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労働判例を読む#565

今日の労働判例
【日本郵便(寒冷地手当)事件】(東京地判Rt.7.20労判1301.13)

 この事案は、有期契約者Xが、無期契約者にだけ寒冷地手当が支払われることを違法として、会社Yに対し賠償を求めた事案です。
 裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.破断枠組み
 この裁判例も、多くの裁判例と同様の判断枠組みで判断しています。
 すなわち、支給総額など大雑把な比較ではなく、問題となる手当や条件ごとに個別に合理性を検討すること、手当や条件の趣旨から合理性を検討すること、が示されました。
 けれども、他の裁判例と異なる特徴もあります。
 ここで、多くの裁判例では、パート法8条(旧労契法20条)が定める、❶職務の内容、❷職務の内容及び配置の変更の範囲、❸その他、の3つを、有期契約者と無期契約者で比較する、という判断枠組みも、判断基準として採用し、比較検討を行いますが、本判決では、この点は判断枠組みとして機能していません。この判決では、寒冷地手当を無期契約者に支給しない合理性を検討した後、最後の結論付けの部分で、「職務の内容、職務の内容及び配置の変更の範囲につき相応の共通点がある」として❶❷に言及していますが、簡単に、不合理ではない、と言及するにすぎません。
 すなわち、❶❷がもし同一であれば、パート法8条ではなく9条が適用されることになり、有期契約者と無期契約者の処遇の違いの合理性を判断する基準が、合理性の基準(8条)ではなく、「差別的取り扱いをしてはならない。」(9条)という基準になります。用語・表現だけだと、基準が厳しくなっているのかどうかわかりにくいですが、❶❷が同一である9条のほうが、異なる処遇をする場合に求められる合理性がより高くなることは当然でしょう。
 このような条文構成を背景に判決の記載・表現をもう一度見ると、❶❷「につき相応の共通点がある」と記載しています。これは、9条が適用されるわけではないかもしれませんが、9条の想定する状況に近い状況にあることをわざわざ指摘しており、8条が適用されるとしても、合理性の基準がより厳しく適用されるべき状況にあることを指摘しているようにも思われます。
 このようにみると、①1つ目の評価として、❶~❸は判断枠組みとして機能していない、と評価することも可能でしょうが、②2つ目の評価として、❶❷に相応の共通点があることから、合理性の判断基準が高くなるけれども、それでも合理性を認めた、と評価することも可能でしょう。

2.合理性
 もっとも重要なポイントは、合理性の評価です。
 というのも、例えば通勤手当のように、仕事の内容などに関係なく、むしろ、両者に共通しうる趣旨、すなわち職場に通勤する費用の補償という趣旨であれば、無期契約者にだけ支給することが不合理とされる場合が多いのですが、寒冷地手当も、仕事の内容と関係なく、寒冷地に暮らせば光熱費がかかるという点で両者に共通する趣旨です。このようにみると、寒冷地手当を有期契約者に支給しない合理性が否定されるようにも見えるのです。
 けれども裁判所は、合理性を認めました。
 それは、無期契約者に寒冷地手当を支給しなくても、寒冷地での光熱費が、有期契約者の基本給設定の際に考慮されている、と認定したからです。すなわち、Yでは、無期契約者の基本給は、各地域の最低賃金を参考に決定されますが、この最低賃金は、地域ごとの経済環境などを考慮して定められており、そこには寒冷地での光熱費も考慮されている、したがって、寒冷地での光熱費について、有期契約者の賃金で考慮されており、特に寒冷地手当を支給しなくても合理性がある、というのです。
 このようにみると、有期契約者の場合にも寒冷地での光熱費がそれなりに考慮されていると言えますが、無期契約者は寒冷地手当として手厚く支給されるのに対し、有期契約者は基本給の中で間接的に考慮されているだけにすぎません。つまり、寒冷地での光熱費について、同じ補償でなくても、許容される範囲である、と評価されたのです。

3.実務上のポイント
 違った見方をすると、本判決は、無期契約者の寒冷地手当と、有期契約者の基本給を比較し、合理性を認めたことになります。
 つまり、同じ「寒冷地手当」があるかどうか、という観点(手当の名称)ではなく、その背景にある寒冷地での光熱費が、何らかの形で補償されているかどうか、という観点(手当の趣旨)から比較し、合理性が判断されたのです。
 そもそも、このような対比がそもそも判断方法として許容されるのか、どのような場合にこのような判断方法が採用されるのか、どの程度まで光熱費が考慮されていれば合理性が認められるのか(合理性のハードルはどこまで高いのか)、など、議論されるべきポイントはたくさんあります。
 今後、ここで示された判断方法が、どのように展開していくのか、注目されます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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