雪のように恨は降りつみ。そして我々は(#1)

わたし、ひどい兄弟なんですよね。

Jは私にそう切り出した。あれは冷たい、雨の降る夜だった。

あの子に暴力を振るって、困っているあの子に手も差し伸べない、なんて言われてしまって。周りからすれば、そう見えるのはもっともです。けど、どうしてわたしだけがそんなに責められるのだろうかとも、思いますよ。

頬には泪に濡れた跡がある。
しかしJは、でもねえ、本当のことですもんね、と鼻を啜った。

あの子を叩いてしまったのは事実ですし、けっこうきつい言葉で叱り飛ばしもしましたよ。わたしはわたしで経済的にも精神的にも苦しい時期があって、正直、あの子の面倒なんか見続けられない、お願いだから自立してほしい、と思って、突き放したこともありますとも。たとえ兄弟でも、顔も見たくないぐらい嫌いになることって、あるでしょう。

Jが見せてくれた古い写真には、子供がふたり、写っていた。仲睦まじげな彼らの顔はまったくの瓜二つで、ほら、こっちの気弱そうな顔をしたのがわたしです、とJに言われてはじめて、ほんのわずかな身長差に気付いたほどだった。

あなたが気弱そう? そうJに尋ねると、ええ、そうですね、幼い頃はそうでした、とJは応える。

―――ふふ。

Jの眼は笑わない。
嘘です、いまも、そう。

気弱なわたしがね、どうしてかあの頃は、身のほど知らずでね。正義感で頭がカチコチになっていて、世界の頂点に立ったような気になって、どうにも、若さと言うものは恐ろしくって、何分にもお恥ずかしい。

外の雨音にかき消されそうなほどの、Jのか細い声を聴き逃すまいと、私は相槌ひとつ打つにも慎重になっている。いいんです、わたしの昔話は。あの子の、―――兄弟の、ことを少しばかり、気に病んでしまって、いて。

よく似ている兄弟だからこそ、目障りに思えて憎しみ合う。聞き飽きるぐらいよくある話です。血がつながっているから、だから余計にお互いの存在が煙たくって、いっそのこといなくなってしまえばいい、なんて。ご存じでしょう、あの子は完璧主義者で、わたしなんかよりずっと弁が立つ。明るくて、美しくて、聡明で、でもどこか抜けていて隙だらけ、放っておけないところが、また可愛くて、憎たらしいと思うんです。

ご兄弟と、いちばん最初に仲違いされたのはいつ頃なんでしょうか。Jの言葉の切れ間を待って、私はそう問いかけてみる。穏やかな口調とは裏腹に、Jの表情は曇ったままだ。

もう、ずっと大昔ですね。覚えてもいないくらい。家族の記録も、写真も日記も、とうの昔に捨ててしまったせいで――本当にわたしたちがどうしてきたかなんて、思い出せないんですよ。知っている人もいない。

憎悪の感情が、決して一気に襲ってきたわけではない。些細な出来事や、やむにやまれぬ事情や、近過ぎるがゆえに時に芽生えてしまう嫌悪感のようなものが、静かに、静かに、雪のように静かに降り積もって、彼らの関係は今に至る。千年を超えて複雑にもつれた愛憎に、いま、すぐに答えが出せるものでもあるまい。

先ほど、叩いてしまったとおっしゃいましたけど、それは一体、何がきっかけだったのでしょうか。

Jにとっては話しづらいことだろう。Jが経験した処遇を、私は知っている。そのためにJは、今でも罰を受け続けているようなものだ。

けれども私は、Jの口から真実を聞きたかった。


(続く)

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