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昭和初期のテーブルマナー

前回の記事では主に昭和初期の洋食器・カトラリーについて紹介しました。今回は、テーブルマナーやメニューについてまとめておこうと思います。昭和初期の西洋料理(フランス料理)については前回取り上げましたので、こちらの記事をご覧ください。

正餐の献立

正式の晩餐は次のような順序で出されます。

(1)オールドウブル(前菜)

本料理の番外もので、本料理の前に提供される「摘み物」。食事を始めるに当たり、爽やかな色や香りによって食欲を亢進せしめるのが目的。生牡蠣、からすみ、いくら、鮭の燻製、酢漬けの魚、サーディン、ハム、ソーセージ、雲丹等に、トマト、胡瓜、メロン等の新鮮な野菜や果物を盛り合わせる。三種、五種、七種から多い時は二十種にも及ぶことがある。セリー酒、軽い白葡萄酒、コクテールなどと共に出される。フランスでは、家庭の昼餐にスープは出さず前菜だけを出すのが普通である。また晩餐だと、前菜をスープの後で出すこともあるが、この際は平目のコキーユ等のごく軽い温前菜を用いる。前菜は、冷温とも濃厚なソースを用いず、ごくあっさりとすることが肝心。

(2)スープ(ポタージュ)

洋食の最初に出す流動物。動物の骨や肉または野菜を煮出した汁で、日本の吸物に相当する。食欲を勧め消化を促す効がある。スープの味は料理人の腕の見せどころなので、饗宴等の場合は念入りにする作られる。
ポタージュは野菜を煮て裏ごしにしたもので、どろどろした濃厚なスープ。野菜は馬鈴薯、甘藷、トマト、玉蜀黍、アスパラガス、青豆等を用い、名称はその野菜の名によって決まる。中には二三日たった固いパンを二三分の賽の目に切り、油であげたものを入れることもある。これをクロトンという。

(3)魚の料理

西洋料理では魚を次のように調理する。
フライ
メリケン粉、卵、パン粉をつけて油で揚げる。鰈、鮎、舌びらめなど。

ステック(ステーキ)
バタでいためる。鯖、太刀魚、鰯など。

グリル
ぢか火で焼く。鯖、太刀魚、鰯など。

ベーク
テンビで焼く。鮃、鱸、鮭、鰆など。

ボイル
湯で煮る。鮃、鱸、鮭、鰆など。

スチュー(シチウ)
味をつけて煮る。味の淡白な小魚。

一般に午後はフライ、晩餐はボイル、又どちらにも良いのはベークと決まってはいるが、これも絶対的ではない。軽い魚のフライは晩餐に用い、ボイル料理の冷めたのは午餐にも用いる。
魚料理はそれに応じたソースの種類が様々で、複雑な味は無制限に作り出される。又日本では下魚として軽蔑される鰯や鯖も、西洋では少ないので高く貴重な魚となっている。

(4)アントレ

(肉の飾り付け料理、各種野菜の付け合せ、献立中最も重きをおかれる)
これも調理法は魚類と同様である。カツレツ、ステック、グリル、ロースト、ボイル、シチューの六種。
西洋料理に用いる肉の種類は、牛肉、仔牛肉、綿羊肉、豚肉、兎肉。野獣では猪、野兎等である。わが国では牛肉が一番多く、次に豚肉、仔牛肉で、綿羊肉は少ない。

(5)野菜

・野菜料理として独立するもの
これはアントレとローストの間に出すもので、野菜のシチュー、またはボイルにあっさりしたソースをかけたのが一般的。

・魚、鳥、獣肉料理の付け合せに使うもの
これは習慣的に決まっているものと、そうでないものとある。獣肉には馬鈴薯のフライやボイルをつけることが多い。他には人参、隠元、トマト、松茸、玉葱、小蕪等がよく用いられる。

・ソースの中実にもちいるもの

・香料となるもの

・調味料となるもの

(6)ロウテイ

ローストのこと。この場合は鳥類に限る。

(7)サラダ

生または茹でた野菜を主な材料とし、特殊のソースで和えた料理。正餐の献立では肉のローストの次に勧める料理で、多くはローストの皿に添える。サラダは味が淡白なのと材料が自由な点で、近頃は日本の家庭でも日常の料理に歓迎されている。
・サラダ用のソースは、サラダドレッシングという。マヨネーズソースとフレンチ・ドレッシング(ビネグレットソースともいう)の二種がある。

(8)デザート

食後の菓子、果物類の総称で菓子のことをアントルメという。

(9)コーヒー


洋卓の席順と卓上食器の配置

正餐の場合には、図のように席順が指定され食器が並びます。

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(1)位置皿、(2)ナフキン、(3)オールドウブル、(4)テーブルスプーン、(5)魚ナイフ、(6)魚フォーク、(7)テーブルナイフ(肉、野菜用)、(8)テーブルフォーク(肉、野菜用)、(9)パン皿、(10)アイスクリームスプーン、(11)デザートスプーン、(12)果物ナイフフォーク(13)シェリー酒グラス、(14)タンブラー(水呑コップ)、(15)白葡萄酒グラス、(16)赤葡萄酒グラス、(17)シャンパングラス。

