労働判例を読む#191

【朝日放送グループホールディングスほか1社事件】大阪府労委R2.2.3命令(労判1221.5)
(2020.10.2初掲載)

 この事案は、派遣会社の従業員組合Xが、当初派遣されていた派遣先(旧会社)に団体交渉を申し入れましたが、団体交渉は拒否されました。その後、旧会社が分割・事業譲渡が行われた結果、旧会社の法人格をY1が承継し、派遣に関するラジオ放送事業をY2が承継しました。Xは、Y1とY2に、団体交渉の継続を求め、旧会社による断交拒否は不当労働行為であると主張しました。
 労働委員会は、Y1とY2の両方に対し、不当労働行為の成立を認めました。

1.派遣先の使用者性(判断枠組み)
 派遣社員の雇用契約は、派遣先ではなく、派遣元との間で締結されます。したがって、派遣社員の団体交渉の相手方は、原則として派遣元になります。労働委員会も、派遣先は「原則として労働組合法上の使用者に該当しない」と判断し、原則ルールとして、派遣先の使用者性がない、としています。
 さらに労働委員会は、上記原則ルールに対する例外ルールとして、①(派遣法の趣旨や派遣法に関する指針に反して)労働者を特定・指定するなど、②「派遣先が派遣労働者の労働条件等を現実的かつ具体的に支配・決定するに至っている」場合、例外的に労組法の使用者性が認められる、というルールを示しました。
 この例外ルールは、朝日放送事件(最高裁判決H7.2.28)で示された例外ルールと同趣旨のものと評価できます。
 すなわち、朝日放送事件では、「雇用主以外の事業主であっても、雇用主から労働者の派遣を受けて自己の業務に従事させ、その労働者の基本的な労働条件等について、雇用主と部分的とはいえ同視できる程度に現実的かつ具体的に支配、決定することができる地位にある場合には、その限りにおいて、右事業主は同条の「使用者」に当たるものと解するのが相当である。」という例外ルールが示されました。
 この事案の労働委員会でも、特に②の部分で、「労働条件等を」「現実的かつ具体的に支配、決定する」という、朝日放送事件で示されたキーワードがそのまま用いられているからです。
 他方、両者には、派遣と下請という違いがあります。
 この違いから、朝日放送事件とは違い、この事案では、①の部分で、派遣法の趣旨に反して労働者を特定・指定する場合であることが示されています。派遣の場合には、派遣先の現場で、派遣先と派遣社員の間に指揮命令関係が直接発生するので、それだけで労組法上の使用関係を認めるわけにはいきません。もしこれを認めれば、派遣先は派遣元従業員に対し、常に団体交渉の当事者となってしまい、派遣法によって派遣元が雇用主とされていること意味が奪われるからです。
 このように、①派遣法に違反・潜脱することと、②派遣先による支配の2つが、判断枠組みとして設定されました。

2.派遣先の使用者性(あてはめ)
 労働委員会による事実認定や評価の概要は以下のとおりです。
a) 派遣元設立の経緯
 労働委員会は、派遣元が、旧会社でラジオ原稿のリライトを担当していた担当者たちが集まってできた会社である、という経緯を認定しています。
 しかも、旧会社がX組合員に対し、派遣元会社を設立すれば継続勤務できると示唆したこと、そこで旧会社はX組合員が旧会社で継続勤務することを前提に設立されたこと、実際、旧会社の従業員や旧会社にリライト業務のために派遣されていた派遣従業員が、派遣元会社に所属し、旧会社への派遣が行われたこと、のほか、派遣元会社の下で初めてリライト業務を開始した派遣従業員についても、旧会社がリライト業務担当者として選定されていたこと、を認定しています。
 これらの点から、労働委員会は、旧会社が派遣従業員を事前に特定・指定していたこと、これが派遣法に違反・潜脱すること、を認定しました。この点は、主に上記①に関わる問題と評価できます。
b) 派遣料金の決定
 労働委員会は、派遣元会社の経費などが控除されているものの、派遣料金は、業務の内容ではなく、各X組合員のキャリアや能力を、旧会社が直接評価して決定し、しかもX組合員ごとの昇給も想定されていた、と認定しています。
 この点は、旧会社が労働条件を具体的に支配・決定していた、という判断ですから、主に上記②に関わる問題と評価できます
c) 転籍への関与
 労働委員会は、派遣元が、X組合員のうち数名について、派遣会社の転籍などに関与していた経緯を認定しています。
 この点も、旧会社が労働条件を具体的に支配・決定していた、という判断ですから、主に上記②に関わる問題と評価できます。
 このように、長い期間、旧会社が各X組合員の業務内容だけでなく(業務内容だけであれば、通常の派遣と異ならない)、雇用条件(これは、本来派遣元会社が当事者となる問題)についてまでコントロールしていたことが、旧会社の「使用者性」肯定のポイントになっています。

