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労働判例を読む#465

【バイオスほか(サハラシステムズ)事件】(東京地判H28.5.31労判1275.127)

※ 司法試験考査委員(労働法)

 この事案は、派遣会社Xが原告となり、派遣社員Yらを被告とする事件です。派遣先に転職しない、などの特約に違反して派遣先に転職したことが、契約違反である、などと主張しましたが、裁判所はXの主張を否定しました。

1.派遣法33条
 派遣法33条は、以下のとおりです。

(派遣労働者に係る雇用制限の禁止)
第33条 派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者又は派遣労働者として雇用しようとする労働者との間で、正当な理由がなく、その者に係る派遣先である者(派遣先であつた者を含む。次項において同じ。)又は派遣先となることとなる者に当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用されることを禁ずる旨の契約を締結してはならない。
2 派遣元事業主は、その雇用する派遣労働者に係る派遣先である者又は派遣先となろうとする者との間で、正当な理由がなく、その者が当該派遣労働者を当該派遣元事業主との雇用関係の終了後雇用することを禁ずる旨の契約を締結してはならない。

 裁判所は、労働者の職業選択の自由を確保するための制度だから、この規定に違反する契約や合意は無効になる(強行法)、と判断しました。
 そのうえで、特に上記2項ですが、「正当な理由」を会社が証明できれば有効になるとし、この事案では、「正当な理由」がいずれの派遣社員に対しても認められない、という判断になりました。
 ここで特に注目されるのは、判断枠組みです。2つの類型が示されました。
 1つ目は、Xが研修などしたのだから、「正当な理由」がある、と主張したのに対し、Xに勤務しなくても「習得可能」であり、X「独自の普遍的でない知識等を習得させるものでない」と判断されました。派遣元の営業上の利益と、従業員の職業選択の自由を調整していることが、この判断枠組みから理解できます。
 2つ目は、転職禁止期間が半年に限られており、転職禁止先の会社が派遣先の会社に限られているから「正当な理由」があると主張したのに対し、半年は決して短くなく、また、派遣法33条は派遣先への転職を確保するものであって、転職禁止先の会社を派遣先の会社に限ることは、派遣法33条に真っ向から反する、という趣旨の判断が示されました。
 一般の退職者の競業避止義務の有効性について、例えば1年の範囲でこれを有効とする裁判例がある(例えば、「アフラック事件」東地決H22.9.30労判1024.86)など、一般の従業員の場合、半年が長いと評価されにくいように思われますが、派遣従業員にとって見ると、半年は長い、と評価されるのかもしれません。また、同じく一般的な退職者の競業避止義務の有効性について、転職禁止先が限定されていれば、有効とされる可能性が高まりますが、派遣先を狙い撃ちにすると、仮に転職禁止先が限定されていても、否定的な方向に働くことが示されました。
 ここでは、この2種類の類型に関し、判断枠組みが示されましたが、いずれも一般の従業員の競業避止義務と異なる特殊な要素が配慮されており、今後、参考になります。

2.実務上のポイント
 かつて、派遣会社は、ストックとして抱えている派遣従業員の質や量が勝負でしたが、度重なる派遣法性の改正により、派遣会社は、派遣従業員を抱え込むのではなく、むしろ派遣従業員にマッチした就職先を見つけるべき「就職斡旋」の要素が強くなってきました。上記派遣法33条も、派遣従業員の抱え込みを正面から否定するものです。
 そうすると、派遣会社は、派遣会社と派遣従業員を、実際の派遣を通してマッチングさせるビジネスとしての面があり、どれだけマッチングの機会を与えることができ、どれだけ多くのマッチングが成立するのか、という「ストック」よりも「フロー」の太さが勝負になってきました。
 この意味で、Xが派遣従業員を抱え込もうとした戦略は、派遣ビジネスの在り方としても問題があった、と評価できます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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