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駄作MS Mk.Ⅵ 「MAX-10 ドブラ」

万策尽き、藁にもすがる

 宇宙世紀0079年12月。一年前から始まった戦争の主戦場は宇宙へと移っていた。ジオンの劣勢はもはや隠せず、敗戦までの時間は秒読みと言ってよかった。特に戦力、さらに言えばモビルスーツの不足は明白で、連邦がモビルスーツを次々投入するのに対しジオンでそれに対抗できる戦力はドム、ゲルググなどしかない上、それらの開発や生産は遅延しており数的主力はザクに頼っているという台所事情は無視できなかった。まさに破れる者はザクをも掴むである。

 宇宙世紀0079年12月5日、地球でのジオン掃討作戦が開始されたのと同じ日に技術本部は「次世代主力兵器開発実証実験計画」、略称MX計画を発表した。これは表向きそのような名前になっているが、実際にはその前に取りまとめられていた「Primitiv Waffen Programm」、簡易武装計画という案が下地になっており、それをギレンの命令により改名したものである。簡易武装計画と聞けばなんとなく想像できるであろうが、戦時急造兵器で如何にして連邦に勝利するかという実験を行おうという計画であった。その簡易武装計画で出された要望を以下にまとめておく。

・コスト削減
 生産に必要なコストを極限まで削ることを要求した。ドム、ゲルググの生産に必要なコストを考えれば大量配備が間に合うことはまず望み薄で、ザクよりもコストを抑えることが要求されていた。
・生産性の向上
 コストを抑えるだけでなく生産性を向上することを目的にしていた。統合整備計画の結果モビルスーツの生産コストは低下したが、それ以上に生産コストを抑えることを要求するという厳しいものであった。具体的には新たな生産ラインを作らずとも生産が可能であることが求められていた。
・宇宙専用
 もはや主戦場は宇宙しか考えられないため、地上での運用は全く考慮せずとも良いとされた。
・連邦軍モビルスーツに勝利できる性能
 加えて、その性能は連邦軍モビルスーツに勝利できることとされていた。ただし、その勝利の条件は細かく与えられているわけではなく、あくまでどのようにして勝利を目指すか、という運用上の方針が重要視されていたようである。

 しかしこの計画はあまりにも無理難題が多すぎた。コストを徹底的に削り既存品の組み合わせのみで連邦製モビルスーツに勝利せよなど、実現不可能だと思ったのである。これに対し技術本部は現在開発中の機体であるとしてMP-02A「オッゴ」の開発映像と図面を提供した。オッゴの火力は理論上ザクと同等、その加速性や速度は理論上ザクを上回るとされ、簡易武装計画において一つの答えはオッゴであるという事実が提示された。だがこれはあまりにも逼迫するジオンの台所事情が見え透いたともいえ、オッゴを見た技術者たちはその計画に絶句したという。

 12月7日、この簡易武装計画を聞きつけて一人のジオン軍士官が新型機動兵器の私案を技術本部へと届けることとなる。その少佐がサントメ・プリンシペ宇宙攻撃軍大尉であった。

モラトリアムモビルスーツ

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サントメ・プリンシペ私案に追記されていた概略図

 サントメ・プリンシペは宇宙攻撃軍の大尉としてモビルスーツ中隊の指揮官だったが、一方でジオン軍の戦力不足に頭を悩ませていた。そこで彼はザクのフレームを利用した簡易的なモビルスーツを作れば戦力不足を補うことが可能であるという結論に至り、以前から新兵器の開発私案を練っていた。そして今回その私案が簡易武装計画にマッチするものであるとして、わざわざ技術本部に提出したのである。
 技術本部はこの私案に対し好意的な反応であったものの、ただの軍人であるプリンシペのこの計画には問題点もあるとして兵器メーカーの技術協力が必要という結論に至った。そしてこの機体の開発はMIP社が適切であると判断し、MIP社に対し技術協力を命令した。

この機体は四肢がないものの、基本的には人型であるというところからモビルスーツというべきかモビルアーマーと呼ぶべきか型番に悩みがあったようで、結果的にMAX-10「ドブラ」と命名されることとなった。開発計画を提出したプリンシペ大尉はドブラ開発計画を主導するため1階級特進となり少佐となった。

 12月10日MIP社に出向したプリンシペ少佐はドブラの開発コンセプトについてを説明、そして様々な技術的障壁についての折衝を重ね、以上をドブラ開発計画としてまとめ技術本部へと提出した。

