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労働判例を読む#433

【テイケイ事件】(東京地判R4.3.25労判1269.73)

※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

本事案は、鉄道の線路工事現場での警備をしていた警備会社に警備員Xを派遣していた派遣会社Yから、Xが退職した事案です。Xは、退職を強要された、等として退職が無効であると主張しました。裁判所は、Xの主張を概ね認めました。

1.錯誤による退職合意
 この事案で裁判所は、Xが退職に合意したのは「錯誤」に基づくとして、無効としました。
 これは、合意の際に、Yの側からXに対して、①Xに電子計算機使用詐欺罪が成立すること、②これは執行猶予のつかない重い刑であること、が示されたが、いずれも虚偽である(①については、過失による虚偽申告であり、故意が認められない、②については法律の説明内容自体が誤りである)こと、③Xは、警察に捕まりたくない、と錯誤した誤った前提・動機を明確に示していること、が根拠となります。
 このように、従業員の置かれた法的な状況を誤って伝えられたために、退職合意が無効とされたのですが、同様に法的な状況を誤って伝えられたうえでの退職合意が不存在・無効とされた最近の事案として、「グローバルマーケティングほか事件」(東京地判R3.10.14労判1264.42)があります。
 これは、会議に立ち会ったYの弁護士が、実際はビデオに写っていないのに、ビデオにXの暴行の様子が映っていて、懲戒解雇・解雇になる、という誤った事実と評価を伝えた(弁護士自身がビデオを確認せず、Yの説明を鵜呑みにしていた)事案です。
 もっとも、この事案は「自由な意思」の不存在=不成立という法律構成であり、本事案のような錯誤=無効という法律構成と異なります。法的に誤った説明をしたことと、結果的に従業員との雇用契約が存続していると評価されたことで、両者は共通しますが、法律構成が異なる点が注目されます。

2.実務上のポイント
 とは言っても、実務上は法律構成の違いは重要な問題ではありません。会社側としては、犯罪成立の可能性や懲戒解雇有効の可能性が高い、ということを少し強く表現しただけ、裁判所などが最終的に判断して決定することだから、民間人がいくら法的な見解を示してもそれが確定的でないことは分かるはず、本当かどうか自分で確認できたはず、などの言い訳があるかもしれません。
 けれども、問題は従業員の意思決定に不当な影響を与えたかどうか、という点にあり、言い訳が可能かどうか、という点ではありません。誤った判断に誘導したかどうか、が重要であり、一見もっともな法的状況や見解を伝えることは、退職合意の不成立や無効に繋がる危険が高い、ということに注意が必要です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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