労働判例を読む#233

【P興産元従業員事件】大阪高裁R2.1.24判決(労判1228.87)
(2021.2.26初掲載)

 この事案は、会社Xに対して仕事で与えた不利益の賠償を約束させられた元従業員Yが、Xから賠償を求められた事案で、1審はXの請求を認めましたが、2審は逆にXの請求を否定しました。

1.合意の有効性

 この事案では、Yの「自由意思」の存否が問題となりました。

 これは、明確に定義されていませんが、山梨県民信組事件(最判H28.2.19労判1136.6)で示された判断枠組み、すなわち、従業員の「自由な意思に基づいてされたと認めるに足りる合理的な理由が客観的に存在する」場合に、自由な意思が認められ、有効になる、という判断枠組みが採用されたことを意味するように思われます。

 この「自由意思」がどのような場合に必要とされるのか、適用範囲が明確ではありませんが、従業員にとって不利な判断をする場合で、特に、労基法などの強行法によって権利が保障されているような場合には、この「自由意思」が必要とされる場合が多いようです。理論的に見れば、労基法などの強行法が、たとえ従業員本人の意思に反してでも強行的に保障してあげようとして定めたルールに関し、それでもやはり保障されなくてもよいのであれば、それだけしっかりと意思確認が必要、という整理ができそうです。

 実際、この事案でも、損害賠償の約束を禁ずる労基法16条の趣旨に反する、と評価されるべき合意がされており、形式上、合意している外観があっても、強行法によってYの権利が守られるような状況にあると言えそうです。

 このように、単に形式上合意しているだけでは不十分で、「自由意思」に基づく合意が必要、というルールが適用された点が、この事案で特徴のある点です。

2.実務上のポイント

 「自由意思」の内容が問題になります。

 いくつかの裁判例では、従業員が自分にとってどのように不利益があるのか(例えば、退職金が大幅に減額され、場合によっては退職金がなくなる、など)を理解し、それを上回る合理性が客観的に存在することが必要、とされています。

 この事案では、Yが合意させられたのは、Xの損失をYが負担する一方で、Xの利得をYが全く享受できないなど、合意内容の合理性が無い点が強調されています。退職金の事例のように、構造が複雑で理解が難しいような場合ではなく、損失ばかり負担させられる点は構造がそこまで複雑ではありませんから、同様の基準がうまく機能しないのかもしれません。

 けれども、仕事上のストレスの無い状況で、冷静に考えると合意するはずがないであろう、という意味では「自由意思」がないと評価できます。「自由意思」の有無について、不利益を十分認識していたかどうか、という判断基準ではなく、この裁判例は、合意内容自体の合理性も判断基準として採用した、と評価することもできますから、「自由意思」の有無を判断する際には、適切な判断基準を使いこなす発想が必要となります。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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