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ドブラ開発計画表紙

 ドブラの最も重要なポイントは基本的な構造はザクを踏襲するということである。最も重要な部分はジェネレータの流用で、これにより最も開発にコストが必要な部分を安価に済ませることができた。
 一方でこの開発計画には武装の搭載についてぼかした表現しかなされておらず、のちの設計図ではガトルのミサイルポッドを流用し、胴体部に複数搭載するという案が出ているもののこの武装計画がいつどこで決まったのかは戦後の混乱で明らかになっていない。さらに一部資料では武装を搭載せず対艦体当たり兵器との記述も見られ、武装をどうするつもりだったのかは謎である。戦後の研究では「ドブラ通常兵器説」と「ドブラ体当たり兵器説」が議論の的となっており、答えは未だに明らかになっていない。

 ドブラ最大の武器はその機動性で、ザクを大幅に上回るスラスターの搭載により戦闘機と等しいほどの速度を記録することが目標であった。その速度でジムを翻弄し撃破するとされており、プリンシペ少佐の言葉を借りれば「精鋭たるジオン軍の尖兵」となるべき兵器であった。

 基本的な構造はザクを踏襲しつつも腕と脚を搭載しないことで流体パルス機構の簡略化を果たし、これは生産コストの削減において非常に大きな役目を果たした。
 一方でモビルスーツは宇宙における運動性確保の上でAMBAC機構を採用していた。これは腕や脚を高速で動かすことでその反作用を利用して機体の方向転換に利用するもので、これがあるからこそモビルスーツは宇宙で戦闘機以上の運動性を確保することに成功していた。ドブラはそれを失うことになり、モビルスーツよりも大きく運動性が低下することが懸念された。これに対してプリンシペはまず脚部にプロペラントタンクを搭載し、そのプロペラントタンクを脚の代わりに動かすことでAMBAC機構として使うこととした。結果的に流体パルス機構を利用することにはなったが、脚よりも確実に安上がりである。加えて腕を搭載しないことについても動体内部にモメンタムホイールを搭載することで解決した。モメンタムホイールは旧世紀の宇宙船などに搭載されていた技術で、フライホイールを回転させることでその反作用を利用し機体の向きを変えるという枯れた技術であった。結果的には先祖返りするという形になったが、AMBAC機構の代わりになる装備となったわけである。
 さらに腕と脚の排除・簡略化は生産性と整備性の向上を意味していた。モビルスーツの最も重要な技術である歩行技術とマニピュレーター技術は最新技術の塊であるが故に生産性とコストは最悪と言ってよく、さらにマニピュレーターの整備性は常に問題とされていた。これを全廃することで一気にこれらの問題を解決可能となるのである。
 そして腕と脚の重量が軽量化されたことは本体重量の軽量化につながり、この軽量化された重量を機体本体の装甲として使うことが可能になった。これによりザクを上回る耐久性を誇り、「尖兵」としての役目を果たしうる機体となったのである。この重装甲が「ドブラ通常兵器説」の裏付けとなっており、そもそも特攻兵器たるドブラに重装甲などつけるはずがないという主張がなされている。

 さらにプロペラントタンクの搭載はAMBAC機構だけではなく航続力の向上を目的としていた。航続力が伸びたことは母艦の不要を意味しており、宇宙艦隊の損失が相次いでいたジオンにおいて母艦不要という構造は歓迎されるものであった。プリンシペ少佐によれば小惑星などを改修した簡易的な基地からの発進を目標にしており、基本的には奇襲と一撃離脱による攻撃を前提としていたとされている。この奇襲計画が「ドブラ体当たり兵器説」の裏付けとなっており、そもそも当たることが望み薄である体当たり攻撃を確実に成功させるために奇襲を前提としたと言われている。
 しかし宇宙空間においては大気が存在しないため熱核融合炉の冷却ができず、それがモビルスーツに母艦を必要とさせる要因となっていた。これを解決するためにMIP社が提案したのが再生冷却技術である。これは旧世紀の液体燃料ロケットにおいて使われていた液体燃料をロケットエンジンの冷却に使うというもので、この技術を転用しプロペラントタンクのロケット燃料を熱核融合炉の冷却に使おうというものであり、再生冷却により母艦を必要とせずとも熱核融合炉の冷却が可能になった。しかし冷却に用いた気化した燃料をそのまま燃焼室に送り込むため熱核融合炉を冷却し続けるためにはロケットエンジンを燃焼させ続けねばならないという問題を抱えることとなった(奇しくもこの問題はオッゴが抱えていたものと同じ)。これは燃料が尽きれば即熱核融合炉の暴走を意味しており、これも体当たり兵器説を裏付ける要因となっている。

