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労働判例を読む#95

今日の労働判例
【国際自動車ほか(再雇用更新拒絶・本訴)事件】東京高判H31.2.13労判1199.25

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、無期契約者らXが定年後、再雇用や雇用継続を拒否されたことの適法性を争ったものです。裁判所は、一部について違法と判断しました。
 この事案では、労働組合との労働者供給契約に基づいて、定年後の再雇用がなされる運用になっていたもので、労働者供給契約の問題もありますが、その点は、別の裁判例(国際自動車(再雇用更新拒絶第2・仮処分)事件:東京地裁平30.5.11判決、労判1192.60)で検討していますので、ここでは検討しません。

1.再雇用(契約成立)の可能性
 この裁判例で特に注目されるのは、労契法19条の趣旨ないし信義則を理由に、無期契約終了後の有期契約が成立する可能性についての判断です。
 本来、契約の継続や延長と異なり、新たな契約の成立は様々な条件を決めなければならず、両当事者の意思の合致が必要ですから、そのような合意もなしに有期契約が成立することはありません。実際、1審判決はこのことを明確に認めていますし、2審判決も、結論的には有期契約の成立を否定しています。
 つまり、様々な条件を決め、合意しなければならない「契約成立」に関し、仮にそれまで雇用が継続していた場合であっても、簡単に労契法19条の類推適用ができないのです。
 けれども、2審判決は、結果的に類推適用を否定したものの、一般論としてこれが適用されるべき場合を明らかにしました。
 すなわち、①再雇用が決まっていて(就業規則の規定等、慣行)、②その場合の条件が特定されていて、③会社が再雇用しないことに客観的な合理性が無い場合には、再雇用契約が成立する、と判断したのです。
 新たな契約の場合に労契法19条の類推適用の難しい理由が、新たな合意であって、様々な条件を決めなければならなかった点にありますので、この問題が克服される場合には、類推適用の可能性があるとするルールにも、合理性が認められるのです。

2.A2(雇用継続)の有無
 次に注目されるのは、1審と2審で評価が分かれたA2(2番目の原告)です。
 すなわち、1審判決は、①欠勤が長期間に及ぶものの、その原因が業務従事中の交通事故に起因する傷病によること、②雇用継続しない主要な動機が、別件で会社を訴えていた点にあること、を考慮すると、雇用継続しない(雇止めする)客観的合理的な理由がない、と評価しています。
 これに対して2審判決は、②について、これを特に否定しないものの、①について、この疾病による休職は11日でしかない点を指摘し、さらに③再雇用者には休職の制度がないことを指摘し、客観的合理的な理由がある、と評価しています。
 とりわけ、②会社を訴える従業員の雇用は継続しない、という会社側の動機を、特に否定せず、客観的合理性があればそれでよい(①③)と判断した点が、評価の別れる点かもしれません。会社を訴えることは正当な権利の行使であり、それを理由とする雇止めはおかしい、という批判がありそうです。
 けれども、2審判決は、このような②会社側の動機について、このような動機を考慮したとしても客観的合理性がある、という表現をしています。決して、②会社側の動機などどうでもいい、と言っているのではありません。その程度は分かりませんが、②のような動機は、会社にとってマイナスに働くことは2審判決も認めている、と読めるのです。
 たしかに、組織で活動すべき会社の中で、会社に馴染もうとしない人がいる場合に、会社秩序やチームワークを乱すのでお引き取り願おう、と会社が考えることは、不合理ではありません。企業秩序を乱すことが、懲戒事由や、人事上の不利益処分の根拠の一つとして、相応の合理性があるからです。そこで、会社としても、正当な権利である訴訟提起を根拠にするのではなく、より具体的にチームワークをどのように乱し、会社秩序をどのように侵害したのかをより具体的に主張すれば、この点の問題はより小さくなったでしょう。
 けれども、2審判決も、訴訟提起したことを更新拒絶の根拠にすることについては、少なくともその表現上、否定的です。むしろ、消極的な事情と位置付けており、それを上回る合理性が必要なのです。

3.実務上のポイント
 この事件は、会社がM&Aを通して大きくなっていく過程で、従業員の処遇に関する違い(特にここでは、定年再雇用の違い)が問題になりました。
 雇用条件の違いを克服するのは簡単ではなく、合併後何年もかけて克服する場合もありますので、慎重な判断と対応が必要ですが、M&Aの際に「労務デューデリジェンス」を行い、問題点を予め明確にするだけでなく、M&A前から違いを克服するための準備を始めておけば、再雇用や雇用継続を、必要以上に期待させることを防止できたかもしれません(この事件の多数の原告のうちの何名かについては、という意味)。
 M&Aのプロセス、という観点から検討しても、何か得るものがありそうな裁判例です。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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