「あなた」のための一票

まずはじめに、朝の寝起きは出勤前にバタバタと思い立ったかのように書いたので、とてもまとまりのないものとなっていることをお許しください…。

先日、多数決について少し私の意見をのべましたが、その補足としてもう一つ書いておきたいことがあるので記しておきたい。

人の考え方や思想はそれぞれである。

個々人のその考えの一つは多数派であったとしても、別の考えは少数派であるかもしれない。

つまり、普段、自分は多数派であるつもりが、生きていく上で、いつどの時点や段階で少数派に陥るか分からないということだ。

例えば、目に見える形で分かりやすく言えば、

自分や家族、身の回りの人間は健康で経済的にも安定しており、いわゆる普通の暮らしが出来ている。

しかし、いつ病気になり、身体が不自由になるか分からないし、自営にしろ、雇われにしろ、会社が倒産するなどして、いつ経済的な困窮に陥るかは分からない。

身体に障害を負った時、それを支えてくれるはずの社会保障が不親切であったらどうですか?

社会が、生活が苦しくて医療費もろくに払えない自分や家族、友達を全然助けてくれなかったら?

社会保障の充実とは何でしょう?

困っている当事者のためだけに当てはめられるものでしょうか?

いいえ、違います。

親が病気でお金がなければ、家族に全て負担がいきます。

あなたの親がそうであれば、あなたにその負担は当たり前のようにかかってきます。

あなたにそれを支える力がなければ、兄弟、親戚、友達、もしくは近隣の方に助けを求めることもあるでしょう。

そういった掛かる負担から、労働への意欲等、あなた自身の生活も疲弊していきます。

社会保障とは、当の本人の為だけにあるものではありません。

社会全体が円滑に回っていくために至極必要なものです。

いつ、自分が社会的に少数の立場になるかは分かりません。

その時、何もしてくれない冷たい社会ならどうでしょう?

全て自分の力で賄わなければならなかったらどうでしょう?

税金は払っているのにも関わらず。

(そもそも税金を払うという行為ですが、この払うという言い方自体に少し疑問がある)

日本国憲法において「一応」は主権者である私達は、主権者であるからして、私達の代表者にお金を預け、国の運営を託しています。

そのお金は、私達の暮らしが未来永劫安定するために使われていくべきです。

私達、そしてあなたのための未来に投票をするということは文字通りそういうことではないかと私は考えます。

選挙に行きましょう!!

そして私達の地域、高知・徳島から選ばれるべき代表者は「松本けんじ」その人です。


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