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【※ネタバレあり】OMORIの感想を吐き出す

こんにちは、なるぼぼです。

つい先日ネタバレなしでOMORIの記事を書きました。
ただ、ああいった記事では僕の本当に思ったことをしっかりと書けなかったので、この記事で改めてOMORIをプレイして思ったことを殴り書きしてみようと思います。
本記事はOMORIネタバレありになるので、お気を付けください。
特にまだストーリーを知らない方は、絶対に見ないでください。
このゲームは初見で遊んでほしいので。よろしくお願いいたします。

記事の中身を下げるついでに、過去のOMORIの記事を貼っておきます。
恐らくどちらもネタバレはないと思うので、気軽に読んでいってください。

さて、クリアしてない方はちゃんと回れ右しましたか?
それではいきましょう。

1.MOTHERでもゆめにっきでもない

本作は常に「ゆめにっき」「MOTHERシリーズ」「Undertale」と並べられるような、いわゆるカルトゲームの体裁を保っています。
それは2014年のトレイラーからしっかりと伝わってきましたし、ゲームのプレイ中にも曲のサンプリングなどから、それらを明確に感じ取ることができました。
ただし、このゲームは明確に「それらのゲームとは違う」という事実をプレイヤーにガシガシと突き付けてきます。

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まず、本質的にこのゲームは小さな、本当に小さな出来事しか起こりません。
オモリとして過ごす夢の中は往年の名作RPGのごとく大冒険をしているかのような感覚に陥りますが、現実はサニーの小さな5日間が描かれるのみです。
もちろんその中にある真実はとんでもないものであって、それとどう向き合うか、という主題は大きなテーマではありますが、それはあくまで自分がサニーであるというプレイヤー的感情移入によって大きく見えているだけです。
実際はサニーが外に出て、引っ越す前の5日間を過ごす。
事実としてはこれだけです。

MOTHER2のネスのような大事を成したわけではなく、ゆめにっきの窓付きのような生と死の狭間にいるわけでもない。
Undertaleのように、常にファンタジーに落ちているわけでもないです。
この現実性がOMORIの強みだと思います。

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かつ、このゲームの重要な部分が「4年の月日」です。
4年が経ったことで、友達の様子は激変しました。
オーブリーは悪ガキになり、ケルは背が高くなり、ヒロはイケメン大学生になりました。
そしてみんなが別々の方向に歩き始めました。
そんな中に、突如現れたサニー。
サニーをきっかけとして、彼らがまた集まっていく様子は、夢の世界の彼らが徐々に戻っていって、かつての日々を思い起こさせるような展開でした。
この展開は優しさをはらみつつも、過ぎ去る時を巻き戻すことはできないという残酷さを表している、いい流れだと思います。

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そして、その中でバジルとサニーだけは決して変わることができない、という点もかなり印象的です。
マリという存在に縛り付けられている彼らは、絶対に逃れることができない。
お友達がまた集まって、夢の中のように和気あいあいとしても、サニーの隠していた真実と、バジルとの関連性は決して変わることはないのです。
そしてそれを変えることができるのは、サニーが事実を受け止め、真のバジルと対面し、お互いを理解し合うことでした。
そして、彼らを縛っていた存在は最後にはすんでのところで解き放たれますが、真実を打ち明けたサニーがその後どうなったかは語られません。

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このあとオーブリーたちは真実をどう受け止めて、サニーや皆はどうなっていったのか。
こうして語られないと、僕はぞわぞわしてしまいます。
味わったことのない感情なので、どう整理していいかいまだにわかりません。
それぐらいに本作のエンディングはしっかりと意味付けがなされていて、何かを感じさせるような、力強いものだったと思います。

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話が大分それましたが、こうした力強いエンディングや強いリスペクトがあるからこそ生まれたオリジナリティ、そういったものに本作の独自性があって、そこに強烈な面白さが生まれていると思います。

2.愛を持ったパロディ

さて、先ほどOMORIは独特な作品であって、現実性や自己との対話の重要性があると語りましたが、それでいても本作には小粒ながら強いリスペクトを感じる瞬間がいくつもあります。

そもそも、OMOCAT氏は様々な作品から影響を受けていて、それが作品に繋がっていることを明らかにしています。

私たちは、もちろん『マザー』シリーズから多大な影響を受けていますが、他にも大好きなゲームから影響を受けています。『ゆめにっき』『ポケットモンスター』シリーズ、『Ib』『ドラゴンクエスト』シリーズ、『逆転裁判』シリーズ、『どうぶつの森』シリーズ、『ゼルダの伝説』シリーズ(特に『ふしぎの木の実』)、『キングダムハーツ』シリーズ、『ファイアーエムブレム』シリーズ、『ペーパーマリオ』シリーズ、『クロノ・トリガー』『クロノ・クロス』『ダーククラウド』『ファイナルファンタジータクティクス』…たくさんあります!
(出典:Gamespark「サイコホラーRPG『OMORI』―ストーリーの描き方と多くのゲームが扱わない題材が特徴【開発者インタビュー】」 https://www.gamespark.jp/article/2021/02/05/105845.html)

