クラブ化粧品-美は禮節-
詳細は一切不明である中山太陽堂『美は禮節』を入手しました。
これから社会へ巣立つ女学生向けに配布されたと予測できましたが、調べた限りでは何の情報も出てきませんでした。他の化粧品メーカー同様に、女学校の卒業日に配布されたものでしょうか。
この冊子の表題通り、美しい装いを心掛けるのは礼節の一つであり、その道理を説いた内容になっています。化粧法の紹介はあっても、商品写真は一切なく、16頁のうち10頁は美に関する教えです。ちなみに、中山太陽堂は近代美粧でも礼節について触れていますが、この題目のみにおいてどのような美の礼節を説いているか見ていきましょう。
♣若さは踊る 美は輝やく
ダイヤ模様の背景に薔薇のイラストが乙女心をくすぐるモダンな表紙。銀箔加工がされており、華やかな印象です。「若さは踊る 美は輝く」のキャッチコピーは若い女性(女学生)へのメッセージでしょうか。
♣美は禮節とは
冊子を開くと、異国情緒を漂う古代エジプトのイラストが目に入ります。クレオパトラかしら。当時の流行を意識しての選択のようですね。印刷が薄いせいか、全体がぼんやりしていて細部が分かりにくく残念です。
中は終止この構成。
花模様の枠を拡大すると、このような感じです。
中山太陽堂が説く「美の礼節」をありのまま伝えるため、省略せず抜粋することにします。素直な若い乙女になった気持ちで読むと、これからの教訓として役立つかも?しれません。
♧美は幸福のもと
心の美しい方には、「なやみ」がありません、いつも明るく朗らかです。皆様がこれから社会に出られます時、最も大切なことは、他人によい感じを与えることです。それは申すまでもなく、女性として、又社会人としての幸福の第一歩であります。昔から総ての人の望む女性はこころの美しい女性で、即ち現代望まれる「明るく朗らかな女性」であります。
それと同じ意味で、姿かたちの美しい女性も常に幸福です、何所の国でも、何時の世にでもこれだけは唯一の真理です。と申しますことは、「心うちにあれば色外にあらはる」で、心を美しく心がけて居られる方は、容姿も自然に美しくなるからです。又これは反対に、容姿を美しく心がけていられる方は、心も自然に美しくなるからです。
その上、先ず姿の美しいことの必要は、心の美しい事は、つき合って見てからでないとわかりませんが、姿かたちは、一目で他人に感じられるからであります。
あなたの机上の一輪挿しにどんな花を生けようとなさいますか、姿の美しい、色のよい、匂いの高いものを求められているでしょう。
高い匂い、それは品位で、知識から生まれます、あなたは既に正規の課程を経て、立派に教養を積んで居られますから、光かがやいて居ります。
「美しい姿」それはどうして求めるべきでしょう。
♧美と健康は同じ母から
昔の言葉に「美人薄命」と云うのがあります。また、俳人加賀の千代女の句に「一抱へあれど柳はやなぎ哉」と云うのがありまして、女性で肥満しているのが恥ずかしい、これは昔の人の間違った考えで、現代のあなた達はお笑いになるでしょう。現代の美人は決して痩せていなければならない筈はありませんし、又所謂柳腰の不健康な女性ではないのです、「美人薄命」そんな言葉は今通用いたしません、真の美人こそ長命であり、健康でありいつも幸福であります。
まして心身共に発育の盛んな、益々伸びようとする力が内にひそんでいるあなた達が、吹けば飛ぶような昔形の美人である事はむしろ悲しむべき事です。大いに肥るべきでありますし、力そのものの赤さであり黒さである筈です、現代はこうした健康な女性を指して美人と云うのであります。
現代は総てに於て正しきものを要求して居ります、健康は人として最も正しき大自然の姿であります、そうして女性にも力強きものを要求して居ります、「健康日本」の女性がもし虚弱であったならばどうした結果になるでしょう、昔はただ単に女性は弱きものとして生活戦線は勿論、家庭の内部にあってもさして重要な責任を持たないように考えられていた結果が、そうした見た目だけにやさしい病的な女性を美人と考えたのです。然し現代から将来への女性は先ず健康でなければなりません。
