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労働判例を読む#412

今日の労働判例
【一般財団法人あんしん財団(降格)事件】(東京地判R4.1.31労判1265.20)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、認可特定保険業者である法人Yの営業社員Xらが、降格を違法などと主張して争った事案です。裁判所は、降格などの会社の処分を有効としました。

1.判断構造①(基準の明確性)
 裁判所は、降格の合理性につき、①降格に就業規則の根拠があるかどうか(根拠がある、と判断しました)、②考課裁量の逸脱・濫用があるかどうか(逸脱・濫用がない、と判断しました)、という2段階で検討しています。それぞれ、特に注目されるポイントを確認しましょう。
 ①ですが、降格基準が明確かどうかを特に問題としています。
 ここで裁判所は、まず、従業員の給与が決まるグレードに関する「グレード定義」の表現を問題にしています。「グレード定義」では、まず、❶「人材」が定義されています。具体的には、問題となっているグレード(ここでは、G3、G2、G1。G3の方が上位)ごとに想定される「人材」が定義されていて、例えばG3では、「独力で非定型業務を行い、下位者の実務上の指導を行う人材」と定義されています。これは、「独力」で、他人の助けを借りなくても業務遂行できること、「非定型業務」で、応用力があること、「下位者」「指導」で、人材育成できること、が示されていると言えるでしょう。次に、❷ここで示された各評価要素が、より具体的に記載されています。例えばG3では、4つのポイントが示されており、その1つ目は、「責任を果たすため」「具体的な目標を立て」「下位者に指導しながら」「主体的且つ積極的に実施する」と記載されています。❶の「人材」と比較した場合、具体的な「活動」が記載されている、と整理できるでしょう。
 このように、各グレードに求められる条件について、「人材」と「活動」の両面から、あるいは抽象的な概念と具体的な活動の両面から記載されており、「グレードの定義は相応に明確化されている」と評価しています。評価基準として、営業成績などのように数値化できる基準ばかりではなく、むしろこのような一定の評価が伴う定性的な基準も、人事考課の性質上、かなり多く用いられます(但し、「学究社(年俸減額)事件」(東京地判R4.2.8労判1265.5)の被告会社は、財務諸表上の数値だけで次年度の年俸が決まる人事制度を導入しており、注目されます)。定性的な基準をどのようにして、どこまで具体化するのか、は、人事制度の設計上、非常に頭の痛い問題ですが、❶❷を組合わせる方法が「相応に明確化されている」と評価された点は、参考になるでしょう。
 次に、降格の際の基準の合理性も問題とされています。
 というのも、Yでは降格の際の基準を別に定め、それに基づいて降格するかどうかを判断しているからです。
 この合理性について裁判所は、上記「グレード定義」と違う基準であるとしても、その違いは合理的であるとして、基準の合理性を認めました。降格の際の基準は、最低の人事評価を、2年間・4回の人事考課のうち2回付けられた場合に適用されるものであり、そのような低評価を受ける状況では、「上位者の指示の要否・程度が変わって期待される役割も変わってくると考え得る」と評価し、合理性を認めたのです。上記❶❷をベースにしつつ、重要なポイントは一貫しつつ、降格の観点から修正されている、というイメージでしょうか。ベースとなるコアな部分は一貫し、具体的な基準は、状況に応じて具体的に定めていくという考課基準の定め方のようであり、一貫性と具体性・明確性を両立させる方法として注目されます。

2.判断構造②(裁量の逸脱・濫用)
 ここで注目されるのは、❶Yの人事考課制度が、その評価基準の具体的な内容の面と、実際の評価の際のプロセスの面で合理性がある、という評価が前提になっているように思われますが、その上で、実際の評価がどのように行われたのかを検証しています。具体的には、各評価項目に考課者の評価とコメントがどのように記載されているのか、を検証し、合理性を認めているのですが、裁判所は、その記載内容が真実かどうか、というところまで踏み込んでおらず、丁寧な評価とコメントのされている様子を確認したうえで、実際の効果の合理性を一応、認めているようです。
 そのうえで、特にXの争っている評価項目について、その記載内容が真実かどうか、に踏み込んで検討しています。
 もし、Yの人事考課制度がここまでしっかりしたものでなければ、最初の部分、すなわち記載内容の真実性にまで踏み込まずに、それでも人事考課の合理性を一応、認めてくれるようなことはなかったでしょう。全ての評価項目について、その記載内容が真実かどうか、踏み込んで検討しなければ、人事考課の合理性を証明できなかったように思われます。
 この意味で、どこまで精緻なものにしなければならないかは分かりませんが、相当程度しっかりした人事考課制度を作り、それに則った人事考課が実際に行われれば、結果としての人事考課そのものの合理性も、一応認めてもらえる、と思われる点が、特に注目されます。

3.実務上のポイント
 上記「学究社」の事件では、財務諸表上の数値だけから機械的に年俸が決まる制度を導入したものの、それが事前に周知されておらず、合意されたルールではないとされ、その代わり、「抽象的な考慮要素」しか挙げられていないルールだけしかなく、したがって人事考課の合理性が否定されました。
 人事考課には、機械的な評価制度を設計することも、学究社のように、技術的には可能ですが、多くの会社ではどうしても定性的な評価部分が残っています。その評価部分を、合理的と評価される程度に具体的で明確なものにすることが、人事制度・考課制度を設計するうえでの永遠の悩みとなりますが、ここでの①❶❷は、その参考になると思われます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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