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労働判例を読む#486

※ 司法試験考査委員(労働法)

今日の労働判例
【住友生命保険(費用負担)事件】(京都地判R5.1.26労判1282.19)

 この事案は、生命保険会社Yで保険の営業を担当している従業員Xが、営業活動にかかる様々な費用が給与から控除されていることが違法であるとして、その賠償を求めた事案です。裁判所は、請求の一部を認め、一部を否定しました。

1.判断枠組み
 労基法24条が、費用の控除を例外的に認めていますが、これに該当して費用控除が有効となるかどうかの判断枠組みについて、2つの判断枠組みを示し、そのうち2つ目の判断枠組みに基づいて、控除の適法性が検討されています。
 1つ目は、「労働者が当然に支払うべきことが明らか」であり、「労働者にとって判別可能な程度に特定されている」場合です。
 2つ目は、これに代わるもので、「自由な意思に基づいて控除することに同意したもの」です。そして、本判決ではこの2つ目の「自由な意思」該当性が、様々な費用控除に共通する判断枠組みとして、検討されています。
 そして、この「自由な意思」が認められるためには、費用控除されることを一般的に認めた労使協定が存在しているだけでは足りず、これに基づいく、労使協定・就業規則・個別同意のいずれかが必要であるとし、問題となる費用ごとに、これらの「自由な意思」があるかどうかを検討しています。
 実務上、具体的な控除科目ごとに、従業員の個別の「自由な意思」による同意を取るのが最も安全、ということになるでしょう。

2.事実認定・評価
 実際に、費用などの項目ごとに「自由な意思」があるかどうかが検討されているのですが、携帯端末や自ら選んで購入する物品の購入費については、自分で申請するべきものであるだけでなく、申請書類にX自身の印鑑が押印されていることや、長年、給与から控除されていたのにXは特に異議を述べてこなかったことも、「自由な意思」を認定する理由として指摘されています。印鑑の押印から意思を推定する手法は「二段の推定」と言われることがあり、合意を前提とする状況を知りながら黙認している場合に意思を推定する手法は「事後承諾」「黙示の承諾」と言われることがありますが、これらの事情も考慮して「自由な意思」を認めていることから、Xが明確に異議を述べた以降は、控除できない、という判断を示しました。
 けれども、「二段の推定」「事後承諾」「黙示の承諾」によって「自由な意思」を認める方法は、近時の労働判例で見られる「自由な意思」と比較すると、かなり異質です。
 すなわち、近時の労働判例で見られる「自由な意思」は、簡単には意思を認めないもので、単に形式上同意書類に押印しているだけでは足りず、例えば、労働者にとって不利な内容の同意について、どこが不利なのかを具体的に理解して納得し、それでも敢えて同意しているような事情まで必要、とされる場合が多く見かけられます。金融商品を消費者が購入する場合に、その商品の危険性を十分理解し、納得したうえで購入しなければ無効と評価される場合がありますが、それと似たような判断方法と評価できるでしょう。当然、「二段の推定」は使えないはずですし、「事後承諾」「黙示の承諾」も趣旨に合わないでしょう。
 そこで、本判決が使う「自由な意思」という概念が、一般的に使われる「自由な意思」とどのような関係にあり、どのような影響を与えるのか、今後の裁判例が注目されます。

3.実務上のポイント
 「事後承諾」「黙示の承諾」と言っても、包括的な合意で足りると言っているわけではなく、あくまでも個別の合意があるかどうか、個別の「自由な意思」があるかどうかが検討されています。この意味で、会社にとって慎重な対応が必要とされる面があります。
 他方、上記2のとおり、「自由な意思」という言葉らしからぬ柔軟な判断をしており、会社にとって労務管理を柔軟にできる要素と言えるでしょう。
 けれども、一般的な「自由な意思」と異なることから、今後も同様な判断がされ、ルールとして定着していくのか、まだ不安定な状況にあると思われます。

※ JILA・社労士の研究会(東京、大阪)で、毎月1回、労働判例を読み込んでいます。

※ この連載が、書籍になりました!しかも、『労働判例』の出版元から!


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