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労働判例を読む#353

今日の労働判例
【建設アスベスト訴訟(神奈川)事件】(最一小判R3.5.17労判1251.5)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、石綿粉塵による健康被害を被った作業員や遺族Xらが、国や企業Yらを相手に損害賠償を請求した事案です。ここでは特に、国Yの責任について検討しますが、最高裁は、昭和50年から平成16年の間についてYの責任を認めました。

1.判断枠組み
 非常にスケールの大きい判断がされていますが、判断枠組みはとてもシンプルです。特に、YのXらに対する過失の有無に関して言えば、予見義務と回避義務があるかどうか、その違反があるかどうか、という一般的な判断枠組みがここでも採用されているのです。
 すなわち、昭和50年の段階で、Yは石綿被害を十分予見できたし、適切に回避措置を講じることができた、ということが責任を認める根拠とされており、他方、平成16年の措置により石綿の輸入が無くなった(したがって回避措置を講じた)ことが責任を終了させる根拠とされているのです。

2.義務を負う主体
 最初は、健康配慮義務を負う主体の問題です。一般企業での民事労災の事案では、当然使用者である会社、ということになります。
 他方、この事案で裁判所は、主務大臣に裁量権限と責任が与えられていることから、政策を通して健康障害を回避する義務が主務大臣(=国Y)にあった、と位置づけ、具体的な予見義務と回避義務の内容やその違反の有無を検討しています。従業員を雇用している直接の当事者である使用者ではなく、間接的な関係にすぎない国Yが、健康配慮義務を負う主体であるとされているのです。
 この点の判断の構造や内容は、グループで事業に取り組んでいる場合のグループ企業の責任の問題などの場合に、参考になるかもしれません。例えば、製品全体の設計や組み立てを行っている元請会社に関し、部品メーカーである下請会社が、その従業員に過酷な労働を強いていることを分かっているのにそれに気づかないフリをしていていいのか、という問題が発生した場合です。ここで、元請会社が下請会社に対して、部品の仕様だけでなくその作業工程なども指示しているような事情があれば、元請会社に下請会社の従業員の勤務状況について裁量権限と責任が与えられていたと評価され、それを手掛かりに、下請会社の従業員の健康問題についても元請会社の健康配慮義務違反が問われる可能性があるようにも思われます。
 もちろん、公権力に基づく支配と元請下請の関係に基づく支配との間では、法的な背景や実際の支配の強度が異なりますから、簡単に同一視できません。
 しかし、直接の雇用関係にない労働者に対する健康配慮義務が認められたことの影響や、その根拠と要件や判断要素は、直接の使用者でなくても健康配慮義務を負うべき場合が認められるのはどのような場合であるのかを検討するうえで、慎重に見極めるべき重要な問題と思われます。

3.予見義務と回避義務
 次に、昭和50年に、予見義務違反と回避義務違反があった、と判断する基礎となった事実と、平成16年に回避義務が尽くされた、と判断する基礎となった事実を見てみましょう。
 まず、昭和50年の義務違反の認定の基礎となる事実です。
(予見義務)
・ 輸入石綿の7割が建設現場で使用
・ 多量の粉塵を発散する電動工具が普及
・ 大半の労働者は防塵マスクを着用していなかった
・ 建設業労働者のじん肺小発生件数が昭和40年代後半から急増、その後も継続
・ 昭和33年3月に、石綿肺に関する医学的知見が確立
・ 昭和47年には、石綿と肺がん・中皮種の関係が明らかとなった
・ 昭和48年には、各国の規制強化を理由に石綿の規制を強化している
・ 昭和50年には、安衛法に基づく表示義務の規制を強化している
・ 昭和46年には、石綿板の切断による石綿粉塵発生が報告されている
(回避義務:表示の在り方に関するルールが不適切・不十分)
・ 「人体に及ぼす作用」に関し、症状・障害が具体的に特定して記載されておらず、吸入量が多量でなければ健康障害のおそれがないとの誤解が生じかねない
・ 「貯蔵又は取扱い上の注意」に関し、単に必要に応じて防塵マスクを着用するよう記載するのみでは不十分
・ 屋内建設現場で石綿粉塵に暴露する作業に従事する労働者に呼吸用保護具を使用させることを義務付ける、等が必要だった、この障害となる事情もなかった
 次に、平成16年の義務履行の認定の基礎となる事実です。
(回避義務)
・ 石綿含有量が1%を超える製品の輸入を禁止したため、8000tあった輸入量が平成18年にはゼロとなった
 ここでは、同じ回避義務であっても、昭和50年当時の回避義務のレベル(明確な警告が必要)と、平成16年当時の回避義務のレベル(流通阻止が必要)が違う点に注意が必要です。石綿被害に関する医学的な知見や被害防止への各国の取組などの状況が変化しており、平成16年当時には明らかに高度なレベルの対応が必要とされた、と評価できるでしょう。

4.実務上のポイント
 これを、メーカーが、下請部品製造会社の従業員の健康配慮義務違反を問われる場合になぞらえて考えてみましょう。
 この場合、上記2と3が連動していることがわかります。
 すなわち、国Yの石綿粉塵対策のように、従業員の健康を損ねないようにリスクをコントロールすべきで、しかも実際にコントロールできる立場にあり(上記2)、実際にそれをしなければ(上記3)、発注元のメーカーも健康被害に対する責任を負わされる可能性がある、と言えるでしょう。
 もっとも、発注する部品の仕様や製造方法が従業員の健康に悪影響を与えることを、発注元も知っていた(知り得た)うえに、その仕様を変更するなどの方法でリスクをコントロールできるような場合であり(上記3)、かつ、それが発注元の責任とされるような場合(上記2)という状況は、国自身が安衛法によって健康配慮義務を明確に負わされているような背景がない以上、かなり限定的になるように思われます。例えば、下請け部品製造会社もメーカーと同じグループであり、しかもメーカーがグループの従業員全体に対しても健康配慮義務を負っていると評価されるような場合であり(上記2)、かつ、上記3を満たすような場合などが考えられます。
 やはり、安衛法によって国に権限と責任が与えられている点が、健康配慮義務違反の責任を認めるうえで大きな影響を与えているように思われるのです。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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