 以上のように選択と集中を徹底したこの機体は低コストと高性能を両立させようとした痕跡は見られ、一概に体当たり兵器であると言い切れない部分はある(一方で通常兵器であるという主張も確証には欠く)。ただドブラは旧世紀に既に開発された枯れた技術を使い、新技術を何一つ使わないことで開発期間の短縮と確実性を狙ったものであった。そしてこの機体はモビルアーマーの開発に慣れたMIP社にとって自社技術を生かせる部分でもあった。

 だがこの開発計画をここまで進めたところで既に12月26日になっていた。すなわちソロモン攻防戦が連邦勝利で終わったのである。宇宙攻撃軍の士官であったプリンシペはドブラ開発計画によってソロモン攻防戦に参加することなく生き残った。宇宙攻撃軍の壊滅を受け生き残り部隊は再編され残存部隊に組み込まれることとなったがプリンシペはドブラ開発計画を受け技術本部所属となり、ドブラ開発計画に専念することとなった。
 しかしたった数日で新兵器ができるはずもなく、基本設計を終えた段階で12月31日を迎えることとなった。ギレン・ザビの死、ア・バオア・クー陥落を受けサイド3ではジオン残存艦隊に合流してアクシズへ逃げるか、それともサイド3に残るかで意見が分かれていた。そしてプリンシペ少佐はドブラ開発計画を殺さないために主要な部分の設計図を持ってジオン残存艦隊に合流、アクシズへと向かった。
 一方敗戦後のジオンでは戦時中の資料を廃棄する動きがあったこともあり、ドブラ開発計画における資料の多くは破棄され、ドブラ開発の目的が不明である原因となっている。

ドブラ捲土重来

 アクシズへと逃げ延びたプリンシペは生き残った貴重な士官としてアクシズにおいて重宝されることとなる。彼はアクシズに参加後階級が少佐から技術中佐になっており、特に昇格した痕跡は見られないことから彼が身分を詐称した可能性がある(戦後の混乱で情報が少なく確証はない)。
 アクシズ到着後のジオン残党軍は2年余りの艦上での生活を経てアクシズへと上陸、共同体を構築し発展を進めていた。特にその中でタカ派が必要としていたのが軍事力であり、タカ派であったプリンシペも軍事力拡張を主張していた。そしてプリンシペの軍事拡張計画の中にドブラの開発と量産が含まれていた。まだまだ余裕があるわけではないアクシズにとって簡易的ながらもジムを上回る(とされる)性能を持っているドブラは魅力的であり、ドブラ開発計画に向けての根回しが始まった。
 当時アクシズの指導者であったマハラジャ・カーンは地球連邦との対立を避け協調姿勢を模索していたためこのドブラ開発計画に対し露骨に反対の姿勢を見せたが、そもそもドブラの設計図には武装の搭載が明らかになっておらずプリンシペはドブラを「Mobilitätstestmaschine」、機動実証実験機という名前で押し進め、マハラジャ・カーンも非武装の機体であることからこの開発計画にゴーサインを出した。宇宙世紀0081年7月のことであった。

 当初新規の機体開発を前提に開始していたものの生産設備の不備や技術的な障壁も多かったことから残党軍が所有していたザク数機からまず状態のいいザクを組み上げ、そこからドブラに改造するという遠回りをしている。
 ドブラにおいて最も重要なスラスターに関してもザクのスラスターを増設するだけというお手軽改造のためパーツには困らず、装甲板に関しても廃棄部品や余剰部品をリサイクルしているため外装は大きく変わったものの基本的にはリサイクル兵器であるというところは変わらない。
 当初の計画では肩部のスラスターとフィンは固定式となっていたがモメンタムホイールによる機体の制御が性能不足で運動性に欠ける可能性が指摘されたことからベクタードノズルと整流フィンとして可動するように設計が変更されている。
 かくして0081年9月にはドブラ試作1号機が完成、「サントメ・プリンシペ技術中佐専用モビルスーツ」(MSとされているのは誤植で実際にはMA)として喧伝された。

 完成した試作1号機のテストは全てプリンシペ技術中佐自らが行っており、テストは順調に進んだかのように思われた。しかしスラスター関係のテストの際に「スラスターの安定性に問題あり」とされ、解決すべき課題として挙げられた。これに対しプリンシペ技術中佐は「寄せ集め部品で作った結果問題があるのであり、特に対処する必要はない」としてテストの続行を命令した。最低限燃料ポンプの再調整を進言したがこれも却下された。
 さらに熱核融合炉の冷却にも問題があるという報告もあり、アイドリング状態での冷却性能に不安ありという報告も確認されたが、修正された様子は見られない。
 加えて初歩的な強度試験においても寄せ集め部品による強度不足の可能性が指摘されており、一部部品にはクラックが入っているとの情報もあった。そもそもザクはモノコック構造であり、外板は装甲板+構造材としての役割を果たしていた。しかしその強度シミュレーションをすることなくモノコック構造を大きく作り替えたドブラは強度が不足していた可能性があった。