こうした影響は、時にはひっそりと、時にはガッツリと作中に登場してきます。
ガッツリと表現されているのは「ブラックスペース(「ゆめにっき」の影響が大きい)」「歌声(「MOTHER2」のヴィーナスのサンプリング、または「どうぶつの森」のとたけけのサンプリング)」あたりでしょうか。
特にヴィーナスの歌声はかなり印象的で、一発聞いただけですぐにトンズラの兄貴たちを連想してしまうぐらいにはしっかりとサンプリングされていたと思います。

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ちょっと小粒なところだと、サニーのような自分の本当の姿に葛藤する姿は、キングダムハーツのロクサスのようでもあります。
スイートハート城の絵画たち、そして「芸術になっちゃった」のセリフは、どこかIbのような雰囲気がしなくもありません。

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こうした、大粒だったり小粒だったりしながらも、確実にプレイヤーに懐かしさを思い起こさせるような言葉回し、BGMやSE、雰囲気などがあることで、OMORIの強いリスペクトを感じることができました。
こうした表現は似た作品となる「Undertale」でも確認することができますが、どちらかというとOMORIの方がより直接的ですぐわかるような気がします。
もちろんどっちが優れているとかそういう話ではないのですが、やっぱりどちらも印象的で味わい深いパロディがあって、個人的には大好きです。
皆さんも、気になったらまたプレイしてパロディを探してみるといいかもしれません。
僕も探してみようと思います。

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2.衝撃を与えた「My Time」

僕は8年前のトレイラー公開からOMORIのことをすでに認知していましたが、その印象は「My Time」という曲に集約されていました。
オシャレながらもちょっとサイケな音楽、そして「おやすみ」が延々と外人によって歌われる歌詞。
この強い印象のあった曲がどこで使われているのか、僕は気になりながらゲームをプレイしていました。

…いやまさかバッドエンディングの曲だったとは。
しかもフラグ成立してからの展開が完璧すぎます。
オモリに敗北したサニー。
ずっと夢の中のオモリでいるためにはどうすればいいか。
そして己の罪を捨てるにはどうすればいいか。
「罪を受け入れた存在」であるオモリに負けたサニーが選んだ選択肢に、「おやすみ」の歌詞が突き刺さる。
そして急降下。アップテンポになる音楽。徐々に夢の中と同化していく背景。現実も虚構に染められていく。
ある種オモリのテーマ曲でもあるかのように、永遠の夢を見せるかのように、流れる「My Time」は衝撃的です。

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このエンディングでサニーが行ったことは「ゆめにっき」の窓付きと全く同じことなのですが、衝撃度がまるで違いました。
何より動機が明らかなのが凄い。
そしてそれに合わせるかのような「My Time」。
前からトレイラーを見て、歌詞の意味を知らないままに好きな曲にしていたからこそ、実際に使われたエンディングに強い衝撃を受けました。
頭を殴られたかのように。
正直今でも思い出すだけでくらくらします。

センスおかしいよ…

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ともかく、こうして「My Time」はとんでもないぐらいの神曲になりました。
そしてOMORIというゲームはとんでもないんだな、と改めて思いました。
完成度の高さもそうですが、こうして前から使ってきた曲をこんな使い方で、そして「おやすみ」に与える意味もここまで作り込まれると、もう意識が飛びそうなほどに衝撃を受けます。
一度トレイラーとバッドエンディング、両方見ることをおすすめします。
恐らく皆さんもうやっていると思いますが…。

3.罪と向き合う

改めて、本作の主題である「自分と向き合うこと」を考えてみましょう。

まず、本作は序盤ですでにマリが死んでいることが明らかになっている、ということが重要です。
序盤ですでに核心的な部分に触れてはいますが、なぜマリが死んだのかという点に関しては一切語られません。
ただマリが死んだ、ということだけが淡々と語られ、その後は「4年」の影響を受けた友達に注目が移っていきます。
だからこそ、遠ざかっていったマリの死に近づいていくのは、夢の中にいたオモリでした。

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本作は、後半になるにつれてオモリ自身が真実へと近づいていき、マリがなぜ死んだのか、そしてバジルとサニーの間に何があったのか、徐々に徐々に明らかになっていきます。
真実を知るという意味でプレイヤーはずっとオモリを操作し、旅を続けていきますが、終着点はオモリ自身との対決になってしまいました。
ただそれは「罪を受け入れた自分自身」との対峙であり、それは過去のマリの(幻覚である)怨念を倒したオモリだからこそできた対峙です。

