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労働判例を読む#427

【医療法人A病院事件】
(札幌高判R4.3.8労判1268.39)

 本事案は、いくつかの不正行為が疑われる臨床検査技師Xが、勤務先だった病院Yから退職勧奨されたうえで合意退職したことが無効である、などと主張して、従業員としての地位にあることの確認や給与の支払いなどを求めた事案です。
 1審は、退職の合意がなかった、としてXの請求を広く認めましたが、2審は退職の合意があり、有効であったとして、Xの請求を否定しました。

1.退職合意の有効性
 1審は、退職は労働者にとって「極めて重要な意思決定」だから、「確定的な意思表示であると評価するには慎重な判断をする必要がある」と判断枠組みを示しています。
 そのうえで、①不正行為の疑いに対する弁明の機会を与えられず、②何らかの処分が与えられることを恐れて、自主退職の発言をした、③その後は一貫して退職意思に反する主張を行っている、として、口頭の発言だけでは「確定的な意思表示」と認められない、と判断しました。
 これに対して2審は、口頭での合意による退職も可能だが、その認定については「慎重な検討が必要」と判断枠組みを示しています。1審が、口頭の発言にすぎないと評価した点を意識した表現ですが、1審も口頭と文書の違いが決定的と言っているわけではなく、両者の表現の違い、すなわち「確定的な意思表示」と「慎重な検討」の違いがあるようにも見えますが、下記①‘の最後の部分で、2審は「確定的な退職の意思」があったという表現を用いており、この点でも判断枠組みに関する違いは無い、と評価できます。
 そうすると、具体的な事情の中でどのような事情が重視されたのか、という点が、両者の違いのポイントになります。そこで、①~③に対応する2審の判断内容を整理しましょう。
 まず、①弁明の機会すら与えなかった、とされる点です。この点2審は、退職の合意がされたとYが主張する会談の内容を詳細に認定したうえで、①‘Xが長時間にわたって弁明し、上司への不満も述べ、そのうえでXが退職する旨を述べ、Yの事務部長が確認したところ、Xが再度退職する旨を述べていることを認定し、Yからの「圧力に抗しきれずに意に反して行った」「精神的に動揺した中で衝動的にした」とは言えない、と評価しました。そのうえでさらに、有給消化を求めるなど、退職を前提とした発言があること、拇印でもいいか質問するなどしており、退職届を持ち帰ったのも判断を迷っていたからとは評価できないこと、私物の持ち帰り、鍵の返還、システム内のデータ全ての消去、等も行っていること、実際にその後出勤していないこと、等も指摘し、「確定的な退職の意思に基づいてなされた」と評価しています。
 また、②処分を恐れて退職の意向を示した、という点について、2審では、強迫されたかどうか、という独立した論点として検討されています。ここで2審は、②‘Y側で会議に臨んだのは、事務部長と事務職員の2名にすぎないこと、長時間の詰問や繰り返し退職を迫ることもなく、むしろXが長時間思うところを述べていること、懲戒解雇などの具体的な処分を明言していないこと、等を指摘し、強迫はなかったと評価しています。
 さらに、③に関しては、上記①‘と重なりますが、③’退職届を持ち帰ったからと言って判断を迷っていたわけではないこと、ICカードや健康保険証などを返還していないとしても、打合せされた退職日までこれらを保持する理由があった(退職の意思と矛盾しない)こと、上記のとおり私物を持ち帰るなどしていること、から、(一貫しているのではなく)「訴訟代理人に相談した時点までのいずれかの時点で、退職の意思を翻意させた」と認定しています。
 このように、X自身の自主性(①‘、③’)と、Yの干渉(②‘)の両方から、合意の有効性が判断された、と整理することができるでしょう。また、この事案の特徴として、面談の際の会話の様子が詳細に再現され、それを前提に検討されていますが、その会話の様子と内容が、任意性を認定するうえで重要な役割を果たしている(①’、②‘)と評価できます。

2.実務上のポイント
 技術的な問題として、先行する手続きでの裁判所の命令によって、YがXに対し、給与の一部を仮払いしていた部分の返還も問題になりました。
 仮払いにも二種類あり、返還してもらうための条件・手続が異なってくることを、2審が示しています。
 すなわち、❶先行した仮処分手続きに基づく命令に基づく支払いに関しては、本事案(訴訟手続き)が確定した後に、仮処分手続きに関する別の手続(保全異議・保全取消し+返還請求)が必要となり、そのためこの判決の中での返還請求は否定されました。
 他方、❷1審判決(Xの請求を一部認めた判決)の中の仮執行宣言に基づく支払いに関しては、この2審判決によって取り消されるので、この判決の中で合わせて返還請求が肯定されました。
 仮処分や訴訟に関し、参考になる判断です。
 他方、労務管理上の問題として見た場合、問題のある従業員に自主退職を求める(退職勧奨する)際の参考にあるポイントがいくつか指摘できるでしょう。
 すなわち、会話の様子を録音しておくことが、不当な退職勧奨でないことの証明に役立ちます。また、会談の際に、従業員の言い分をよく聞き、決して無理に同意させようとせず、従業員自身が納得して退職したことを、明確に確認しておくべきでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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