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忘れることで流れ着いたなによりほんとに大切なこと

 数年前の美術展で見た、引き込まれるような緑色の前にわたしは立っていた。それは力強いうねりにクラクラしてしまいそうな、それでいて明るい春の昼下がりを思わせるような、そんな絵。ゴッホが晩年に描いたとされる『サン=レミの療養院の庭』だ。ゴッホはこの絵をひどく気に入ったようで、普段は入れないサインが右下に描かれている。画家の人間味に触れると、思わず口角が上がる。世界的な画家も、1人の人間だったんだなんて思う。

 大好きだった綾波さんの異動が決まったのはまだ1ヶ月も経たないうちなのに、既に岩手の工場へ着任し、商品のフィルムの発注に四苦八苦しているそうだ。幼稚園に通う息子を溺愛し、たくさん本を読み、お酒を飲み、いつもご機嫌に仕事をしている姿を見てきた。度々、窓際でわたしの話を聞いてくれた。働くなかでの大切な考え方や、人に対する接し方、働くことってもしかして楽しいのかも?と思えたのもその先輩のおかげだ。異動の直前に、「おまえは賢いから、きっとうまくやっていけるし、ここで働くセンスは誰よりもあると思う。俺が社長になったらおまえのことを執行役員ぐらいになら推薦するよ」といつものように冗談を交えて言ってくれた。そんな綾波さんが大好きだった。こんな人になりたいと、心から思った。これからも沢山教えてもらって、自分が成長出来ることがなによりも楽しみだった。一緒に働けたのは2年という短い時間だったが、これから長い人生の中で間違いなく素晴らしい経験だったと思う。

 名古屋の美術館でゴッホの絵を見た時、綾波さんが浮かんだ。力強くて独特なセンス、誰にも真似できない絵、そんな人。全てを巻き込んでしまうような人。憧れの人。きっと今でも「まいったな~」なんて言いながら、楽しそうに仕事をしてしまっているんだろう。人生の道標のような人。いつかまた一緒に仕事ができたら、成長した姿を見せられるように頑張ろう。

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