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こうして罪と向き合うことで、オモリはバジルとともに隠し続けてきた真実を、勇気を振り絞って友達に伝えることができるようになりました。
己の罪と対峙すること、己の中にある悲しい何かと全力で対面することが、本作の主題です。
それは逃避するひきこもりのような生活を抜け出して、自分の本心と向き合い続ける必要がある、という重要なメッセージだと思います。

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そしてそうした主題やサニーの行動や感情に対して、プレイヤー自身が何を思いどのような回答を出すか。
あなたは今、大事なことを隠していませんか?
そして、それを大事な人に伝えられていないのではないですか?

こうした自分自身にも大きく響くようなテーマで作られているからこそ、OMORIというゲームはクリア後に様々な感情をを与えると思います。

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そして、OMORIはそうした罪を確実に克服することが可能である、という回答を残していません。
逆に、罪の克服がいかに困難であるかということを、数々のバッドエンディングが証明しています。
すべからく悲惨な結果を迎えることになるサニールートのバッドエンディングは、いかに罪と向き合うことが困難で、いかにそれを乗り越えていくことが難しいことか、そしてそれには友達の応援はあっても、結局は自分自身の力で対峙していかなければならないという、自分自身との対話の難しさを表していると思います。

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もちろんこうしたテーマのゲームや作品は多く世の中に出回っていますが、OMORIというゲームは、それを多くのエンディングやゲーム内での描写をうまく生かして作り上げていきました。
それは完璧だと思います。
現に僕の中に生まれた説明のできない感情は、本作の主題に対する自分の中での答えが見つかっていない、ということの表れではないかと思うからです。
流石にサニーほどの罪を抱えているわけではありませんが、人は何かしらの罪を持っています。
それに対して、どう向き合っていくか。
本作は、そんなことを考えるきっかけを与えてくれる、人生のバイブルのような作品なのかもしれません。

4.「Welcome to BLACK SPACE」

さて、ここでは個人的に高く評価している、ブラックスペースの話をしたいと思います。

ブラックスペースは、重要なブラックキーを集めた後にバジルの家にできる亜空間です。
実際はサニーの中にある負の感情があふれ出した世界です。
これが見事に「ゆめにっき」らしく作られており、ゆめにっきが好きな人としてとても感じいるところがあったので、少し話していきたいなと思います。

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ブラックスペースの特徴は、やはり奇怪な生物や謎のオブジェなど、説明できないような生物でしょう。
どっちかというとゆめにっきよりも現実味を増したうえで、グロさや溶けたようなぐちゃぐちゃな感じをしっかりと表現したようなキャラクターが多いです。
顔が溶けているオモリとか、ネコサボテンとか、自分でできたマトリョーシカとか、そういった変な奴が多いです。
ただ一人の人間として、明らかに過去の記憶からかたどられたような断片をつないでいるような感じはうかがえます。
そういった部分が、妙な現実感を与えています。

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そして、吹っ切れたかのような恐怖やグロへの全振りが印象的です。
もちろん小粒なホラー要素はあったことにはあったのですが、ブラックスペースのような恐怖はありませんでした。
というかここまで造形が破壊されているキャラクターが今まで出てこなかったんですよね。
淡いパステルカラーのような世界が、突然濃い原色を主体としたおどろおどろしい世界に変わるのは、やっぱり衝撃的です。

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そして、OMORIらしい点としてホワイトスペースとの対比であるスケッチブックがとてもいい味を出しています。
もともと奇怪な絵が描いてあったスケッチブックですが、ブラックスペースに入るとそこにさらにおどろおどろしい描写が追加され、より恐怖をあおるようになっています。
ただ、いくつかの絵にはナイフ、蜘蛛、オモリとバジルの姿など、今までのストーリーに関係するアイテムが付け加えられています。
そして、最後のページにはマリの怨念がオモリたちに向かっている描写が。
こうしたストーリーの伏線を静かに書き加えている点は、ブラックスペースでしかできない表現だと思います。

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ブラックスペース内部の対比だと、海辺のシーンが印象的です。
海辺で写真を塗りつぶしていくことになりますが、あれはマリとの思い出を消し去ろうとする、バジル本人の潜在意識の表れだったのではないでしょうか。
もしくは、オモリがそうしたバジルの行動を肯定するかのように、思い出を塗りつぶしていっているのかもしれません。
それを妙に現実味のある浜辺で行うというのも、中々アクセントになっていっていいと思います。

