労働判例を読む#204

【朝日建物管理事件】最高裁一小R1.11.7判決(労判1223.5)
(2020.12.3初掲載)

 この事案は、ビルの管理業務を担当していた有期契約従業員Xが、人間関係を理由に別のビルの管理業務担当を会社Yに命じられたにもかかわらず、これを拒んだ、などとして有期契約期間中に解雇された事案です。

 1審・2審では、解雇の有効性=転勤命令の有効性が問題となりました。1審・2審は、いずれも転勤命令が無効であり、したがって解雇も無効と判断しました。

 最高裁は、1審・2審の判断を維持しつつ、新たな問題について判断しました。すなわち、Xの雇用契約が満期を超えてしまった(したがって、Xの雇用契約が終わっているかもしれないし、更新されているかもしれない)ことについて、検討すべきだった、しかしこの点を1審・2審は判断していない、したがって2審にこの点を審理させるために差し戻す、と判断したのです。

1.解雇の有効性(1審・2審での中心論点)

 ポイントの1つ目は、無期契約社員(正社員)の場合の解雇よりも、条件が厳しい点、すなわち会社にとって解雇のハードルが高い点です。

 意外に思うかもしれませんが、有期契約の場合には契約期間が決まっているので、契約期間中の解雇の場合には、「やむを得ない事由がある場合でなければ、その契約期間が満了するまでの間において、労働者を解雇することができない。」と定められており(労契法17条1項)、「やむを得ない事由」が要求されます。

 これは、一般の解雇のルール、「解雇は、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、無効とする。」(労契法16条)の場合の、「合理的な理由」「社会通念上相当」よりも、ハードルが高い、ということは容易に理解できるでしょう。

 そのうえで、Xが実際にトラブルの原因であるような、すなわち問題社員であるようなことはない、などとしてXを異動させる必要性が無かった、と断じています

 表現だけを見ると、必要性が無かったといわれれば必要性が無かった、そんなものか、と感じるだけのことですが、人事権の濫用が問題にされる他の裁判例と比較してみると、この「必要性」のハードルがたしかに高くなっていると感じます。すなわち、人事異動の必要性は、一般に相当緩やかに評価されます。当該従業員が、新しい業務にとってベストな人材でなくても、また、当該従業員がそれまでの業務でそこそこやれていても、それなりに説明がつけば、「必要性」が肯定されるような感覚です。

 ところがこの裁判例では、Xがそれまでの職場ではそれ以上仕事ができない事情がしっかりと説明できなければ「必要性」が認められない、と評価されています。

 すなわち、もしこれを「立証責任」という観点から評価できるのであれば、人事権の濫用が問題になる一般的な事案の場合には、当該従業員がそれまでの業務でも十分やっていけることの証明責任を当該従業員が負うのに対し、本事案では、XではなくYの側が、Xのミスマッチの証明責任を負うのと同様の視点やレベルで検討しています。

 例えば、Xと周囲との人間関係がうまくいっていないことが、Yからみた場合のX異動の必要性の根拠の1つです。一般的には、実際にXが他の従業員に対して嫌がらせをしたか、その程度はどの程度か、などについてまで踏み込んだ検証がなされず、嫌がらせと言えるレベルかどうかはともかく、少なくともその従業員と仲が悪くて人間関係がうまくいっていなかった、ということが確認されれば、人事異動の「必要性」が認められる場合があります。労働契約上の従業員側の債務である「労務」は、チームプレーを意味しますから、チームプレーに適さない環境にあれば、それを是正する必要性が認められる、ということでしょう。

 他方、この事案では、人間関係がうまくいっていなかった、というレベルでの証明では足りず、人間関係破綻の具体例として示されたそれぞれのエピソードについて、実際にそのようなエピソードがあったかどうか、ということまで検証されています。人間関係の破綻など証明不能だから、具体的なエピソードの証明を求めた、ということかもしれませんが、具体的なエピソードの証明が必要、という意味でハードルが上がっていますし、人間関係の破綻の証明をYがしなければならない(ように見える)、という意味でYに証明責任が移っている、と見ることも可能なのです。

 本来は、解雇理由の有無の問題であり、その解雇理由が人事異動命令の拒否であったため、人事異動命令の合理性が主論点となりました。しかも、解雇理由のハードルが「やむを得ない事由」まで引き上げられています。

 このような構造上の背景があり、人事異動命令の合理性のハードルも引き上げられている、「必要性」の立証責任が事実上移っている、と考えられるのです。

2.有期契約の終了(最高裁での中心論点)

 上記1の点を、最高裁は特に問題にしていません。1審・2審の判断がそのまま採用されました。

 ところが、最高裁は新たな問題を提起し、その問題の再審理を命じました(差し戻しました)。

 その新たな問題は、Xの有期契約の期間満了です。訴訟手続中にXの有期契約の期間が満了したのですが、それでもXの雇用契約が継続していると言えるのかどうか、という問題です。

 具体的には、Xの有期契約は1審の途中で期間満了していたのですが、1審はこの点を考慮しませんでした。この点を考慮しろ、という主張をYが2審の最初の期日で行ったのですが、2審はこの主張を、時機に遅れたものとして取り上げませんでした(民訴法157条)。

 最高裁は、1審の判断漏れを2審で判断することは、時機に遅れたものではない、として2審に差し戻しました。

 最高裁が2審に差し戻したのは、このような手続的な理由ですから、2審の結論が誤っていた、というわけではありません。有期契約が更新されていた、などの理由でXの従業員としての地位が認められるかもしれませんし、有期契約は更新されずに終了していた、などの理由でXの従業員としての地位が否定されるかもしれません。

3.実務上のポイント

 訴訟の過程を見ると、1審で有期契約の期間満了がYから主張されなかった点が気になります。裁判所も当然気づくべき問題ですから、これを主張しなかったYだけの責任ではなく、だからこそこれをYの責任にした2審の判断を、最高裁が否定したのでしょう。

 けれども、この事件のように最高裁が救ってくれる場合ばかりではありません。

 ここでは、Xの雇用契約が有期契約だった、という点が見落とされていたようですが、例えば職種限定合意、勤務地限定合意などの契約上の条件を見落としたり、転勤可能性、休職可能性などの就業規則上の条件を誤解していたりすることは、時おり見かけることです。

 トラブルが生じた従業員については、雇用契約や就業規則などを必ず確認しましょう。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

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