AIが人間を監視する日が来た? 詭弁にごまかされる民衆
結論から言うと間違っている。騙されている。操ろうとされている。
AI『が』人間を監視する日が来た のではない。
AI『で』人間を監視する日が来た のである。
同じような表現と、その間違った表現での民衆の誤解が多数ある。
『警官が民主化要求デモ隊を攻撃した』のではない。
警官に『攻撃させる命令が出た』のである。
表面だけを見せようとする詭弁
真に警官を動かしている命令系統の上位者、さらに上の有力者が警官を動かす命令を出している。
あるいは、安倍晋三が言う「上の思いを汲んで勝手に下が命令を出している」のである。安倍はこのように忖度されることが、上に立つ者の力量だと誤認している。しかし、政治家であれば安倍を忖度するのではなく社会を忖度する役人を育成すべきであったのだが。
少し安倍のことに話がズレたが、「警官は命令に従っている」だけであり、「AIは初期設定や条件設定で行われた内容を学習し判断をしている」だけである。
つまり、センセーショナルに『○○がコントロールする時代が来た』や、『軍隊が市民を攻撃している』という表面だけを報道するマスコミは、自己満足気に『ジャーナリストです』と表を歩いていても、その中身は視聴率や発行数や社内人事にしか動かされていない『何でも良いから売り上げを上げろ』人間でしかないのである。
表面だけしか見ない民衆の問題
しかし、最大の問題は民衆側である。
見た目や衝撃のある表面しか頭に入れず、その裏を見ることすらしない『考えない民衆』である。
民衆を愚弄しているのではない
民衆とは社会の根本である。
政治家も役人も金持ちも軍人も民衆から発生してくる。
上流階級やセレブと言われている集団も民衆が存在することでスポットライトが当てられ、良い生活をしていると自己満足ができるのである。
話はセレブや上流階級や上級国民に逸れるが
これらをまとめてセレブと呼ぶ。単に文字数が少ないからセレブを選ぶ。
セレブは良い生活をしていると自負し、羨ましがられている。
しかしそれは時代の幻想でしかない。
平安時代の貴族は、今の一般サラリーマン家庭を見て天国だと思うだろう。
召使を呼ばずともすぐそばに飲める水が無尽蔵に出る。
名使いに点けさせなくても、煙も出ずゆらめきもせず火事にもならない灯りがスイッチ一つで点る。
牛車など比較にもならないスピードと快適さで、運転手に行き先を伝えなくとも自分で運転して旅行に行ける。
甘いものが欲しくなれば、あまづらなど足元にも及ばない砂糖で作られた菓子が食べられる。
だから、便利な生活や美味な食事は相対的なものでしかない。
あと百年もすれば、牛肉に対する脅迫観念的な日本人の執着は笑い話になるかもしれないのである。
真のセレブとは内部に存在するのだろう。
高級住宅街でブランド物のドレスをまとい、フランス直送のシャンペンでフォアグラを流し込むのは、セレブの外見を想像して作られた妄想の着ぐるみでしかない。
苔むした道端の小石一つに美を見出し、一杯のみそ汁に自然の味わいの深さを見つけ出し、自らの心の中からの満足感のある生活を楽しむのが真のセレブではないだろうか。
豪邸を、高級車を、ブランドドレスを、グランドバッグをひけらかしてセレブになったつもりなのは、「真に豊かな生活」を知らない愚者が妄想したセレブもどきという着ぐるみをまとう行為でしかないのであろう。
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民衆とは社会を作る基盤である。
それを指導するリーダーも、管理する(? 実際は奉仕すべきなのだが)役人も、民衆から生れ出た単なる「役職」にしか過ぎない。
リーダーという身分ではないのだ。
リーダーという役職であり、リーダーが「持たされている」特別な権力は、民衆から民衆の利便性のために「貸与・付与」されているのものでしかない。
つまり、リーダーが特権意識を持つこと自体が、民衆の意識が編成していることの証であり、その社会の弱体化が始まっていることの証である。
事例は、大日本帝国末期の軍部の特権意識現象に顕著である。
彼らは最終的に軍人を特権階級として、中国大陸や東南アジアからの撤収に軍幹部を優先し、部下や現地の日本人を見捨てた。中国残留孤児を生み出した。それでいながら、戦争を推進した軍幹部を軍神として奉納し昭和天皇を激怒させた。
明らかに、セレブの一種であった軍幹部が、大日本帝国という社会を弱体化させ「滅亡」させたのである。
しかし、その基盤は民衆であり、民衆は軍部というセレブの暴走を許した。いや、中には称賛するものさえ居た。
つまり、『AIが人間を監視する時代が来た』という表面の言葉だけで動いていたような民衆が、第二次世界大戦という悲劇を招いたのである。
日本だけではない。ナチスに陥落したドイツ、ムッソリーニにひざまついたイタリアなど、歴史に枚挙の暇はない。
民衆のレベルアップに期待し
徐々にでもアップしていると信じている
知識を蓄え、歴史を憶え、科学的推論を会得し、学び、考え、自分で判断できる民衆が育たなければ、長続きする豊かな社会は成立しないのである。
詭弁や妄言や策略に目をくらました、無能なリーダーや役人を選び出すような民衆では、豊かで安定する社会を作り出すことはできない。
しかし、そのような操られる民衆とは違う「考える民衆」へと向かって、民衆は前進していることを信じている。
すくなくとも、今の若者の礼儀や言動は二十世紀の民衆よりも洗練され進化しているのだから。
彼らは、同調圧力というものが存在していることをすでに認識できるほどに「進化」しているのかもしれないのだから。
bye
ありがとー