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さて、ここまではいかにもゆめにっきらしい、という記述をしてきましたが、ゆめにっきとは決定的に違う点が一つあります。
それは「言葉」です。
ブラックスペースでは文字や言葉を用いて、世界の表現がなされています。
ゆめにっきは一貫して文字を使わず、エフェクトのひらがな程度しか言葉で表現されているものはありませんでした。
その一方で、ブラックスペースではセリフや言葉によって、様々なものが表現されます。
それは意味不明であったり、時にはなぜか繋がっていたり。
「知らない人」が話す言葉はバジルの潜在意識のようなものであり、バジル自身の思いを通じてサニーの隠していた真実が明らかになるわけですが、そうした「真実への明確な語り」はゆめにっきで存在していません。
だからこそゆめにっきは不明瞭でふわふわと宙を舞う不安感が表現されているのですが、OMORIはOMORIらしい、地を付けたかのような恐怖感と妙な現実感、責め苦にされる苦しみが明確に表現されています。
ここが決定的なゆめにっきとの違いです。

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ともかく、こうした様々な描写が丁寧に描かれていたブラックスペースは、本作の中でもかなり手の込んだシーンだったと思います。
そして、そのシーンはやはり「ゆめにっき」の影響を受けていて、それが確実に良い表現として作中に出てきたことに、感動を覚えてしまいました。
すごくよかったです。

6.「籠らない」という選択

さて、最後に「引きこもらなかったサニー」の話をしようと思います。

本作には、サニーとして目覚めた最初の日、ケルの誘いに応じるか応じないかでルートが分岐します。
そこでは引きこもりとして5日間を今までと同じように過ごすか、外に出て新たな世界を感じるか、この二つを選択することができます。
多くの人は初めにケルの誘いに応じるでしょう。僕もそうでした。

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さて、よくよく考えてみると、このシーンには疑問があります。
なぜここでサニーはケルの誘いに応じたのでしょうか。
今まで4年も引きこもってきたサニーは、なぜ今になってケルの前に姿を現したのでしょうか。
そしてバジルの前にも自然と姿を現すことができたのでしょうか。

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これはかなり難しい問題だと思います。
もちろん「プレイヤーの意思」と言ってしまえばそれまでなのですが、引きこもって夢の友達と一緒にいたであろうオモリが、この周期だけはサニーの現実性として外に出ることができた。
今まで何度も何度も失敗してきた、現実を直視することができなかった、というのは赤い川を渡っているときに何者かが発言していますが、そうであるのならば、なおさら今になって外に出てきたのかは謎です。
プレイヤーの好奇心がそうさせたのか。
そうであるならばいかにもメタ的で面白くはあります。
でも、そうでない、サニー自身の別れを惜しむ気持ちだったというのであれば、グッドエンドの展開になることも頷けるような気がします。

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そして、結果的ではありますが、サニーが外に出たことによって、ばらばらになっていた友達はまた繋がることができました。
もちろんグッドエンド後のサニーが友達とどんな関係になったのかは明らかではありません。
ステージ裏に出てきた友達はサニーの妄想でしかなく、実際に彼らがサニーの告白にどう応じたかは謎です。
それでも、そんな友達を結び付けることができたのは、間違いなくサニーがあの日外に出たことがキッカケです。
このゲームは、一歩外に出るだけでも、たとえあの日の思い出がくすんで見えなくなっていても、ずっと大事にしていたものは取り戻せるかもしれない、そんな大事なテーマも持っていたのではないでしょうか。

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勇気を出して一歩踏み出してみる。
例えみんなが、世界が、全てが変わっていても、絶対に変わらない何かがそこにある。
OMORIの本当に伝えたかったことは、こういうことなのかもしれません。
どんなに苦しくても、きっと支えてくれる存在がどこかにいる。
難しくても、繋がったきずなを糧にして、自分の本心と向き合うことができたサニーの行動は、多くの人に勇気を与えたと思います。
僕ももうちょっとだけ、前を向いて生きてみようと思います。

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7.終わりに

いかがでしたでしょうか。

ちょっと章が前後しちゃって少し読みにくかったかもしれません。
ただ思いを吐き出したかっただけなので、その辺はご容赦頂ければ幸いです。

個人的に、ここまで衝撃的だったゲームは、過去どれを探してみてもないと思います。
ありふれたテーマでありながらも、最後までどこかもやが残るような、絶妙に何かがひっかかっているような…。
やっぱりクリア後の気持ちは説明できないです。
それだけ深い意味を持ったゲームだと思いますし、それだけ自分の中で答えを導くことのできない、重要な位置づけのゲームになった、そんな気がします。

少しの時間だったけど、とても楽しめました。
OMORIにありがとう。
また自分の中でまとまったときに、もう一度このゲームを遊んでみようと思います。
それまではしばしのお別れ。

次回のゲームは未定です。
何かクリアしたら書くかも。
それではまた。
おやすみ。

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