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労働判例を読む#391

今日の労働判例
【スタッフメイト南九州元従業員ほか事件】(宮崎地都城支判R3.4.16労判1260.34)

※ 週刊東洋経済「依頼したい弁護士25人」(労働法)
※ 司法試験考査委員(労働法)
※ YouTubeで3分解説!
https://www.youtube.com/playlist?list=PLsAuRitDGNWOhcCh7b7yyWMDxV1_H0iiK

 この事案は、会社Xが元従業員Yを訴えていますので、多くの労働判例と原告被告の立場が逆になっています。注意してください。
 すなわち、派遣会社Xの元従業員Yが、その在職中から競合他社を立ち上げて自ら代表者となり、Xが派遣していた派遣従業員を引き抜いたり、Xの取引先に対して営業活動を行ったりしたことが、Xに対する不法行為であるとして損害賠償を請求しました(本件本訴)。他方Yの側も、XがYの取引先や派遣従業員らに対して、Yを誹謗中傷し、取引しないように求める文書を送付したため、名誉が毀損されたとして、損害賠償を請求しました(本件反訴)。
 裁判所は、本件本訴と本件反訴、いずれもその一部を認めました。

1.引き抜き(本件本訴)
 本件本訴に関し、注目される1つ目のポイントは、同じ引き抜きでも、賠償責任が発生する場合としない場合があるという点です。
 あくまでも本件本訴に関する判断ですので、簡単に一般化できるものではありませんが、派遣従業員の引き抜きに関し、①登録だけしていて実際に派遣していない者(登録者。まだ従業員ですらない)を引き抜き場合には、賠償責任が発生しない(複数の派遣会社に登録するのが通常だから、など)のに対し、②実際に派遣している者(派遣従業員)を引き抜いた場合には、賠償責任が発生する、と判断しました。②については、引き抜きの態様が比較的穏健であっても(Xの悪評を言うわけでなく、Xのデータを盗んだわけでなく、Xが一番儲けている取引先を狙ったわけでなく、派遣の待遇の優位性をアピールしたにすぎない)、Yの責任を認めています(派遣先が簡単に増員しないから、Yの売り上げ増がXの売り上げ減に直結する、派遣従業員や相手先会社に対してXも了解済みと嘘を言った、など)。
 登録だけにすぎないか実際に派遣されていたか、という点だけで決まるわけではありませんが、競合他社から売上げ減少に直結するような不当な行為(市場での競争ではない、言わば卑怯な行為。ここでは嘘の説明)を行えば、損害賠償責任を負う可能性が高くなる、ということが示された1つの具体例と評価できます。
 2つ目のポイントは、この卑怯な行為に該当し得る行為についての認定です。すなわち、Xも了解済みと嘘をついた点と、顧客情報を持ち出した点についての、実際にそのような行為があったのかどうかに関する事実認定です。
 嘘をついた点については、裁判所はこれを事実と認めました。言った言わないの問題なのですが、他の証言と比較するなどして、X側の証言の合理性が認められました。
 他方、顧客情報持出しの点については、裁判所はこれを否定しました。たしかに、顧客などに接触して営業活動を行っているものの、顧客情報を持ち出さなくてもできることしかしていない、実際に持ち出したことを証明できていない、等という理由です。
 この中でも、実際に持ち出したことを証明できるかどうか、という点が特に注目されます。というのも、判決ではさらりと一言で片づけられていますが、近時、会社の保有する情報を従業員が持ち出した場合の従業員の処分に関し、会社が重要な情報を簡単に持ち出せないようにキチンと管理できているかどうかを問題とし、それが不十分な場合には会社の処分を違法とするような裁判例が見かけられるからです。本事案ではそこまで突っ込んだ認定や説明がされていませんが、XがYによる顧客情報の持ち出しを証明できなかったということは、Xによる顧客情報の管理がちゃんとできていなかったことに他なりませんから、会社側の情報管理の状況も当然検討されていたと考えられます。
 このように、従業員による情報持出しや漏洩などを問題にする場合には、会社側の情報管理の在り方が重大な影響を与える、ということがこの裁判例から学ぶべきポイントと思われるのです。

2.名誉棄損(本件反訴)
 裁判所は、在職中から引き抜きを行っていたYに対する、Xの自衛手段として配布した説明文書の内容について、行き過ぎたものであり、Yの名誉を棄損するとして、賠償責任を認めました。
 具体的には、以下の表現が名誉棄損行為(Yの社会的評価を低下させる)としました。
・ 重大な非違行為
・ 当社の事業に対して、重大な悪影響を及ぼしております
・ 当社の従業員及び当社の取引先に対して、真実と異なる内容の説明を行う等をしていた
・ Y氏に対し懲戒解雇を申し渡しております(注:実際は申し渡していない)
・ Yらは、当社が長年月をかけて構築した、このような有形・無形の資産を理由なくして侵害しております
・ Y氏は、・・・当社の基幹システムである「Fナビゲーター」に保管されている顧客情報および個人情報を無断で持ち出し勝手に利用していた
 そのうえで、これらの表現や文書の配布には、公共性、公益性、真実性がなく、自己防衛の手段としても相当ではない(行き過ぎ)として、損害賠償責任を認めました。

3.実務上のポイント
 上記の名誉棄損行為とされた記載内容を見ると、Xとして奪われていく顧客を引き留めるために必死に対応した様子が目に浮かびます。その中で、Xの言い分を、一部とはいえ認めてもらえなかったのは、同じような状況に直面する会社にとっても大きな衝撃でしょう。この程度の文書でも責任を負わされるのか、と考えると、退職して自社の顧客を奪っていく元従業員に対して、どのような対応が可能なのか、何もできないのではないか、と感じるところです。
 冷静に見てみると、公共性・公益性が否定されるのは、ある意味仕方のないことでしょう。元従業員とのトラブルだからです。もちろん、それが犯罪行為に該当するような、より悪質な場合には事情が異なってきますが、新たな競争相手が出現したのと同じレベルに収まるのであれば、それはお互いに切磋琢磨して競い合ってください、と評価されておしまいです。
 けれども、特にこの事案で教訓となるのは、XがYの言動などを「盛っていた」(と評価されてしまった)点です。具体的には、Xの顧客情報をYが持ち出した、とX側は信じているようですが、そのことを十分証明できないのに、Yが顧客情報を持ち出したと主張し、さらに、懲戒解雇をしていないのに懲戒解雇をした、と主張しています。
 やはり、リスクを伴う主張・文書である以上、「裏の取れた」事実や内容であるべきで、裏の取れない事実や内容を基に非難すると、名誉棄損などとして法的責任を負う危険が大きい、というのが、この事案の教訓と言えるでしょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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