労働判例を読む#167

「京王電鉄ほか1社事件」東京地裁H30.9.20判決(労判1215.66)
(2020.6.26初掲載)

 この事案は定年後の勤務形態として2つの制度(A継匠社員制度とB再雇用社員制度)を有する会社らYの従業員らXが、Aによって雇用されていることの確認を求めた事案です。ここで、Bは、車両清掃業務を、週3日、各8時間行い、時給1,000円、とする制度で、解雇事由に該当することが明らかな場合を除いて締結されます。他方、Aは、車両運転業務を、正社員と同様の所定労働時間行い、月給19万5,000円、賞与あり、とする制度で、過去一定程度以上の所定の評価が条件となっています。Xらは、Aこそ、高年法の要求する定年後再雇用制度であり、A制度によって再雇用される合理的な期待を有する、という趣旨の主張を行いました。
 これに対し、裁判所は、Xらの請求を否定しました。

1.継続雇用の期待

 高年法9条1項は、以下のように定めています。

 定年(六十五歳未満のものに限る。以下この条において同じ。)の定めをしている事業主は、その雇用する高年齢者の六十五歳までの安定した雇用を確保するため、次の各号に掲げる措置(以下「高年齢者雇用確保措置」という。)のいずれかを講じなければならない。
一 当該定年の引上げ
二 継続雇用制度(現に雇用している高年齢者が希望するときは、当該高年齢者をその定年後も引き続いて雇用する制度をいう。以下同じ。)の導入
三 当該定年の定めの廃止

 Xの主張は、「講じなければならない」とあるように、(一号でも三号でもない以上)Yは「継続雇用制度」を導入しなければならず、そうすると従前と雇用条件が大きく異なるBではなく、Aが同条の「継続雇用制度」であり、したがって、XはAによって継続雇用されている、というものです。
 これに対して裁判所は、同条は、「継続雇用制度」が当然に成立したり、従業員を当然同じ条件で採用したりするものではなく、さらに、そもそも希望者全員を継続雇用すべき「継続雇用制度」にAは該当しない、として、XにはAでの雇用継続を期待できない、としました。
 また、業務内容が大きく異なり、給与も大きく下がるBが、同条の「継続雇用制度」に該当するかどうかが問題になります(Aが「継続雇用制度」に該当せず、Bも該当しないとなると、同条の要求する公的義務を果たしていないことになります)。
 この点、裁判所は、B導入の際の労使交渉の経緯を考慮して、Bが「継続雇用制度に当たらないと見ることはできない」と、消極的に「継続雇用制度」該当性を認めています。
 このように、継続雇用に対する期待はない、と評価されたのです。

2.実務上のポイント

 裁判所はさらに、採用基準には合理性があり(明言していませんが、乗客の安全から、高齢でも車両運転をさせる以上、厳しい条件を課しても合理的、という評価が背景にあるようです)、その重要な判断要素となる人事評価についても合理性がある(評価基準、肉声での案内や増務命令などの運用、いずれも合理的である)、とし、不当労働行為にも該当しない、と判断しました。
 ところで、ここではBが「継続雇用制度」に該当すると評価していますが、裁判例の中には、あまりにも定年前後での業務内容や条件が異なれば「もはや継続雇用の実質を欠いており…」として、会社の損害賠償責任を認めたものなど(「トヨタ自動車ほか事件」名古屋高裁H28.9.28、労判1146.22)等もあります。この事案と、本事案との違いはどこにあるのでしょうか。
 本事案で、裁判所はBの「継続雇用制度」該当性に関する判断は極めて簡潔で(主要な論点でなかったからでしょうか)、何が決め手なのか断言できませんが、先に紹介したように、労使交渉の経緯を敢えて指摘している点を見れば、B導入のプロセスの合理性がポイントになっているようです。
 このことは、一面で、労使交渉等、従業員側への説明や意見表明の機会を十分与えることにより、「継続雇用制度」該当の可能性が高まると言えますが、他面で、それはあくまでも可能性の話にとどまり、やはり基本的には、従前の雇用条件をできるだけそのまま維持した方が安全であるということでもあります。
 あるいは、従業員側から見ると、定年後の選択肢として、会社が2つの選択肢を提供している点が、大きな影響を与えているのかもしれません。すなわち、定年後、最低でも車両清掃などの職場を提供するが、その中でも安心して車両の運転を任せられる人の場合には、正社員と同様の業務を任せる、という方法で従業員の選択肢を広げているのだから、1つひとつの合理性を見る場合よりも会社にとってバーが下がっている面があるように思われるのです。
 このようにしてみると、Aのような制度を前提に再雇用を拒んでも良いんだ、Bのような制度を「継続雇用制度」と位置付けて良いんだ、と簡単に受け止めることは危険です。定年後再雇用の問題は、生活にも関わる問題で、トラブルになる可能性も比較的高いようですから、会社側の視点から考えるだけでなく、従業員の生活に与える影響も十分シミュレーショして、慎重に設計しましょう。

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※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!



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