労働判例を読む#19

「長澤運輸事件」最高裁平30.6.1判決(労判1179.34)
(2018.10.19初掲載)

 この判例は、定年退職後に有期契約となった従業員と無期契約の従業員の間の給与、賞与、諸手当などの違いのうち、精勤手当と超勤手当を除く全てについて、適法と判断した事案です。実務上のポイントとして特に注目している点が1点あります。
 ここでは、ハマキョウレックス(差戻審)事件(2018/10/18、労働判例を読む#18)と違う点だけ、検討します。

1.基本給、能率給、歩合給、職能給の総合判断

 この判例では、ハマキョウレックス事件と同様の判断基準を前提にしています。
 すなわち、諸手当の合理性の認定は、同じ手当ごとに、一つ一つ独立して対比するのが原則です。ひっくるめて総額で比較するような方法は、否定されました。
 ところが、長澤運輸事件では、基本給、能率給、歩合給、職能給についてだけは、「能率給+職能給+基本給vs歩合給+基本給」という図式で、ひっくるめて総額で比較しています。なお、これ以外の手当ては、ひっくるめられず、比較対象の範囲に入っていません。
 たしかに、この事件での有期契約従業員は、能率給や職能給がない代わりに歩合給があるので、「能率給+職能給vs歩合給」を比較すれば良いようにも見えます。しかし、「能率給+職能給+基本給vs歩合給+基本給」で比較しなければ、適切に比較できない特別な関係(すぐ後に検討)があったのです。
 そのうえで、この部分については、結果的に有効と判断しています。

2.設例

 では、次の架空の事案(設例)のような給与体系にした場合、ひっくるめての総額判断で有効となるでしょうか。
<設例>
 正社員(無期契約従業員)は、成果主義で計算される基本給に加え、伝統的に存在する多種多様の諸手当が支払われます。
 パート(有期契約従業員)は、時間給だけしか支払われず、通勤手当すら払われません。
 一般的に総額をみれば、フル出社したパートは正社員の8割になります。一般的に正社員の基本給部分を時間給に換算すれば、パートの時間給よりも低くなります。
 この場合、成果主義と時間給は明らかに算出方法が異なります。会社としては、諸手当もひっくるめて比較する、したがって両者の手取金額の差が不合理でなければ有効である、と主張するでしょう。実際、ひっくるめて比較できる、と評価してもらえるでしょうか。
 結論を先に言えば、①通勤手当などの一部の手当てについては、基本給とひっくるめて一体で評価されず、パートに支払わないのは違法、と評価され、②その他の手当てについては、基本給とひっくるめて一体で評価され、パートに支払われなくても適法、と評価されうるでしょう。
 その心は、この判決のロジックにあります。

3.ルール

 まず、ルールです。
 上記判例を、もう少し詳しく見てみましょう。すなわち、「能率給+職能給vs歩合給」という関係にあるのに、「能率給+職能給+基本給vs歩合給+基本給」と、ひっくるめる範囲を拡大して比較している理由です。
 それは、①有期契約従業員の手取額が大きく乖離しないようにするため、基本給を高く設定し、歩合給の係数を高く設定していること、②実際、手取額の差は10%程度に抑えられていること、③この給与体系は組合との団体交渉を経て決定されたこと、などの事情が根拠となります。
 この中でも特に注目されるのが①です(②③は、暫く措きます)。
 すなわち、会社は、能率給や職能給を無くす代わりに、歩合給が設けられ、基本給が増額されている、という関連性に着目して、「能率給+職能給+基本給vs歩合給+基本給」による対比を合理化しているのです。
 ここから、①の背景にあるような「関連性」があれば、複数の手当てを一緒にひっくるめて検討できるのです。

4.あてはめ(実務上のポイント)

 いよいよ、あてはめです。設例を分析しましょう。
 まず、成果主義をパートに適用しない理由がまず問題になります。
 パートは、品質ではなく時間で管理される業務が与えられていること、正社員には転勤や職種転換があるが、パートにはそれがなく、賃金や勤務条件の変動可能性が極めて小さいこと、業務成績によって給与が変動せず、安定していることへのモチベーションの方が高いこと、などがその理由になるでしょう。
 次に、この理由から見て、諸手当をひっくるめて一体として取り扱う合理性があるか、が問題になります。
 第1に、交通手当です。
 物理的に体を職場に運ぶ費用に関する交通手当には、職務内容や給与、モチベーションの違いの影響は考えにくく、時間給を増やしたからと言ってそこで吸収した、とねじ込むのは難しそうです。
 次に、それ以外の手当です。
 正社員の不安定さを吸収する目的の手当、長期雇用・転勤・職種転換に関わる手当、などについてパートの不利益となる部分は、パートの時間給を増やした部分で吸収した、と評価される可能性がありそうです。つまり、この部分はひっくるめて一体として評価してもらえるかもしれません。
 そうすると、後は、ひっくるめて一体とする金額と、パートの給与の比較で、どの程度まで許容できるのか、という程度の問題と、このような給与体系導入に至るプロセスの正当性の問題が、検討対象となるのです。

5.実務上のポイント

 判例は、厳密に区別して議論していませんが、複数の手当てをひっくるめて一体として比較検討する場合には、次のような思考過程を経ることになるはずです(この判例では明確ではありません)。
(1) 原則ルールは、バラバラ評価。
 ハマキョウレックス事件が示したルールです。
(2) 例外ルールは、ひっくるめて一体評価。
 例外ルール(ひっくるめて一体評価)が適用されるには、「関連性」(それぞれの手当ての目的や関連性)が必要。長澤運輸事件が示したルールです。
(3) あてはめ
 原則ルールにしろ、例外ルールにしろ、手当ごとに、目的の合理性と、そのための手当ての設計運用の合理性が評価されます。ハマキョウレックス事件が示したルールです。
 例えば、憲法の人権侵害の有無の判断も、①違憲審査基準の選択の議論があり、②その後に、実際に、選択された違法審査基準に事案を当てはめて結論を出します。
 あるいは、国際私法の場合も、①準拠法選択(どこの国の法律が適用されるか)の議論があり、②その後に、選択された法律に事案を当てはめて結論を出します。
 どうやら、長澤運輸事件の判決を理論的に整理すると、憲法訴訟や国際私法事案と同じような思考過程になるはずなのです(くどいですが、この判例では明確ではありません)。

画像1

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?