見出し画像

労働判例を読む#566

今日の労働判例
【国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センター事件】(東京地立川支判R5.2.1労判1301.31)

 この事案は、経営再建に際し、昭和23年ころから国立病院の精神科担当者に支給されてきた「特殊業務手当」(廃止時点での呼称)を病院Yが廃止したところ、それによって不利益を受ける従業員Xらが同手当の支払いなどを求めた事案です。
 裁判所は、Xの請求を否定しました。

1.判断枠組み
 裁判所は、労契法10条の判断枠組みを少しだけ修正しています。
 すなわち、❶労働者の受ける不利益の程度、❷労働条件の変更の必要性、❸変更後の就業規則の内容の相当性、❹その他の医療機関等の状況、❺労働組合等との交渉の状況、の5つの大枠を設定していますが、これは、労契法10条が明記する❶❷❸❺に、❹を加えたものです。しかも、労契法10条は、これに加えて「その他」を判断枠組みとして明示していますが、この「その他」が❹として具体化された、とみることができますから、裁判所は労契法10条をそのまま適用した、と評価することも可能でしょう。
 さらに、いくつかの判断枠組みでは、それぞれの大枠の中により具体的な判断枠組みを設定しているものがあります。
 すなわち、❶労働者の受ける不利益の程度についは、❶-1実際にXらが受ける経済的・心理的な影響、❶-2影響を緩和させる措置、❶-3各自の具体的な減少額、に分けて検討されています。
 ❷労働条件の変更の必要性については、❷-1経営上の必要性、❷-2業務の特殊性、❷-3職員間の不公正の是正の必要性、❷-4人材確保の必要性、❷分けて検討されています。

2.具体的な評価
 この中でも、合理性を認めるうえで特に重要なポイントは、❷-1(経営再建が必要だった)、❷-2・3(精神病棟の特殊性が、昔ほどでなくなり、他方、一般病棟でも対応の難しい患者が多い)、❷-4(特殊業務担当者の採用を増やす必要性が小さい)、❶-2(特殊業務手当を数年かけて廃止したり、予算を削減する中で他の手当を増額するなど、手当廃止の影響を抑える努力をしている)、と思われます。これらの多くについて、判決では、裁判所がそれぞれの論点についての判断・評価を示した後に、さらに独立した章を立てて、Xらが特に主張する論点に対して、一つ一つ裁判所の判断を示しています。
 いずれも、財務上の数字や、具体的な金額をもとに検証しており、単なる抽象論で終わらせていません。就業規則の変更により従業員が不利益を受ける事案で、その合理性を具体的・詳細に検証する裁判例が多く、どのような事情が検証されるのか、実務上の参考になります。

3.実務上のポイント
 同一労働同一賃金のルールの徹底が広く謳われていた時期に、手当の見直しなどを行ったところ、訴訟になった事案として、「社会福祉法人恩賜財団済生会事件」(山口地判R5.5.24労判1293.5、24読本216)があります。これは、本事案と同様、病院での手当の廃止に関する問題です。
 同一労働同一賃金の徹底の際に、給与体系などを大幅に見直した会社が多かったようですが、今後も、給与制度の見直しは引き続き行われる必要があるでしょう。それは、法的に適正な状況を確保するためだけでなく、従業員の不公平感を解消し、さらに従業員のモチベーションを高めるうえで、給与制度は非常に重要な経営ツールでもあるからです。
 人事制度の見直しの際、どのような配慮が必要なのかを知るうえで、参考になる裁判例です。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?