労働判例を読む#197

【学校法人日本学園事件】東京地裁R2.2.26判決(労判1222.28)
(2020.11.6初掲載)

 この事案は、中高学校Yの職員Xが、事務職員から用務員として営繕業務を担当することになった人事異動に関し、人事権の濫用であり無効、と主張した事案です。裁判所は、Xの請求を否定し、Yの人事異動を有効としました。

1.判断枠組み(ルール)

 裁判所は、人事権の濫用が認められる場合の判断枠組みとして、①業務上の必要性が無い場合、②(必要性があっても)不当な動機・目的の場合、③従業員に「通常甘受すべき程度を著しく超える不利益を負わせるものであるとき」の3つを示しました。
 ここでは、2つのポイントを指摘します。
 1つ目は、②です。
 労働法上のリスクとして実務上、特に注意すべきリスクは、言っていること(建前)とやっていることのズレが生じる場合です。サービス残業、名ばかり店長、退職部屋、偽装請負、など労働法で問題になる論点の多くが、この建前と本音のズレです。このズレを、②で正面から問題にしている点が、労働法のリスクを考えるうえで非常に特徴的で重要なことに思われます。
 2つ目は、①③です。
 労働法上、抽象的な概念が問題になることが多くあります。解雇権「濫用」、「不当」労働行為、ハラスメント(「不当」な言動)、人事権の「濫用」など、その言葉だけでは抽象的すぎて、事案を分析したり対応を検討したりするうえで、何の参考にもなりません。
 そこで、多くの判決では、この抽象的な概念をさらに具体的な要素に整理し、「判断枠組み」として論点を整理します。この「判断枠組み」1つ1つを検証することで、「濫用」「不当」「合理性」などの抽象的な概念を、具体化していくのです。代表的な「判断枠組み」には、「整理解雇の4要素」があり、解雇権「濫用」の有無の判断について、整理解雇の場面で考慮すべきポイントを4つの判断枠組みとして整理しているのです。
 そこでお勧めなのが、「天秤モデル」です。
 どういうことかというと、一方の皿には、従業員側の事情、多能の皿には、会社側の事情を載せ、支点部分には、適切なプロセスなど、その他の事情が含まれるとイメージし、天秤のバランスを見ます。この「天秤モデル」は、労働法の多くの事案で、ある時はドンピシャリ、ある時はそこそこ、うまくハマります。ハマるというのは、裁判所が立てる判断枠組みと同じ・近い判断枠組みになる、という意味です。
 実際、この事案の①は、会社側の事情を示しています。③は、従業員側の事情を示しています。支点に相当するプロセスの良し悪しが「判断枠組み」とされていないため、100点満点ではないかもしれません。けれども、この事案ではプロセスが特に問題にならなかっただけであり、もしプロセスがまずければプロセスの問題も考慮されたでしょうから、天秤モデルから大きく外れた判断枠組みとは言えません。
 このように見れば、この事案も「天秤モデル」を応用した(②が特に強調されることで修正されている)事案である、と考えることができるでしょう。

2.あてはめ(事実)

 この事案では、①③について、かなりYに有利な評価をしています。
 例えば、営繕がYにとって重要であること、Xのキャリアにとっても幅広く経験する意義があること、など、都合の悪い人を閑職に送り込むときの美辞麗句を無批判に認めているだけではないか、と批判されそうな評価がされているのです。
 けれども、その人にとって良かれと思う人事を一所懸命考えた結果、営繕業務担当だった、ということがYの創作した物語であり、嘘だ、と言い切れるかというと、そうとも言い切れません(つまり、よくわかりません)。実際には、Yにも悪意と善意の両方があって、そのブレンド割合の問題のように感じます(あくまで、判決から私が「感じる」レベルです)。つまり、Yには、Xが面倒くさい従業員だから何とかしよう、という意図もあるでしょうが、Xのために良い方法はないか、と検討した面もあるでしょう。簡単に、良い悪いと割り切れないように思えるのです。
 そうすると、このバランス問題の中で、裁判所はどうしてYの主張に近い認定をしたのか、その理由が、ポイントになります。
 この点は、もしかしたら裁判官個人の人格的な傾向の問題かもしれません。
 けれども、この事案で注目されるのは、Xの経歴です。
 Xは、前職は学習塾で学校情報の収集発信などを担当しており、Y入社後はYのホームページ作成などの広報を担当していましたが、広報部が廃止された後は、学納金に関する財務事務を担当していました。Xは、営繕業務担当への異動に対し、「広報のプロフェッショナルとしての矜持」が傷付けられた、という点も、Yの人事異動の不当性の根拠として主張しています
 これに対し、裁判所は、職務限定の合意が無い、という理由で簡単にこの主張を否定しています。
 全体のトーンは、幅広に業務をこなし、営繕業務もその能力に期待している、営繕業務はYにとって非常に重要な業務だ、という調子です。本当にマルチプレーヤーなら、他に任せる仕事もあるだろうと思うのですが、例えば営繕業務の改革が遅れていて改革が必要だった、などの事情が本当にあったのでしょう。言うなれば、適材適所の人事異動だから、①Yの側の事情、③Xの側の事情、いずれも合理的となるのです。

3.実務上のポイント

 逆に言うと、適材適所でなければ、人事異動が権利濫用と評価される危険が高まることになります。
 けれども、実務的に考えれば、異動した先で不貞腐れたりひねくれたりされては困りますので、異動の際には本人に対し、異動先の業務の重要性や、それが本人の適正・能力・経験に合っていること、成果を期待していること、などを伝え、奮起を促すのが普通でしょう。人材を活用するのが、会社の人事の最大の関心事だからです。
 そして、このような適材適所という実態が伴わないのであれば、それは②不当な動機・目的につながっていきます。
 このように、「適材適所」という切り口からみると、①③と②は、表裏の関係にあることがわかります。つまり、実務上、人事異動の際にはその異動の合理性が説明できることが、法的なリスク対応の意味でも、人材活用の意味でも、重要なのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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