 0081年9月21日、ついにドブラのスラスター全開稼働テストを行うこととなり、今回もプリンシペ技術中佐が乗り込んで機体のテストを行った。スラスターを点火、全開にしたところまではまずまず問題なく進んだものの途中で突然燃料の供給が停止、ロケットエンジンが停止した。ロケットエンジンの停止は熱核融合炉の冷却停止、さらには暴走、そして最終的には臨界点を意味する。直ちに熱核融合炉の停止を指示されたもののプリンシペ技術中佐は「ロケットエンジンに再度点火する」と通信、その後熱核融合炉の暴走と臨界が起こり、これにより発生した熱がプロペラントタンクの燃料に引火する大事故を起こした。この事故によりアクシズ工廠の一部が盛大に吹き飛んだだけではなく、30人以上の犠牲者と100人以上の負傷者を産む結果となり、プリンシペ技術中佐もこの事故により殉職した。

そして時は流れて

 この大事故はアクシズ発起当初の大事故となり、大きな話題となった。直ちに事故原因を調査するため事故調査委員会が立ち上げられ、徹底的にドブラ開発計画が調査された。その中で指摘されていた問題点は複数あるため、以下に挙げておく。

・プリンシペ中佐の独断専行
 ドブラ開発計画を主導していたプリンシペ中佐がその権力を利用して開発計画を強引に押し進めたことが問題とされていた。そもそもプリンシペがドブラ開発を始めた当初は大尉、特進で少佐になっただけの軍人にもかかわらずアクシズ入植後は技術中佐を名乗っていた。この矛盾について開発関係者は気づいていたものの黙認する結果となり、これがプリンシペの独断専行を生み出した。
・設計図の情報不足
 プリンシペが持ってきた設計図には不足部分がいくつかあり、その不足部分をアクシズ技術者は勘と想像で埋め合わせた。その結果機体強度の低下を招き、十分な性能を確保できていなかった。これもプリンシペ中佐の納期最優先が招いたとされた。
・寄せ集め機体の弊害
 寄せ集めのザクを使って組み上げたが、使われたザクのパーツはC型、F型、F2型、J型と様々で規格が合わないものを無理やり組み合わせるという突貫工事が行われていた。この突貫工事とそもそも部品に蓄積されたダメージなど様々な要因が絡み、早期に機体へのクラックが確認されるような状態になってしまった。
・再生冷却と燃料ポンプ
 熱核融合炉の冷却に燃料を使う再生冷却についてはオッゴなどにも先例があり特に問題のあるものではない。しかし可動式プロペラントタンクに付けられた燃料ポンプがその可動に対応しておらず、残量が一定量になると燃料の吸い上げができないという問題を抱えていた。テスト中にはエンジンの安定性の問題として明らかになったがこの原因が最後まで分からず修正ができなかった。納期を急ぐあまり問題の修正が後回しにされた結果、事故機は最後のテスト時に燃料ポンプが燃料を吸い上げられなくなり、これが熱核融合炉の冷却不足を招き、最終的に臨界へとつながったと推定された。またこのポンプの問題は臨界と爆発でプロペラントタンクに残っていた燃料へ引火するという二次被害を生み出し、事故が拡大した要因でもあるとされた。

 ドブラ開発計画はこれにより永久に凍結されることが決定し、2号機以降の製造も停止した。もし実際に開発されていたとしても連邦製モビルスーツに対応できる性能があったかどうかはかなり不透明で、完成が早まっていたとしてもジオンの勝利に貢献できていたとは言い難い。
 一方でこのドブラ開発計画の情報がデラーズ・フリートへともたらされ、デラーズ・フリートでもザクを改造した急造兵器の開発が開始された。これがのちにドラッツェと呼ばれるモビルスーツである。ドラッツェとドブラに技術的な関係性はほぼないものの、どちらもザクを改造したモビルアーマー様の一撃離脱専用兵器であるという点に共通点を見出せる。
 またのちにアクシズの主力兵器となるガザシリーズで考えられていた集団密集戦術と一撃離脱戦術は低コスト兵器で確実に戦果を上げるための戦術として考えられたもので、ドブラと源流は近いところにあると言える。

 そしてこのドブラの事故が技術者や軍人を放任しておくことの危険性をマハラジャ・カーンに強く意識させ、そしてそれはハマーン・カーンにも受け継がれていくこととなる。

 ジオンで生み出された忌子は激動の歴史の狭間で供養されることなく消えていったのであった。

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