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労働判例を読む#560

今日の労働判例
【させぼバス事件】(福岡高判R5.3.9労判1300.5)

 この事案は、路線バスの運転手らXらが、バス会社Yに対し、折返待機場所や営業所での休憩時間は労働時間であり、その分の給与が未払である、等と争った事案です。裁判所は、Xらの請求の一部を認めました。

1.判断枠組みと判断構造
 1審・2審いずれも、最高裁判例を引用して、「労働からの解放が保障されている」かどうかを判断枠組みとしました。すなわち、解放されていれば労働時間でなく、解放されていなければ労働時間である、ということになります。
 そのうえで、①折返待機場所と営業所を分けて検討し、さらに折返待機場所でも、共通する事象ごとの検討と、各折返待機場所の事情に即した検討を行っています。
 さらに、②休憩時間とされていた時間も労働時間であった、とするXらの主張を検討しています。
 また、③これらと異なる視点からの論点として、諸手当(特殊勤務手当、休日勤務手当、夜間勤務手当、20分手当)の法的な性質やその処理を検討しています。
 この他にも、7時間弱の勤務時間とする合意があったかどうか(否定)、拘束時間が13時間を超えない配慮義務の違反があったかどうか(否定)、賦課金を支払うべきかどうか(一部肯定)、も議論されました。
 ①②はいずれも労働時間の判断枠組みに関する判断であり、あわせて検討しましょう。

2.労働時間(①②)
 ①に関し、ここでまず注目されるのは、共通する事象ごとの検討と、各折返待機場所の事情に即した検討の役割分担です。
 例えば、共通する事項として、乗客のトイレ利用への対応、傾斜地に停めたバスの監視、バス内の金庫などの監視、乗客の忘れ物への対応、などの業務について、いずれも労働時間に該当しない、と判断しています。これは、特に忘れ物対応については、折返待機時間の最初と最後の一部は労働時間としていたという運用上のバッファが、これらの実働分をカバーしています。つまり、乗客対応などの業務時間が、設定された労働時間を超えない、という理由が、労働時間性を否定する根拠となっているのです。もちろん、実際にそれぞれの作業に必要な時間や頻度が、個別に検討されており、労働時間性の認定に関する左伴署の一貫した判断方法がここでも実践されています。
 そして、これらの事項は、各折返待機場所での待機時間全てについて発生し得る論点ですが、先に一括して労働時間制を否定し、論点を整理して、議論を折返待機場所ごとの事情に議論を集中するための理論構成のように思われます。
 そのうえで、各折返待機場所の事情に即した検討が行われています。ここでのXらの主張は、具体的には、例えば折返待機場所の形状から、遠く離れているので移動のためにバッファよりも時間がかかってしまう、待機スペースが足りず、他のバスや自動車の為に移動や監視の対応が必要である、というものです。
 ここでも、裁判所は実際の作業に必要な時間や頻度を個別に検討し、Xらの主張の一部について認めました。狭いスペース・混雑した時間について、待機場所と言ってもバスの移動・監視が必要、という理由ですが、その多くはバッファで吸収され、それを超える場合として、12か所の折返待機場所の内、2か所(そのうち一か所については、朝の一定時間のみ)について、労働時間該当性を認めたのです。抽象的な拘束可能性ではなく、具体的な拘束の有無が検証された、と評価できるでしょう。
 さらに、営業所での待機時間については、車両の入れ替え作業などを、手の空いている運転手が臨機応変に対応していた点などから、特にその頻度などを理由に、Xらも含めた全員について、労働時間性を否定しました。誰か手の空いている人に、駐車位置の入れ替えを依頼することが、全て労働時間でない、というわけではありませんが、かといって、何か作業を行う場合があっても、その頻度や内容が業務と言えない程度であれば、労働時間ではない、という評価も、これまで昭和の時代から多くの裁判例が示してきたものです。問題はその程度ですが、本事案は、どの程度であれば労働時間とならないのか、という意味で参考となる判断が示されたと言えるでしょう。
 次に②です。
 ここでは、休憩時間の全体が本当に休憩時間なのか、逆に何か労働時間とされる分がないのか、について、実際に運転手が行うべき作業を詳細に認定し(例えば、遺留品チェック、行先系統番号の入力、バスの表示確認、窓閉め、メインスイッチの切断、非常コックの閉鎖、衣料品の事務所への持参と申請、など(発射直前の作業も同様に詳細に認定されています)、休憩時間が丸々休憩時間ではなく、最初と最後の合計10分は労働時間である、等と認定しました。
 個別に業務内容を検討している判明、全ての休憩時間を個別に検証せず、平均的な時間を認定している点が、特に注目されます。会社側が労働時間を把握すべき義務を負っているのに、証明できないという会社側の主張を広く認めるわけにはいかず、かといって、全てについて詳細な証明を求めると、労働時間の認定が難しくなる(短くなりすぎる)、というジレンマの中で、相当程度合理的な説明ができる程度の立証は必要だが、全ての休憩時間ごとの個別の立証までは必要ではない、という現時点での裁判実務上の対応状況が理解できます。

