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労働判例を読む#416

【医療法人社団新拓会事件】
(東京地判R3.12.21労判1266.44)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、アルバイトの医師Xが、アルバイト先の病院Yから、①シフトが固定されていたにもかかわらず、②一方的に削減され、③さらに、一方的に解雇された、等と主張し、賃金等の支払いを求めた事案です。裁判所は、①②を肯定、③を否定しましたが、賃金等の支払いを命じました。

1.意思表示
 ①~③は、いずれも意思表示の解釈・評価に関わります。
 すなわち①は、シフト制にもかかわらず、曜日と時間が固定されていることと、それが合意に基づくもので契約の内容となっていること、したがってYが一方的に変更できないこと、が認定評価されました。
 ここでは、シフト制であればYが一方的に指定・変更できると認定されることが多い中で、LINEのやり取りなどで曜日と時間が固定される合意が成立した、という事実認定と、シフト制を前提にしても、その勤務の全部・一部を固定する合意をすることは矛盾しない、という法律上の評価が、特に注目されます。
 ②は、Xが従前どおり週3~4日程度の勤務を希望した(LINE)のに対し、Yの担当者が週2日程度になると返信し(LINE)、これに対してXが、「了解しました。よろしくお願いいたします。」と回答した(LINE)やり取りが、勤務時間削減の合意に該当するとYが主張したのですが、裁判所はこれを否定しました。裁判所は、この発言だけを取り出すのではなく、前後のやり取りの中でXがYの申し出を明確に拒絶し、新たな契約書の押印を拒否していた、という前後の状況や文脈を根拠にしています。
 ここでは、未だ適用範囲が明確ではない「自由な意思」理論を用いていない点、前後の状況や文脈だけを根拠にしている点、が特に注目されます。
 「自由な意思」は、特に従業員にとって不利益な同意・合意を求める場合に設定される判断枠組みで、単なる意思表示よりも、内容の合理性が強く求められ(例えば、実際に自分にどのような不利益が生じるのかを十分理解し、納得していなければならない、など)、この合理性がない場合には、同意・合意自体が不存在・無効とされるものです。どのような場合に「自由な意思」が要求されるのか、適用範囲が不明確な状態ですが、この裁判所は「自由な意思」の適用範囲に関する議論を避けたのでしょうか。例えば、「自由な意思」理論が適用されるのは、強行法によって従業員が守られている状況なのに、それでも敢えて従業員がその保護された状況を放棄するような場面に限られる、という見解がありますが、この見解によれば、シフトの最低限の確保は法によって強制されるものではないでしょうから、「自由な意思」理論が適用されないことになってしまうのです。
 また、Xの発言についても、強引に評価すれば、「Yの見解として」了解した、という限定が付されているとか、「今後の再検討を」よろしくお願いします、と再検討の申し入れを意味している、と評価することもできなくはないでしょうが、一般的な言葉の持つ意味から考えると、このような評価をするために、前後の状況や文脈だけで十分なのか、事実認定や評価の問題として疑問が残ります。通常の意思解釈の問題としてではなく、「自由な意思」の問題とすれば、前後の状況や文脈から不利益の内容の理解や納得がないと評価することは、それなりに相当性がありますから、やはり「自由な意思」理論が適用されるかどうかを明確に論じてその適用を認め、このような判断と結論を示すべきだった(自由な意思が適用されないのであれば、むしろ同意を認めるべきだった)ようにも思われます。
 ③は、YとXの交渉が決裂した際、Yの側から、その日の給与は支払うので、業務を直ちに終了して帰宅するように命じ、Yがそれ以降Xをシフトに入れなくなったことから、解雇と同じである、とXが主張したのですが、裁判所は、解雇の意思表示とは評価できない、としました。ここでは、折衝によってXが相当感情的になっていて、自ら警察も呼ぶような状況を詳細に認定し、このような状況でさらにXを刺激するような「解雇」は考えられない、という趣旨の評価をしています。つまり、②と同様、前後の状況や文脈から、ここではXではなくYの意思表示について、解雇ではないと評価しました。
 同じように、前後の状況や文脈から認定しているのですが、②よりも③の方が詳細な事実認定をしたうえで、その理由もかなり詳細に論じており、事実認定の方法として説得力が高く感じます。②と③の事実認定やその説明方法に関する違いがなぜここまではっきりと表れたのか、議論する余地がありそうです。

2.実務上のポイント
 ここでは、シフトの曜日や時間の合意をY側が一方的に削減したのだから、民法536条2項が適用され、給与全額の支給が命じられました。
 その金額算定の方法が独特なため、これも検討の余地があります(労働判例誌に掲載された解説を参照してください)が、いわゆる危険負担に関する受領遅滞の有無、すなわちY側の帰責性に関し、登録していたアルバイト医師の数が急増したためにXのシフトを減らすに至った、という事情を指摘しています。この点は、受領遅滞一般の議論を雇用契約に当てはめたもので、特に異論のないところと思われます。
 本事案とは関係ありません(当事者も裁判所も特に問題にしていません)が、労基法26条の休業補償(平均の60%支払い)と、この民法536条2項の関係も議論されており、両者の適用関係はまだ明確でありません。今後の問題として注目しておく必要があります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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