花々しい王国

ここは、花たちの王国です。目を閉じて茨に取り囲まれた鋼の古い門を想像してみて下さい。
それを手でそっと押すと、誰でもその美しい国へ行くことが出来るのです。
赤く威厳のある薔薇が国王で、白く気品のある薔薇が妃、桃色の可愛らしい小さい薔薇がお姫様です。
真紅の花びらの国王は、重く歳を重ねた木の年輪のように、幾重にも立派な真っ赤な王冠を輝かせています。世界で一番のルビーも、この赤い宝石には、勝てっこないでしょう。
雪のように白いお妃様は、朝露の粒を花びらに滴りこませます。まるで、人間の女王様のダイヤモンドの姫冠のようです。
桃色の小さなお姫様は、香水の液を吸い上げて生きているのではないかと思うほど、瑞々しい、香しい匂いがします。
衛兵達は薊の紅鶸色の兜を被り、細かい棘の着いた緑の甲冑を着込んでいます。
王国の国民たちは、本当に色とりどりの花たちがいます。その国民達が一番活気ずく朝市の様子は、栄えある六月に自由奔放に咲き渡っている花畑を思い起こさせます。
買い物用の籠をもちながらけらけら笑うマーガレット、ウサギゴケの匂いを嗅ぎ回るパンジーとビオラ頭の犬、それにちょっかいを出す猫柳の毛の猫、街灯用の蛍を逃がさないように、自分の花びらの中にしまい込む釣鐘草、瓶を落として割ってしまった調香師の金木犀、蜜蜂を躾ているラベンダー、薬を煎じる為に材料を買い漁るドクダミ、陽気な音楽を吹き鳴らしているラッパ水仙、それに合わせてりんりん鈴を鳴らす鈴蘭、相手の綿毛を飛ばしあっている蒲公英たち、金魚草を乗せながら浮かぶ葉のボートを引っ張っている水夫のスイレン、スノードロップとエーデルワイスのひそひそ噂話は、止む気配がありません。
今日も、街には白と薄桃色の山藤と、ジャカランタの花の紫色の雨粒が、さんさんとした太陽の光とともに降り注いでいます。
そして今日は、お城で盛大な舞踏会が開かれるようです。その様子は、街とはうって変わって、この世のありとあらゆる豪奢な花を集めた花束のようでした。
南国の島の着物を着たハイビスカス、大陸の簪を付けた牡丹、道化師姿の時計草、黒いベルベットのぬらりとした夜空のようなドレスを着たドイツアヤメ、海豹の毛皮のコートを着込んだ銀竜草、楽団員の制服を着たルピナス、シルクとスパンコールでできたキラキラ光るドレスを着た白百合……
その様子をみて、もしかしたらだれか一人ぐらいは、王宮の壁を飾っている真っ赤なサテンのリボンで花たちを結んでしまいたくなってしまうかもしれません。しかし、それは到底なし得ない事です。この様子を見て、いつまでも眺めていたい、という気持ちよりもその様な邪心の方に心の天秤が傾くものは、そもそもこの王国に入ることすら出来ないのですから。
おや、桃色の可愛らしい花びらのお姫様に、ダンスを誘いに来た殿方がいらっしゃるようです。
お相手は、勇ましい姿の矢車菊の王子様でした。青空よりも青いコートをとても素敵に着こなしています。桃色のお姫様は、すぐに王子様の差し出した手を取りました。
指揮者のサヤエンドウのしなる指揮棒に合わせて、白骨化した骨珊瑚で出来た木琴を弾くルピナス、蜘蛛の糸のハープを弾くチューリップ、木の実のマラカスを振る仙人掌、平たい茸の大太鼓を叩く向日葵、竹のフルートを吹き鳴らすゴデチア……本当にここは天国か何かに来たのでは無いかという錯覚を起こさせます。
けれども、この国はよく見るとそこら辺にあるのです。道端の空き地にも、コンクリートの割れ目にも、木陰の中にも、草原や林の中、もしかしたら、まだ誰にも見つかっていない素敵な王国も沢山あるかもしれません。
そうして、もちろん誰かが大事に育てている庭や鉢の中にも、この王国はちゃんとあって貴方を見守ってくれているのです。

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