フォークの種類

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(1)肉ナイフ、(2)(3)果物ナイフ、(4)魚ナイフ、(5)(6)果物フォーク、(7)魚フォーク、(8)肉フォーク

スプーンの種類

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(1)(2)アイスクリーム、(3)(4)ティー・スプーン、(5)ソース、(6)(7)果物、(8)(9)デザート・スプーン、(10)テーブル・スプーン

グラスの種類

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(1)水呑コップ、(2)赤葡萄酒グラス、(3)白葡萄酒又は日本酒グラス、(4)シャンパングラス、(5)シェリー酒グラス

以上が普通正餐一人前の食器一組である。


着席から退出まで

着席

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座席は氏名が書かれたカードが各座席に置かれているので、案内されたら、上席であっても辞退せずにその席につく。主人や主賓が着席するのを待ち、少し椅子を引き出して必ず左側から入り腰を下ろす。椅子に深く腰掛け、胸がテーブルとすれすれになる位にする。

ナフキンの用い方

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一同の着席が終わったら、ナフキンを取り一枚に広げ軽く膝の上に置く。和服の場合は、ちょっと帯下へ挟むか帯揚げに一方の角を挟む。正面より一寸右か左によせると形がよい。ナイフ、フォークは外側から順に取って行く。デザートは、正面の小さいスプーンやフォークを手前から取る。家庭なら一度に並べず、順々に出されることもある。

オールドウブルの食べ方

最初に運ばれてくる。給仕人が左側から皿を差し出すので、その皿に附属しているフォークとスプーンで、一種類づつ取り自分の位置皿にのせる。自分の一番右端の小さいフォークを取り、その上にのせるようにして食べる。これはイクラ、サーデン、胡瓜等を一口に食べられるよう小さくしてある。食べ終わったら、フォークは上を向けて皿中央に斜めに置く。

スープの食べた方

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右端の大きなスプーンを取り、左手を皿の縁に軽く添える。肘を張らないように手前から向こうへ掬い、スプーンの尖端と横の中間から流し込むように音を立てず静かに口にする。スープが少なくなったら皿をやや向こうに傾けて掬う。食べ終わったらスプーンは上を向け、皿中央に斜めに置く。

パンの食べ方

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スープを食べ終え、次の料理を待つ間からパンを食べ始める。先ず、バタ容器からバタナイフでパン皿の端にバタを取る。バタナイフのない場合は、一番小型のナイフを使用し、使用後は刃を手前に向けパン皿の右縁に斜めに掛けておく。必要に応じて使用する。パンは一口で食べられる程度に指先でちぎり、バタナイフでバタをつけて食べる。後は食事の合間に適宜食べて良い。
パンをスープに浸したり、ソースをつけて食べたりすることは不作法になる。

お魚の食べ方

給仕人から大皿を差し出されたら、皿に附属しているナイフを右手に、フォークを左手にし、一人前切り分けフォークの上にのせ自分の皿に移す。あしらいの野菜(パセリなど)も添えて取る。引き続き給仕人がソースを持って来るので、右手にソース用スプーンを持ちソースを掬い魚の上にかける。取り慣れていない人は、給仕人に頼むとよい。
魚はフォークだけで食べるが、小骨等がある時はナイフを手際よく使う。フォークだけの使う場合は、左手を皿の縁に軽く添える。食べ終わったら骨や皮などを小綺麗にまとめて皿の片隅に置き、ナイフとフォークは柄を右手前にして前述のように置く。

アントレ(肉の飾り付け料理)

献立の中で一番立派な料理。給仕人からの取り方は魚と同様。食べる時はナイフを右手にフォークを左手に持つ。ナイフとフォークの角度を大きく開き肘を張らないよう、肉の左端から一口分だけを食べる度に切る。肉を一度に切ってしまう人があるが、肉でも野菜でも一度に切るのは礼を叶わない。付け合せの野菜は、フォークだけで食べる。食べ終わったら魚と同様に皿の上を綺麗にし、ナイフとフォークを揃えて置く。

ロウテイ(ロースト・ステーキ)の食べ方

鶏肉や牛肉の蒸し焼き料理。鶏の丸焼きは取り分けるのが厄介なので、給仕人にとって貰う方がよい。家庭なら、主人が切り分けてすすめる。肉用のナイフを右手にフォークを左手に取り、肉の手前から一口で食べられる程度に切る。魚と違い力が要るため、人差し指をナイフとフォークの背にあてて持ち、フォークで肉を押さえナイフを向こうから手前へ引くようにして切る。一切れ食べたら、また一切れ切って食べる。この時、ナイフを右手に持ったまま左手のフォークで食べる。