3.使用者の立場の承継
 この事案では、使用者の立場を、Y1とY2の両方に認めました。
 すなわち、Y1は法人格を承継した(法的に旧会社と同一である)ことがその根拠となり、Y2はラジオ事業を承継した(ラジオ事業に関する雇用問題を決定する権限を承継した)ことがその根拠となっています。
 実態を重視すれば、Y2だけが「使用者」と認定されてもよさそうです。
 しかし、法人格の承継、という形式的な原則ルールをすべて否定するのではなく、Y1の責任をわざわざ残しているのは、Y1とY2のいずれか、という議論によって責任の所在がかえってわからなくなり、曖昧にされてしまう危険に配慮したのでしょうか。あるいは、親会社であるY1が大きな経営方針を決定し、Y2が雇用に関する実務的な内容を決定する、等のようにY内部で役割分担されている場合には、X組合員の雇用条件を決める際、両者の関与が必要、ということでしょうか。
 いずれにしろ、使用者の立場が複数の法人に承継される、という事態は、非常に興味深い現象であり、事業再編などの場面で考慮すべきポイントの1つとなります。

4.実務上のポイント
 派遣社員に関し、派遣先会社が直接関与しようとすることは、実際、よく見かけることです。
 ところが、派遣先会社のコントロールが、本来想定された範囲を超える場合には、団体交渉に関し「使用者性」が認められる可能性のあることが示されました。比較的長期間に及ぶ関与が認定された事案ですので、簡単に一般化されませんが、注意が必要です。
 さらに、旧会社は派遣会社をより積極的に活用していた様子が読み取れます。
 すなわち、旧会社は、リライト業務というニッチで専門性の高い業務について、全て派遣社員に担当させ、しかも全員を1つの派遣元会社が管理するように少しずつ整理してきました。すなわち、旧会社の従業員を中心に派遣元会社を設立させ、他の派遣会社から派遣されていた者もその派遣元会社に移籍させ、さらに、旧会社が追加採用しようとする者を派遣元会社に雇用させたのです。
 しかも、関連会社である新聞会社でリライト業務が廃止され、そこでリライト業務を担当していた派遣社員を旧会社が派遣社員として使い始めたところから、派遣元会社設立に向けた動きが始まっています。
 旧会社にそこまで計画性があったかどうかはわかりませんが、結果的に見ると、業務が減少していくリライト業務の担当者を社外の人間とし、しかも1つの派遣会社に集約することで、コントロールしやすい状況が作り出されました。実際に、旧会社は、その派遣元会社との関係を解消することで一挙にリライト業務担当者全員との関係を終了させました。
 さらに、その時期的な問題です。旧会社は会社分割やラジオ事業の移転を決定した後に、派遣元会社との関係解消をし、その後に実際に会社分割や事業移転を行いました。
 このような経緯に照らすと、消えゆく運命にあったリライト業務担当者が一か所に集められて、切り離されてしまった、という経緯のようにも見えてきます。労働委員会の判断は、このような場合に従業員たちと話し合いの場を持つことを要求しているのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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