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労働判例を読む#517

※ 司法試験考査委員(労働法)

【不動技研工業事件】(長崎地判R4.11.16労判1290.32)

 この事案は、会社Yから独立して、競合する別会社を設立した元従業員Iの呼びかけに応じ、I在籍中から別会社設立の検討などに関与した従業員X1、X2、X3に対し、関与の程度などに応じて、順次、懲戒解雇(+普通解雇)、降格処分+配置転換、諭旨解雇(+普通解雇)の各処分を行った事案で、XらはYの従業員として元の地位にあることの確認や、未払賃金・不法行為に基づく損害賠償の支払い等を求めた事案です。
 裁判所は、Xらの請求を概ね認めました。

1.理論構成
 いずれの処分も無効、という結論は同じですが、理論構成が人によって異なります。
 まず、解雇の効力が問題になったのはX1(懲戒解雇)とX3(諭旨解雇)です。
 X1については、就業規則の懲戒事由のうちの一部に該当する(部下に転職の意向を確認した行為)としました。その他の行為については、就業規則の規定に「正当な理由なく頻繁に」という文言があることを理由に、規程違反(命令違反など)が「明白であること」が必要であるとし、Iとの協議等の準備行為等は、(服務規律違反ではあるものの)懲戒事由として見た場合には明白ではないとして、懲戒事由に該当しないとしました。特に後者について、服務規律違反の有無と、懲戒事由該当性とで、同じ行為であっても結論が異なっており、就業規則の規定の仕方の違いにもよるのでしょうが、ペナルティーである懲戒処分をする場合にはより謙抑的である、という姿勢が垣間見れます。就業規則の規定の仕方が同じ場合(例えば、服務規律の規定を懲戒事由の規定がそのまま引用するような場合)にも、同様に謙抑的で異なる判断がされるのか、注目されます。
 そのうえで、懲戒事由に該当する行為(部下への転職以降の確認)について、結局誰も転職しなかったことなどを重視して、懲戒権の濫用に該当する、と判断しました。
 つまり、X1に対する懲戒処分については、1段階目として懲戒事由への該当性が問題とされ、それに該当する一部の行為について、2段階目として懲戒権の濫用の有無が問題とされたのです。
 他方X3については、いずれも1段階目の検討で結論が出されました。すなわち、いずれの行為も懲戒事由に該当しない、と判断されました。ここでもX1の場合と同様、服務規律に違反する行為(ここでは、Iに対して引き連れていけそうな部下の名前を伝えて、Iの行為を助長した行為)について、懲戒事由についてだけ規定されている「重大な行為」という文言に該当しないとして、懲戒事由には該当しない、という判断をしている点が注目されます。
 これらに対して、X2(降格処分+配置転換)は、降格処分は懲戒処分としての降格処分であって、X1と同様の判断構造となっています。すなわち、服務規律違反を認めたものの、懲戒事由についてはその一部だけが該当するとし、さらにその処分も、影響力が小さい(ついてきそうな部下の名前を伝えたが、本人も転職に消極的であった、等)として、同じく懲戒権の濫用である、と評価しました。
 このように、首謀者Iと異なり、それに協力したにすぎず、その影響も小さく、実際にYを退社しなかったXらに与えた懲戒処分については、懲戒処分の前提となる服務規律に違反するかどうか、次に少しハードルの高い懲戒事由に該当するかどうか、そして最後に懲戒権の乱用に当たるかどうか、という段階を経て慎重にその有効性が判断されたのです。

2.実務上のポイント
 裁判所が認定した事実のうち、IがXらと共に競合会社を立ち上げようと協議を重ねる経緯の描写が、時系列に沿って淡々とその概要を述べているだけなのですが、それでも非常に膨大な量であり、Yとの対立が徐々に明確になり、退社・会社設立に向かっていくIと、退社の決断ができずに、Iとの距離が少しずつ広がっていくXらの様子が、はっきりとドラマのように目に浮かびます。
 結局、Yに対するIとXらとの距離感の違いが、IによるXらの引き抜きの失敗につながっている、と見れますが、XらもIと同じような立場や距離感にあれば、結論は違ったかもしれません。その意味で、今後のためにもXらに厳しい処分をしたいとYが考えたのでしょう。一種の見せしめ的な要素があると言えそうです。
 けれども、実際に従業員が退社して競合他社に転職したような場合(例えば、「福屋不動産販売事件」大阪地判R2.8.6労判1234.5、労働判例読本2022年版141頁)は、解雇などの処分も有効になりますが、そうでない本事案では、影響が小さいとして会社による処分が無効とされました。もちろん、主導的な立場かどうか、等の事情も考慮されていますが、実際に会社経営にどのような影響を与えたのか、という点が重要なポイントのようです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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