野菜料理の食べ方

野菜サラダは、ナイフを使わず右手にフォークを持って食べる。アスパラガスは、根元の方を指でつまんで先の方だけ食べるが、根元まで柔らかい場合はフォークで食べる。これにはマヨネーズかバタソースが付いて出るが、全体にかけず頭の方だけにかける。

乾杯

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野菜料理が出ると次はデザートコースになる。その間に挨拶が行われ、乾杯をする。シャンパングラスを右手に持ち一同と共に起立し、お互いに目礼を交わしてグラスを目の高さに差し上げるか、かち合わせるかして乾杯する。大抵二度三度続けて乾杯があるので、一度に飲み干してしまわないこと。

アントルメの食べ方

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料理がすんでデザートコースに入り、アントルメ即ち食後の菓子が出る。卓上にあるデザート用のスプーンで食べる。アイスクリームには大抵ウェーファーがついて出るが、これは冷たさを中和させるためなので交互に食べる。アイスをウェーファーにのせて食べてはいけない。

果物の取り方と食べ方

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アントルメの次に、フィンガーボールが果物皿の上にのって出る。これは下に敷いたレースごと鉢を持ち上げて、果物皿の左側に置き、好みの果物を果皿の上に取りナイフとフォークを使って食べる。

・林檎の食べ方
先ず縦に二つ割りにし、更にそれを二つか三つに割ってから芯をとり、皮をむいてフォークで指して食べる。丸のまま皮をむくのは、大変不作法に見える。食べきれない分は、皮をむかない方がいいので、食べる分だけ順にむくこと。

・バナナの食べ方
果物皿の上で両端を切り取る。皮を縦に切り両手で皮を一枚に開き、中実を三四分の長さに切り分け、フォークに刺して食べる。

・蜜柑の食べ方
蔕の方から外皮をむき筋を取って一袋づく離し、つまんで静かに果汁を吸い取る。左手で口を掩って右手で袋や種を取り出し、外皮の中へ入れておく。果物の皮や芯は綺麗にまとめて皿の向こう側に寄せておく。

フィンガーボールの使い方

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果物を食べ終えたら、フィンガーボールで両方の指先を洗い、ナフキンで手先を拭く。これで口の周りや髭などを洗うのは不作法で見苦しい。

コーヒーの頂き方

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コーヒーは食卓で出る場合、別室へ下がってから出る場合がある。家庭では大抵別室で出る。角砂糖を入れ、右手に茶匙を持ち静かにかき混ぜる。茶匙は取り出し受皿の向こう側へ仰向けておき、取手を右手に持ち音を立てぬよう静かに飲む。飲み終わったら、茶碗を受け皿の上に戻す。

ナフキンの始末

ナフキンを取ってざっと畳み食卓の上に置く。すぐ洗濯するものなので、きちんと畳んでおく必要はない。

食堂を退出するときの作法

主人が立ち上がるのを待ち、来客一同も立ち上がる。静かに立って椅子を後ろに退け、一度正しく食卓の前に立ち着席のときと同じ方向に退く。


食事中の注意・心得

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  • 人と会話をする時には、ナイフやフォークを動かさず手を静止させる。

  • 卓上の遠くへ手をのばして物を取るのは失礼である。この場合、近隣の人に取って貰って差し支えない。

  • 咀嚼音、ナイフやフォークをカチャカチャと音を立てない。

  • 食事は早すぎても遅すぎてもよくない。日本人は早すぎる癖があるので、周囲の様子を確認しながら、食事の速さを調節する。

  • ナイフやフォークを床に落としたり、飲み物をこぼした時は給仕人を静かに呼んで始末させる。

  • 食卓でのくしゃみや咳は止むを得ない場合があるので、その時は必ず口にハンカチを当てる。風邪その他で鼻汁の出る場合は、ハンカチで音を立てぬよう静かに拭う。

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  • 飲み物は食事の間にいつ飲んでもよいが、口中に食べ物を入れたまま飲むとコップが汚れて体裁が悪い。飲む時は、口中のものを呑み下してからにする。

  • 食事中に注がれるお酒は飲み干すのが礼儀で、残すのは失礼に当たる。飲めない人はシャンパングラスだけ残し、他のグラスを伏せてしまうとよい。


終わりに

家庭での晩餐会を前提とした説明が多かったように思います。多少省きましたが、給仕人が運んできた料理を自分のお皿に取る際の注意が特に細かく書かれてました。初心者や不慣れな方には、そういった不安な点がカバーされており親切に感じました。また、ホテルと異なり家庭だと自分の気分や体調によって量を調整できるのが良いですね。

テーブルマナーと合わせて、給仕人側の「給仕の作法」も指南されています。戦前文化を好んでいる人等は、これを参考に自宅で晩餐会を開くのも素敵ではないでしょうか。私も戦前の国産向けディナーセット食器が揃ったら、知人を招待して開催してみたくなりました。

機会があれば給仕の作法についても紹介してみたいと思います。