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落ち続ける男の話

マルチバースに想いを馳せているうちに「どこまでも落ちていく宇宙服の男」が頭をよぎった。
そこは螺旋に曲がりくねった壁の様であったり、出窓のあるマンションの壁が一様にどこまでも四方を囲んでいたり、しかしついには真っ暗になる。

明らかに加速度が作用して落ちるスピードが上がっているのが体感としてわかる。
空気抵抗や圧力はなく、はためきもしない宇宙服内に表示される相対速度がみるみる光速に近づく。
「この調子であればいずれは本当に光速になってしまいそうだ」と思えるほどに増速し続ける。
そしてそう思う間にも速度計の数字はやがて桁を変えながら加速する。加速度が加速度的に増えてしまっている…

もはや光すらも干渉できない、単純な重さというスケールによってのみ支配された時空。
あとは重量が無限大に、体積が0にも近似できる程になった終着点に落ちるだけである。
(しかし到達できなければ止まっているのと同じではないか?と考えたが、もはや考えは意味をなさなかった。)

男は考えるのをやめる前にビジョンがよぎった。「いくつもの重なったマトリョーシカ」だ。
厚み0・体積0の膜でできたそれは開けども開ども、どこまでも続いている。
(見方を変えれば外側が収縮し、内側が膨張をしていて、その様は連続で見れば4次元物体(テッセラクト)の様な回転体にも見えるかもしれない)

「親の中に同規模のものがいくつも、いつまでも出来続ける。」
「もはやそのマトリョーシカ自体がブラックホールであり、宇宙なのだ」
そう悟り、ついに男は思考を止めたのだった。

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