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労働判例を読む#392

今日の労働判例
【神社本庁事件】(東京地判R3.3.18労判1260.50)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、全国の神社の包括団体として設立された宗教法人Yの従業員(部長)Xらが、Yの有する不動産の処分にあたり、役員らの背任行為があったなどとする通報を、Y内部だけでなく外部(警察など)に対しても行ったことなどから、Yから懲戒解雇・降格された事案です。
 非常に長文の判決ですが、裁判所はいずれの処分も無効と判断しました。

1.判断枠組み(規範)
 ここで注目されるのは、公益通報者保護法3条が参考にされているものの、この規定よりも、通報者が保護される要件が結果的に緩和されている点です。
 例えば、外部に通報する場合、通報先が処分・勧告権限を有する行政機関である(同条2項)か、「その者に対し当該通報対象事実を通報することがその発生又はこれによる被害の拡大を防止するために必要であると認められる者」である(同条3項)ことが必要です。実際本事案でも、警察など外部に情報提供しており、警察がこのいずれかに該当するかどうかが問題になるはずです。
 けれども本判決では、同条2項・3項に該当するかどうかが正面から議論検討されていません。犯罪捜査機関であり、守秘義務を負う警察官への通報だから、手段は相当、と判断しています。つまり、同条2項・3項に該当するかどうかは、考慮すべき事情の一つかもしれないが、❸手段の相当性(後述)が判断枠組みとされているのです。
 このように本判決では、公益通報者保護法3条の示すルール(判断枠組み)が修正されているのです。
 具体的には、判決は、3段階で判断することとしています。
 1段階目は、解雇事由や懲戒事由に該当する行為を行ったかどうか、です。具体的には、Yの就業規則等に、Xらの行為が形式上該当するのかどうか、が検討されます。
 2段階目は、1段階目に該当する場合であっても、懲戒事由非該当・違法性阻却されるかどうか、が検討されます。具体的にこれが認められるための要件(判断枠組み)は、❶内容の真実性(通報内容が真実、又はそう信じる相当な理由があること)、❷目的の合理性(不正な利益を得る目的・他人に損害を加える目的など、不正な目的がないこと)、❸手段の相当性(先行して、警察に通報することを例として挙げました)です。公益通報者保護法3条の定めるルールが整理されていることが分かります。
 3段階目は、2段階目に該当しない場合(すなわち、懲戒事由該当・違法とされる場合)であっても、具体的な処分が有効かどうか(解雇の場合、労契法16条、懲戒処分の場合、労契法15条)、が検討されます。処分の条件が満たされている場合であっても、行き過ぎた処分は無効とされるのです。
 このように、法律の定めるルールを修正することが合理的なのかどうかが問題になり得ますが、本判決は、通報の際に「通報内容の真実性を証明して初めて懲戒から免責されるとすることは相当とはいえ(ない)」ことを根拠としています。
 これは、名誉棄損罪の不成立を定めた刑法230条の2の解釈と同様の判断です。すなわち、刑法230条の2は「真実であることの証明があったとき」だけ免責する規定となっていますが、人格権と表現の自由のバランスを取るうえで、真実の証明ができなければ免責されないと文字通り解釈してしまうと、表現の自由が委縮されすぎてしまい、好ましくない、したがって、真実であると信じる合理性(例えば、ちゃんと裏付けとなる取材をし、それなりに信ぴょう性の高い事実を確認しているのか、など)がある場合にも、仮に真実を証明できなくても免責になる、と解釈されています(最高裁判決が示し、定着している解釈です)。
 もっとも、公益通報者保護法3条は、刑法230条の2と異なり、条文上「信ずるに足りる相当の理由がある」ことを、様々な個所で明示していますので、刑法230条の2のような解釈をする必要性が小さいようにも思われます。さらに、公益通報者保護法3条を参考にした2段階目の判断の後に、労契法15条・16条の合理性の判断も行うこととしていますが、2段階目の❶~❸を柔軟に判断することで3段階目は不要ではないか、むしろ例えば❸の合理性が否定されたのに、3段階目ではそれなりに合理性がある(したがって処分は重すぎる)と評価・判断することは、かえって分かりにくいのではないか、という疑問も生じます。本判決は、公益通報者保護法3条のルールを整理し、簡潔にしている面と、2段階目と3段階目を設けることでルールを複雑にしている面が混在しているのです。
 他方、公益通報者保護法は会社の処分を無効にするという点では労契法15条16条と共通するものの、前者は公的な問題、後者は会社と従業員の信頼関係の問題ですので、視点が異なります。その意味では、2段階目と3段階目を分け、視点の違いを明らかにしておく意味も少なからずありそうです。
 実際、背任行為を指摘するXらの通報のうち、❶~❸が満たされないものが一部ありました(2段階目をクリアできなかった)が、しかしその通報内容は労務管理に重大な影響を与えるものではない、等の理由で3段階目の判断で処分を無効としたものがあります。評価する事実には様々な事実があり、それを視点の違いから整理することは、検証可能性や予見可能性を確保するうえでそれなりに合理性があるようにも思われます。
 このように、公益通報者保護法3条を整理・再構成し、労契法15条16条との関係を整理した本判決の判断枠組みは、今後どのように評価されるのか注目されますが、少なくとも、判断すべき事情や視点を整理してくれた点は、事案を分析検討するうえでも参考になるでしょう。

2.実務上のポイント
 労務管理や会社経営の観点から考えてみましょう。
 本事案でXらは、背任行為の疑いを理解し、協力してもらえると考える役員に通報しています。実際、その役員は通報文書の作成者(Xら)を墨塗したものを拡散・公開しています。このことが、Yのスキャンダル(可能性)を広く拡散させるきっかけとなったようです。
 けれども、内部通報に関するルールやプロセスをY内部で明確に定めていて、Xらから通報を受けた役員らがこれに従って適切に本案件を処理(例えば、中立的な立場での内部調査プロセスを経た、秘密性の高い判断とそれに基づく対応など)していれば、拡散される可能性はずっと小さかったように思われます。
 このように、内部通報制度を整備しておくことは、Xらに対する処分が無効とされてしまう可能性を減らすだけでなく、スキャンダルが拡散することを防ぐためにも有用です。
 さらに、本事案でYは、数億円の資産を処分するのに、以前から不動産の売却先として関与してきた業者に対し、随意契約で売却しました。この業者の背景にも怪しいところがある(本当のところはよくわかりません)ため、経営側の背任が疑われてしまったのです。
 そして、このような不透明なプロセスが、Xらの「信じる相当な理由」を裏付ける事情として、YによるXらの処分が無効となる理由の一つとなってしまいました。例えば裁判所は、取引の相手が提出した評価書だけでなく、他の業者による評価書を取るなどすべきだった、と指摘しています。
 内部通報制度の整備と同様の視点ですが、重要な経営判断の合理性や客観性を確保するための手続を整備し、実践することは、このような会社の処分が違法とされるリスクを減らすだけでなく、そもそもそのような疑念を生じさせない、すなわちトラブルを未然に防止するうえでも有効です。
 組織内部の諸制度やプロセスの在り方について考えさせられる事案です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

 この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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