現代の美人としての第一の条件は、均整の取れた体質であります。それは健康によって初めて得られることで、各種のスポーツが重要される訳であります。
次に生き生きとして緊張した血色のいい皮膚これも内蔵の健康をいみします。次に明るく朗らかな気持ち、これは精神の健康と各種の教養によって得られるのであります。
こう考えて参りますと、心身の健康こそ女性美の基本であります。が、ただそれだけでしょうか、健康それだけでは、あまりに自然そのままの美しさで、それに多少の洗練を必要としないでしょうか、「金剛石も磨かずばたまの光も」の歌のように、真の自然の美しさを生かす為にも、作法が必要であります、美粧が必要になるのであります。
♧化粧は禮節の第一課
「化粧」は「けはひ」「みつくろひ」と云いまして、昔から女性に取って、身たしなみの一つとして教えられて居ります。即ち人として家に、また、社会に処して行く点から、礼儀作法の一課として、化粧は重要なものであります。
中には化粧をする事は恥ずかしいことであり、虚栄な事のように考えて居られる方があるようですが、それは身にそぐはない不自然な化粧や、下品な華美過ぎる化粧を云うのでありまして、神からもらった自然の美しさを生かせて、人に女性として、上品でやさしい感じを与える事は、むしろ礼儀であり、天地に恥じる事は無い筈であります。この意味に於きまして、化粧は礼節の第一課であります。「神は女性に美を与えた。それを生かし守る事は女性自身の責任である」と西欧の諺にも云われて居ります。もっとも学校時代に於けるまだ「子供」である時のあなたは、例えば少々お行儀の悪いことがありましても、「まだ子供だから」と云うので、親達も他人も何とも云いませんが、もう女学校も卒業されて一個の女性として見られる時、お行儀も気をつけてなければなりません。
然し、学校時代でも、あなたは風邪をひいて熱のある時、熱さましの薬を召し上がるでしょう、手の傷には薬をつけられるでしょう。それと同じで、冬は手や顔の荒れないように、髪の切れたり抜けたりしないように、クリームや香油をお使いになる事は、おしゃれではなくむしろ必要であります。
ひびの切れた手、汚れた顔でお客様に、お茶やお菓子を出すことは、第一失礼であります、それは丁度立ったまま出すのと同じです。それだけを考えましても娘さんは娘さんらしい見つくろいは儀礼であります。まして学校も御卒業になって、時としてはお母様の代理に他人に応接するとか、知人を訪問するとか、またお姉様のお目出度につらなるような場合、あなたは今までのような「ねんね」ではすまない筈です、相当の落ちつきと品位を必要といたします。やがては肩上げを取らねばなりません、袖の長い訪問着を召すような時のあなたは、一通りの見つくろい即ちお化粧が必要です。いずれはまたあなたも花嫁になられる筈です。その未来への準備にも今から美容の練習をなさらなければならないと思います。
この後は、正しいお化粧法についての解説に続くのですが、過去の記事で何度も取り上げているのため割愛します。詳細はこちらを御覧くださいませ。
♣あなたのノートに・・・・
最後の頁に、製品とその使用が端的に記されています。あなたのノートに写しておくと便利ということでしょうか。化粧品を初めて使う人にとって、習慣化するまでは親切な一覧表に見えますね。
♣オワリに
中山太陽堂が当時の現代女性に、「心身の健康こそが真の美しさ」であると伝えたかったことが充分に理解できる内容です。この冊子が配布されてから、約80年後に生きている私もついつい共感してしまうほどで、現代でも大人の女性へ変わる時期に、こういった意識を持ってもらう機会があってもいいのかもしれと思いました。
その反面、個人としては、明治時代の古風な女性が好みだったりします。溝口映画に登場するような、あの儚げな女性など。でも、絵画や物語の中だからこそ惹かれるのでしょうが。