雪のように恨は降りつみ。そして我々は(#2)

Jはしばらくの間、黙り込んだままだった。

雨はだんだんと強くなり、夏だというのに冷たい夜風が窓から流れ込んでくる。風は息苦しいほどの濃い湿度を含んでいる。風は流れ、流れて電灯はゆらゆらと、Jと私の間の黒い影を生き物のように揺らした。

少し前、あの子が、働かなくなって―――やがてJが、胃の底から絞り出すような声で言った。

いえ、あの・・・その前に、どうか言い訳をさせてください。その頃、わたしは働くことが楽しくて。貧乏でその日暮らしでも、清貧だとか、質実だとか、そういうものが善だと信じ切っていました。なにが正しいとか、間違っているとか、そういうことを言いたいわけではないのですが。

ただ、K―――あの子との間に決定的な溝ができてしまったのが、じつはあの頃だったんじゃないかと、今になって思うんです。

目を伏せたJの頬に、黒い影が落ちる。その頬を見て、私は、Jが痩せたことを知る。

わたしと相反するように、あの子は無気力になっていきました。働かなくなり、閉じこもるようになって。ときおり、盗みをしたり、人を騙したりして、お金を手に入れているようでした。正直な所、わたしは裏切られた、そんな気持ちで、あの子のことが大嫌いで、関わり合いたくなかったんです。兄弟なのにね、お恥ずかしい話ですが。

ええ、大丈夫です、わかります。
どうにもならないと知りながら、私はかろうじて相槌を打つ。Jの過去の、もっとも暗い部分を聞きだすのに、私ができることはほとんど無いように思われた。

ご存知のとおり、あの子は恐ろしく魅力的な子です。愛嬌があって、甘えることがあの子は上手でね。ただ、一度道を踏み外してしまうと、正しい道に戻ることは困難です。少なくとも、悪いやつらに騙されて、利用されて捨てられる、なんてことはわたしには、わたしはどうしても、兄弟として―――

Jが足元を深く眺めやって、一度言葉を切った瞬間だった。私は、手の甲に何かが這いずる感触を覚えた。ゾッとして、膝の上に置いた左手を見る。

這っていたのは小さな虫だった。



(続く)


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