労働判例を読む#15
「国立研究開発法人国立循環器病研究センター事件」大阪地裁平30.3.7判決(労判1177.5)
(2018.9.28初掲載)
この裁判例は、かつてはいずれも厚労省の一部であったが、現在は民間企業扱いとなったため、人事異動に伴い国家公務員でなくなる(そのため辞職願を提出する)場合の人事異動に関し、異動を拒否した職員の解雇を無効とした事案です。実務上のポイントとして特に注目している点は2点あります。
1.同意の要否
裁判例は、この異動命令は、「在籍出向」ではなく「転籍出向」であるとして、職員の同意が必要であり、同意のない出向命令は効力がなく、人事異動命令違反は認められない(したがって、解雇事由がそもそも存在しない)と判断しました。
この点は、従前の裁判例に沿った判断です。
2.人事異動権の濫用、解雇権の濫用
裁判所は、職員の妻が精神的に非常に不安定な状況にあり、転勤すべきでないという医師の診断書を3回も提出するなど、職員が異動命令を受け入れられないことを再三訴えてきたこと、他方、使用者側の事情としては、職員の人事異動はジョブローテーションの一環でしかなく、重大な必要性は無いこと、などを認定して、人事異動権や解雇権の濫用を認定しています。
3.実務上のポイント
所属会社を離れて異動する場合には、個別の同意が必要である、という従前の裁判例が確認されました。実務上、例えばグループ会社内の場合まで、個別の同意が必要なのか、など応用的な問題が発生しますが、この裁判例はそのような応用的な問題に対し、参考になりません(他の裁判例が参考になりますが、ここでは検討しません)。
興味深いのは、上記2つ目の論点である人事異動権や解雇権の濫用について、判断する必要が無い(上記1の論点、人事異動命令違反がなく、解雇事由がそもそも存在しない、という判断で結論が出せる)のに、つまり、裁判所の得意な言い回しである「その余を判断するまでもなく原告の請求は棄却される」と言って、判断しなくてもよかったのに、敢えて裁判所の見解を示している点です。
使用者の配慮のなさによほど腹が立ったのか、使用者による控訴を牽制している(例えば、高裁が異動について個別の同意不要、と判断すれば、「濫用」についての審理を最初からすることになるので、使用者はそこで勝てるかもしれない、と期待する可能性があるが、その期待を予め潰しておく)のか、その心はよくわかりません。
けれども、例えば消滅時効の抗弁を認めて請求を棄却する場合も、裁判所は、単に時間の経過だけを見るのではなく、実際は、請求を仮に認めるとどうなるのか、というところまで検討したうえで、消滅時効の抗弁を認める、と言われます(「仮に」部分を論じるかどうかは別にして)。したがって、実務上は、形式的に相手の主張が否定されるから、と舐めてかからず、仮に形式論が通らなかった場合も想定して、実質論も丁寧に論じておくことが重要となります。
※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。
※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!
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