3.諸手当(③)
 様々な手当てについて、残業代などに相当する、残業代などから控除される、という趣旨の主張をYがしていますが、裁判所はYの主張の一部を肯定しました。さらに、Yの主張を否定した部分について、処理の方法も一つではありません。次のように整理できます。
❶ 基礎賃金に含まれず、かつ、残業代などと評価されるもの
 休日勤務手当、夜間勤務手当
❷ 基礎賃金に含まれず、しかし、残業代などと評価されないもの
 20分手当
❸ 基礎賃金に含まれるもの
 特殊勤務手当
 ここで注目されるポイントは2つあります。
 1つ目は、基礎賃金に含まれるかどうか(❶❷対❸)、という点です。
 これは、例えば固定残業代などに関し、「●●手当」は固定残業代である、と会社側が主張する場合がありますが、固定残業代に該当しないと評価されてしまった場合、この「●●手当」が、残業代など(利息)に該当しない(残業代を支払わなければならない)だけでなく、基礎賃金(元本)に該当すると評価され、「●●手当」に相当する金額よりも、より多くの金額の支払いが命じられることがあります。つまり、「●●手当」が固定残業代に該当しないことによって、不要と思われた残業代などの支払いを命じられるだけでなく、さらに、基礎賃金額が大きくなることで、残業代などの金額がより大きくなるのです。これだけでも、いわば2重の影響ですが、会社が不当に残業代などの支払いを拒否したと評価されれば、「付加金」(労基法114条)の支払いが命じられ(この場合、最大、不払いとされた金額と同額の追加支払いが命じられる)、その場合には、3重の影響となります。
 このように、基礎賃金に含まれるかどうか、という評価の違いは、非常に大きな影響があるのですが、この基礎賃金の意味について、労基法37条5項が、非常に厳しいルールを定めています。すなわち、家族手当や通勤手当など、基礎賃金に「含まれない」手当もあるけれど、この「含まれない」手当は、限定的であることが明示されており、単にこれと似ているから、などの理由でその範囲を都合よく拡大解釈できない規定となっています。
 このことから、せめて残業代の一部にでもなれば、という意図が仮にあったとしても、基礎賃金に該当しない手当に該当しなければ、3重の影響を受けることになりますので、手当を設定する際に慎重な検討が必要です。
 2つ目は、❷の領域がなぜ存在するのか、という点です。
 というのも、労基法37条5項(と、これに基づく労基法施行規則21条)は、定めのないものは全て基礎賃金に含まれるように規定していますが、「20分手当」は、これに該当しないからです。すなわち、20分手当は、判決が認定したところでは、「20分手当は、労働時間に応じた割増賃金とは別に、原告ら乗務員が、予め定められたシフト(運転表)と異なる追加の乗務を割り当てられた場合に、一律に加算されていた手当」です。この「20分手当」は、名前だけでなくその内容も、労基法37条5項・労基法施行規則21条のいずれにも(家族手当、通勤手当、別居手当、子女教育手当、住宅手当、臨時に支払われた賃金、一箇月を超える期間ごとに支払われる賃金)該当しません。つまり、❸に該当しません。
 そうであれば、❶に該当すると評価され、基礎賃金に含まれることになるはずです。しかし裁判所は、基礎賃金に含めずに、しかし残業代に充当もしませんでした。このような、どちらでもない❷の領域の意味を理解しておきましょう。
 この点、「詳解労働法(第3版)」(水町勇一郎、2023年、東京大学出版)の743頁では、基礎賃金に含まれない場合として、労基法・同施行規則の規定する場合の他に、2つの類型が紹介されています。
 1つ目は、「時間外・休日・深夜労働の対価として支払われる手当で通常の賃金と判別できるもの(例えば、時間外割増手当、夜間看護手当など)」です。時間外手当を計算する前提の基礎賃金に、時間外手当が算入されるのは、理論的におかしいですから、基礎賃金に含まれないことが明示されていなくても、これに含まれないと考えられるのでしょう。
 2つ目は、「その性質上当該労働を行っても支払われないタイプの手当等(例えば、坑外での時間外労働を行った場合の坑内手当、手術以外の業務で時間外労働をした場合の手術手当、集金業務以外で時間外労働を行った場合の集金手当、一人乗務以外で時間外労働を行った場合のワンマン手当)」です。
 「20分手当」は、追加業務が割り当てられたときに支払われる手当ですから、本来の業務以上の業務をする場合の手当であり、1つ目に該当すると思われます。
 そうすると、時間外手当からこれを控除してもよさそうですが、裁判所は、追加業務が割り当てられた場合に、「一律に」「賃金の未払いの有無にかかわらず」支給されることを理由に、未払賃金に充当できないとしました。基礎賃金に該当しないけれども、かといって残業代が減額されない、という❷の類型の存在が示された点で、非常に注目されます。
 さらにこの先の問題は、❶ではない❷に該当するためには、どのような条件が必要なのか、という❷の範囲の問題です。
 判決で示されたヒントは非常に限定的ですが、裁判所が残業代への充当を否定した理由・基準は、残業代が発生したかどうか、あるいは支払われたかどうかではなく、未払いがなくても支払われるから、という点にあります。
 未払いがある場合にだけ支払われる、という制度設計であれば、未払残業代から控除されたのでしょうか。一律的な対応ではなく、個別的な計算や対応が必要、ということでしょうか。
 ❷の領域について、その存在を認めた点だけでなく、その具体的な範囲について判断した裁判例が見当たらず、今後の議論と裁判例の動向が注目されます。

