうもない駐車場料金のタバコ屋さんに行き続けるしかないという結論に至っていた。
 しかし今日は違った。自分の家から離れた市街地で検索をかけていたにも関わらず、自分の家の近くにタバコ屋さんがあるということが明らかになった。しかも利用者の評判はかなりよく、これはかなり期待できるタバコ屋さんであることがわかった。これを知った瞬間私はホットコーヒーを一気に飲み干し、カフェを出た。

 車を転がし、来た道を戻っていった。カーナビの指示に従い車を転がしていくと、いわゆる街道というやつに出た。道は細く曲がりくねっていて、いわゆる旧市街というところだ。街の住所にもかつて宿場町だったと思しき地名が見て取れる。この旧市街には自分はあまり用がないため引っ越してからというもの全く来たことがなく、土地勘もないためゆっくり車を運転していると、カーナビが「あと200mで目的地周辺です」などと宣った。

 そこは明らかに何もないというか、街道とちょっとした飲み屋がある以外は何もない感じの場所だった。その周辺でタバコ屋さんに該当しそうなのは角地に建った「クリーニング」の看板が目立つ店と思しき建物しか見えない。しかし看板は明らかにクリーニングである。周りにそれらしい建物が全くないため、恐る恐る車を降りて近づくと、店の近くにタバコの自販機が置いてあるのが見え、ここが例のタバコ屋であることがわかった。そして引き戸や壁にはまだ新しいタバコのポスターや宣伝が貼ってあることから最近も営業していたということがわかり、はやる心を抑えながら店に近づいた。
 店に近づき、引き戸のガラスから店内を覗くが誰かがいる気配は全くもってない。自販機にチェを売ってるか確認すればいい気もしたが、せっかくタバコ屋さんまで来て店で買わないのは阿呆らしい。そう決意した私は引き戸を思い切って引いたものの、残念ながら開かなかった。明らかに鍵がかかっている。

「ここまで来たのにここもダメなのか......」

 私は絶望しつつも、店を回り込んで別のドアも開くかどうか試すことにしてドアノブをひねると、なんと開いたのだ。入り口トラップである。数多くの勇者がここで引っかかったに違いない。多くの者が引き戸を開けようとして開かないことに絶望し、帰ったに違いない。しかし私は違った。別のドアを試し見事開けて見せたのだ。

 店に入るとそこは秘密基地というか、狭い店の中に所狭しとタバコが並んでいる。しかも普通のタバコ屋さんに置いてあるような有名な銘柄ではなく、手巻きタバコだけをずらりと並べているあたりは本当にレベルの高い勇者にだけ来ることができる隠し防具屋という雰囲気すらあり、そしてここのタバコはいわば店の中まで来ることができた者のみが入手できる隠しアイテムと言えよう。

 ただ問題は、店に入ってもなお誰もいないということだ。しかしそうこうしていると店の奥から「いらっしゃい」というおばあさんの声がした。チェを探しながら店内をうろうろしていると、店主のおばあさんが出てきた。
 私が「チェありますか?」と聞くと、「どれ?」と聞き返された。この人はやはり私が期待した通りの人だ思うと嬉しくなり、「ブラックのメンソールを3つ」と答えると「最近は目が悪くてね、タバコは色で区別してるんだよ」と仰った。最近は目が悪くてタバコの包装を外すのが大変な話などを聞くなどし、何気ないタバコ屋さんの店主との世間話を楽しんだ。話している時間は短いものだったが、なんというか「これを欲していた」という感じがあったのだ。
 「いくらだっけ」と聞かれ、「多分1350円ですね」と答え2050円を置くと店主はそろばんを弾いてお釣りを計算し、それを受け取った。

 店を出て車に乗り、家に帰りながら私はあのタバコ屋に今後定期的に通い続けようと思った。あのタバコ屋はなんというか、昔ながらの模型屋さんに行ったのと同じ感じの、なんとも言えないノスタルジーがあふれていてたまらない場所だった。店主の女性もおしゃべりが好きというか、おそらくどんな客とでもその会話を楽しもうというタイプの人なのだろうと思う。

 なんというか、おそらくこれが数十年前であったら文学作品にも登場しうるような、そういう味わいのあるタバコ屋さんであったはずだ。なんとなく太宰治の人間失格を思い出すなどする。思えば大学時代東京で住んでいた家の近くにもそういうタバコ屋さんがあった。結局一度も行かなかったが。

 そして私は思った、あの店はタバコ屋ではない、たばこ屋さんなのだ、と。

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