誤った憲法改正論

「合区解消は憲法改正で」という見出しではじまる選挙後のインタビュー記事、そこに書かれていた高野氏の主張には、聞き捨てならないものがあった。

https://www.kochinews.co.jp/sp/article/294927/

そのいくつかをあげてみたいが、先ず、「こちらからすり寄るだけでなく (略) 主権者教育も重視していかなければならない」

これについては、特に、すり寄るとはどういった行動を表しているのかお尋ねしてみたいことであるが、主権者教育については一理あるであろうと一歩譲るとして、

「自己評価はもういいでしょう」というのは早くも当選したことへの奢りが出ていると私は感じる。

また、「口幅ったいということに関しては (以下略)」との受け答えについては、それは記者自身の質問する際の謙遜語であり、質問ではない。

これは最早失笑するしかない。

この点についても、もう一歩譲ってみるとして、絶対に看過できないのは、

「都道府県の民意を反映することが地方自治だと憲法にちゃんと入れて、各都道府県から (参院議員を) 出すことが必要だ」

という意見だ。

地方自治に民意を反映すること、それが憲法には欠けている。

なので、憲法を改正して地方自治に民意が反映されるようにしなければならない。

それが、高野氏のいう憲法改正に必要なことであるとのことだが、

果たして、氏の言っていることは正しいのか。

いや、それは、とんでもない間違いである。

そのことについて、憲法関連の書籍からの引用も行いつつ、簡潔に述べてみたいと思う。

「日本国憲法は、特に第八章に『地方自治』の章を設け、憲法上の制度として厚く保障している」【芦部信喜 憲法 第五版 356

日本国憲法において、地方自治は、一つの章を割いて規定されている。

「憲法92条は、『地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて、法律でこれを定める』と規定し、地方自治の基本原則を明らかにしている。憲法は「地方自治の本旨」とは何かについて、特に明記していないが、一般に、住民自治と団体自治の2つによって構成されると解されている。「住民自治」とは、地域の住民が地域的な行政需要を自己の意思に基づき自己の責任において充足することをいう。言い換えると、地方自治が住民の意思に基づいて行われるという民主主義要素である」 【伊藤真 憲法584

上記は、第八章の一番最初の条文である 92条についての解説であるが、そこに書かれているように、

高野氏のいう、現憲法下では地方自治に民意が反映されるようになっていない、との意見は全くもってあたらない訳であり、

地方自治に民意はしっかりと反映されるようになっている。

当たり前です。

国民主権を大前提とするこの憲法に規定されている地方自治について、民意が無視されている訳がない。

そのような憲法改正は全く必要はなく、

( というか、そのように改正しようにもしようがない )

この高野氏の発言は、国会議員として大問題である。

( またそのような発言をメディアに対して堂々と行うことは、三原じゅん子にいわせれば「恥を知りなさい!」である )

また、その発言から読み解くべきは、

憲法に対して無知極まりない人間が国会に立ち、法律を作っているということである。

これは到底許されることではない。

法律とは憲法の下に作られるべきもの。

しかし、安倍晋三首相を筆頭に、

憲法に対して無知な国会議員はかなりの数であると思われる。

橋下徹氏も「憲法問答」という木村草太氏との共著にて述べていたが、

維新に入ってくる議員の殆どが憲法に対して無知であり、そのことに驚かされていたそうだ。

そのように、憲法に対して無知な議員が輪になって憲法を改正しようと声高らかに訴えているのが現状である。

私達は、このような無知である政治家達の意見に騙されてはいけない。

その為に、我々は日頃より憲法に親しみ、勤勉であることが望まれる。

選挙に参加し、一票を投じることが全てではなく、それで終わりではない。

選ばれた代表者がどのような人物であり、国会は勿論、平素よりどのような考えを述べ、行動をしているか、見守り続けることが大事なのである。

この事を、今回の高知・徳島での参院選において、高野氏に一票を投じた支持者には、特に、強くお願いしたいものだが、

不支持であった者や、無関心であった者も同様、我々の代表者である国会議員にはそのような姿勢を持ち続け、次の選挙に備えておくべきであると私は考えます。

そして最後に一つ言いたいことは、国会議員となる者の資質として、憲法に対する最低限の知識及び見識を問う仕組みはあって然るべきではないか、ということ。

公務員には、それなりの試験が課されているのにも関わらず、それよりもっと重要なポジションであるはずの国会議員が馬鹿ばかり (失礼) であってはならないはずであろう。

( しかし今現に、そのような馬鹿 ((愚か者といった方が妥当なのかもしれない)) 達が与党を筆頭に溢れ、跋扈している状態である )

立候補するにあたり、本当に必要なのは馬鹿高い供託金ではなく、その資質ではないか。

昨今の国会議員の知性に欠ける言動に触れる度、私はそう、強く思う次第であります。

主権者教育と言う前に、先ずは自ら学ぶべきことが沢山あるだろう。

【追記として】参院選の合区について、以下の記事による、憲法学者である木村草太氏の見解は、一つの良い意見ではないかと思います。


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