4.実務上のポイント
 手当に関しては、別の裁判例で、別の問題も提起されています。
 すなわち、最低賃金法を下回るような時間外手当を設定した事案ですが、具体的には、夜勤の「待機時間」について、夜勤の間の手当を支給し、それ以外に基本給部分や残業代・深夜手当代部分を支払わない、という状況で、「社会福祉法人A会事件」(千葉地判Rt.6.9労判1299.29)は、「待機時間」も労働時間であるとしつつ、夜勤の労働密度を特に重視し、例えば呼び出しがないような場合も多くあったことなどから、追加支払いの請求を否定しました。
 最低賃金法といえば、強行法の典型例であり、それを下回るような賃金の設定など許されるはずもない、と受け止められるところです。しかし、この「社会福祉法人A会事件」では、それを下回っても良い場合がある、という判断が示されたので、今後、このような判断が一般的に受け入れられるのか、非常に注目されます。
 固定残業代などに関し、例えば「熊本総合運輸事件」(最二小判R5.3.10労判1284.5)のように、それが有効とされるべき条件は、いまだにはっきりせず、非常に不安定な状況です。
 固定残業代に代わる制度も検討されることが多いと思いますが、本裁判例や「社会福祉法人A会事件」のように、新たな切り口からの議論も始まっています。今後の動向が注目されます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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