ショートショート「温度屋」

ある町の商店街の中に、その店は存在する。
店主は70過ぎぐらいの、黄色と白のハチマキをつけた老人で、いつもパイプ椅子に座って眠っている。
今日私がここを訪ねたのは、どうしても欲しいものがあったからだ。

「いらっしゃい」

昼頃に店に入ると、店主はすぐに目を覚まし不躾な挨拶をした。別にぞんざいな扱いを受けるのは構わない。会社や家庭で慣れている。

「ここには色んな『温度』が売ってあるそうですね」
「えぇ。『春の木漏れ日の温度』とか『BBQのコンロの温度』とか。良く売れるのは、あそこにある『カイロ』ですがね」

軽く笑いながらカイロを指差す。温度のやつはそれぞれ名前のシールが貼られた小瓶に入っている。値札を見たら、1番安くても1000円はする。あんなに小さいのに、それなりにするんだな、と思った。

私が欲しいものもやはり高いのだろうか。

「あの、ここに『人の温もり』はありますか?」

その言葉を聞いた店主は頷き、実際に持って来てくれた。

「これですね。お客さん、これをお求めで?」
「そ、そうです。どうしてもこれが欲しくて、ここまで来ました。私は、子供の頃から人に冷たく扱われて、ひどい目にあってきました。だからこれを買って、知りたいんです。人の温もりを...」

興奮して早口で話してしまったが、事実だ。
だが店主は苦い顔をして私を見る。

「分かりました。どうしても欲しいのなら売ります。ですが高いですよ」
「いくらなんです?」

店主は提示した値段は、普通ならすぐに買おうと思えない値段だった。

「この瓶の中にある分だと、効能は1週間程度です。これを過ぎるとまた買いたくなり止まらなくなるかもしれませんよ。それでもよろしいですね?」

まるでご馳走を前にした子供のような目で、私は躊躇いなくこれを買った。

夕暮れ。帰宅した私はすぐに瓶を開け、人生初の温もりを味わった。

同じ時間帯のあの商店街。
温度屋に別の店の主人である老婆が遊びに来ている。

「あの品がようやく売れましたよ。なかなか売れないから半額にしようかと悩んでいたんですがね」
「あらまぁ。良かったですねぇ」
「えぇ。ですが、何だか寂しくなりましたよ。私らが昔の頃は、『人の温もり』なんて名前つけて売らなくても、歩けばそこらじゅうで感じられたのに」

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