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労働判例を読む#357

今日の労働判例
【国・川崎北労基署長(MCOR)事件】(東京地判R1.11.7労判1252.83)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、過労自殺した従業員Kの遺族Xが、労基署の認定した労災の支給金額が不十分であるとして、国Yに対して不足分の支給を求めた事案です。過労自殺が労災に該当する、という判断については争いがなく、Kが管理監督者(労基法41条2号)に該当するかどうか、したがって残業代も支払われるべきだったかどうか(支払われるべき場合であれば、労災の支給額の計算基礎となる「平均賃金」が大きくなり、支給額も大きくなる)、が争点となりました。
 裁判所は、管理監督者に該当せず、残業代も支払われるべきだったとして、労災の支給金額が不十分であった、と判断しました。

1.判断枠組み
 裁判所は、①管理監督者は経営者と一体的な立場にある労働者をいう、としたうえで、これをさらに具体的に3つの判断枠組みで総合判断する、としました。すなわち、②労働時間規制の枠を超えて活動することが要請されざるを得ない重要な職務や権限を担い、責任を負っているか否か、③労働時間に関する裁量を有するか否か、④賃金等の面において、上記のような管理監督者の在り方に相応しい待遇がされているか否か、の3点です。
 管理監督者性については、従前、②を独立した判断枠組みとするのではなく、また、①を③④の上位に位置付けるのではなく、①③④の三点を同列の判断枠組みとして検討する裁判例が多かったように思われます。
 このように、①を上位概念とし、新たに②を追加して従前と同様、3つの判断枠組みを総合考慮する、という構造は、①の経営者との一体性をより強調した構造です。
 たしかに、判断構造の違いが結論の違いに論理的に直接影響するものではありません。しかし従前③④を重視することで管理監督者の範囲を広く認めてきた状況が、近時は①を重視することで管理監督者の範囲が非常に狭く解釈される状況に変化してきています。そのような状況の変化の中で、①③④の3つの判断枠組みのうち①を特に重視する、という立場を構造的に明確に示したのですから、本判決の判断は最近の状況を、判断枠組みの構造の段階から反映し、強調したもの、と評価できるように思われるのです。

2.実務上のポイント
 実際、②~④に該当する事実の評価についても、裁判所はいずれも非常に厳しく評価しており、特に②については、「経営者の有する労務管理に関する権限を経営者に代わって所掌、分掌していたと言えるほどの権限を有していたとはいえ(ない)」と評価しています。
 従前は、管理監督者性が問題になる者の権限や責任を積み上げていき、それなりの高さになれば、管理監督者と認めるような判断も見受けられたのですが、そのような積み上げ方式ではなく、経営者のレベルにどこまで近いのか、という高さの設定が先にあり、そこに到達しているかどうかという権限・責任の内容に注目した方式が示された、と評価できそうです。すなわち、経営判断に有用な情報を取りまとめて報告するような立場にあったとしても、つまりそれだけ経営判断に近い立場にあったとしても、実際に会社の舵取りをする、すなわち経営判断を責任もって行い、会社の方向性を自ら決定するような、経営判断に関わるような内容の権限がなければ、管理監督者性が認められない、ということになりかねません。
 実際に経営のかじ取りを行う、あるいはそのような権限を委譲されている人間の範囲は極めて限られてしまう、役員会のメンバーですらこれに該当しない人間がいるのではないか、そうなると、管理監督者という概念は殆どの会社で意味が無くなってしまうのではないか、という指摘がされるところでしょう。
 せっかく管理監督者という概念が設定されているのに、それが実際にはあまり意味がないということになれば、この指摘ももっともな面があります。
 けれども、裁判例を見る限り、管理監督者に関する判断が厳しくなっている傾向は否定できません。今後、いわゆる「揺り戻し」のようなことになり、①経営との一体性の判断が、例えば自分自身が経営判断の権限を委譲されたり、経営判断に関わったりしていなくても、相当程度重要な情報を提供するなどの重要な役割を演じているのであれば、これに該当する、等の判断が示されるかもしれません。
 このように、複数の判断枠組みを総合判断する、という判断構造は、柔軟な判断を可能にしますので、今後もこのような非常に厳しい判断が続くとまで断言できませんが、しかし、少なくとも現状では、①経営との一体性について、非常に厳しい判断が続いているという状況は、理解しておく必要があります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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