雪のように恨は降りつみ。そして我々は(#5)

わかりません、と、Jは何度も繰り返した。
Jの瞳は墨色の涙で溢れている。

わかりません。今となっては、もう。―――発端は、わたしの運の悪さと時勢を読めなかった愚かさだったのでしょうが、あいつらは自分たちの罪を棚にあげ、なにもかもすべてがわたしひとりの罪だと責め続ける。そんな中で、いったい、何がほんとうにあったことで、何が嘘なのか、もうわたしには判断がつかなくなりました。わたしはただ、弱くありたくなかった、ただそれだけだったのに。

黒い涙の正体。それが、Jの体に残された罰であり、呪いなのだ。あの夏の日の病は、いまもJの体を苛み続けている。

2匹目の虫は、私の手の届く範囲へ到達しようとしていた。小さくて、むちりとして透明な体だが、確かに生きているのだと今の私にはわかる。白い袖口に残された小豆色の染みが、その事実を物語っている。先の虫を殺した右手の指先が、ひどく生臭い。

わたしにとって、今でもあの子は大切な兄弟です。だから、わずかな期間であってもともに過ごせた、あの日々が懐かしい。8月、わたしから引き離されて、あの子は遠くへ連れて行かれました。わたしは怪我で動けなかった。耳も目もやられ、あの子の言葉をほとんど聞き取れていなかったように思います。

その時、Jは虫の存在に気がついたようだった。
話は止めず、目線は遠くを眺めたまま、手をのばすと虫をそっとつまみあげた。

最後のあの子は、不可解でしたよ。怪我をしたわたしの姿を見てわんわん泣いたかと思えば、虻だ、虻だと虫の名前を呟き、そうかと思えば、白、白と、今度は色の名前ばかりを喚き散らして。ああそうか、黒くずぶ濡れになったわたしの姿がそんなに惨めか、憐れかと、大人げもなく、わたしも声を荒げてしまった。一度はあの子のことを守ろうと心に決めたというのに。わたしはほんとうに情けない。あの子の気持ちを思うと、今さら、今さらですが、とてもやりきれません。

虫をすり潰したJの指から、小豆色の血液がひと筋、流れ落ちた。
遠くで雷鳴が聴こえた。




(続く)

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