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2022.11.19『浦井が一人と「話」が三つ』

写真はカメラロールの最新の〈三つのもの〉。めっちゃ見るざる、めっちゃ聞くざる、めっちゃ言うざるです。
久々の感想noteでございます。みなさまお元気ですか?
わたしは元気だったり元気じゃなかったり、その時々でいい加減にやっております。いまお手洗いに立ったら足をグネりました。絶好調です。

『浦井が一人と「話」が三つ』の感想を。今回は浦井さんの脚本も観られるという大変レア公演。そして公演前には前回の浦井が一人を公開してくれるという、なんとも粋なはからい。これだからすきだ!! 前回の公演もたいへん良かった………
以下、すきがあふれてしまった感想でございます〜


【VR】

「違うよ?」の威力。そして良い声でえっちえっち言うな!!!(ありがとうございます)
「丁寧に説明するから」という言い回しにもどこか変態みを感じて最高。
男性ブランコふたりしてそうだけど、下ネタ的台詞を言ったとしても下品さがないのが不思議。

ひとりきりで芝居をする浦井さんをみて、細かな所作や目線、声のトーンの使い分けのレベルの高さが尋常じゃないな、とあらためて思う。ひとりのはずなのに他の人がみえる、声がきこえるようだ…

ひとり芝居には、もう一人演者がいるときはほとんど発生しない〈相手の台詞を復唱して会話を進める手法〉がある。もう一人いるときには若干不自然になってしまうような表現。
相手が言ったであろう台詞を復唱して、どういう会話をしているかをつまびらかにしてしまうのもそれはそれで良いのだけど、レベルが高い役者さんは復唱しなくても、会話の相手がなんと言ったかを観客に想像させることができるのではないか、というのが今回思ったことのひとつで。
浦井さんはそれができるんじゃないかなぁ、と感じた。

わたしは【観ている側が想像力をばんばんつかって、物語の見えない部分を補う必要がある】作品にとりわけおもしろさを感じる質でして。こちらが想像力をつかえばつかうほど物語にのめり込むことができて、観たあとで おもしろいなぁ! とつよく思えるし、観る人によって解釈がちがう、ということも起こりうるのも魅力だし。

男性ブランコのファンは想像力豊かだと常日頃から思っているので、我々が試されるようなエグいコントも観てみたいな、という変な欲もわいてしまいました。そういう作品は全員が全員おもしろいとはたぶん言わないだろうけど。それをおもしろいと言うと、「コアだな」とか他人に言われてしまうような。男性ブランコの方針がわたしにゃわからんので、勝手なことを言ってるのは重々承知です。すんません。
そして、わたしのこの書き方でこれがほかの人に伝わるかが謎ですが。いいんだ、いいんだ、自分ちのnoteなんだから。
しかも「浦井が一人」なのに主語が自然と男性ブランコになってしまっているという。大きな声では言えないのですが、今回、観れば観るほど平井さんの顔がつよく浮かんでしまいました。そしてそのことをわたしはうれしく思ってしまいました。

【広くなった部屋の中で】

↑の【VR】の感想を書いてから全編しっかり観たのですが、ほどよく想像させてくれる脚本、とてもすきだった。蓮見さん本当にひとり芝居の脚本書いたことないんですか??!って問い詰めたくなるほどの完成度の高さ。「書いてて楽しかった」というのもすごく伝わってきたし、散りばめられた伏線と鮮やかな回収のされかた、こちらも観ていてたのしかったし、気持ちよかった、と言ったらちょっとちがうかもしれないけど、そんなような感情を抱きました。安心、信頼して観ていられる本と人。

そしてこの膨大な台詞量をひとりでやり切った浦井さんを心から讃えたい。蓮見さんが浦井さんに期待した出力の目盛りの細かさをおそらくすべて表現しきったのだろう、と思います。
話の三本とも毛色がちがってたのしかったんだけど、本当にさっきまで【VR】で演ってた人か?と思ってしまうほど、まったくの別人で驚いた。いやはや。42と43のひと目盛りどころか、.5の目盛りもあるのではないか。

「すげえいい男じゃん」「ケチャップ買ってたわまじごめん」ってところの言い回しがすきだった。須藤さんは人間味がすごくあって良い。いるもん、たぶん、こういう人。いまそこで生きている人の人生をのぞいてしまったような感覚がした。短い時間でぎゅっっと濃厚。すごいやすごいや

【手品】

浦井さんの緊張感がビシビシビシビシ伝わってきた。
誰が書いたとか関係なく、舞台に立ってなにかを表現をしている時点でわたしなんかは尊敬の念を抱くのですが、自分がつくった話を演るとなると、プレッシャーものしかかるしいつもとちがう神経もつかうだろうから本当に身体的にも精神的にも大変だったろうな、と思いを馳せています。
無責任に たのしみにしてます!とか言っちゃうけどさあ。自分の書いた話を世に放つことに、どれだけの勇気がいることか。いやはや。
そんな緊張してる浦井さんを見て浦井さんの〈書く人〉へのリスペクトもすごく感じた。

「何をしてもソレっぽい」はたしかに必ずしも中身は伴わないかもしれないけれど(むしろぜんぶ中身が伴ってたらこわい)、生きる場所がマッチしていればとてつもない武器だよな、と思いました。それは間違いなく才能だし、浦井さんの生きている場所はその才能を活かすにふさわしい場所であるし。

いろいろな物語の中で自分だけじゃないいろいろな人になれること、どんなにたのしいだろう。もちろん、途方のない努力あってこそたどり着いた場所なのだろうけど。

「誰かではなく自分自身で向き合ったような気がします」

物語の中ではない浦井さんの言葉にきこえた。
ずっしりとした重みのある言葉だった。
「幸せな地獄」という言葉もしかり。外から見える"たのしい"とか"美しい"とかだけじゃない、泥臭さや苦労や悔しさのなかで一生懸命生きていらっしゃるのだろうな。
その見えない部分の暗さや深さがどれほどのものなのかというのはわからないし知らないし、そんなの他人に勝手に慮られても気持ち悪いだろうし。
だけど、エンディングや枕もとで本当に大変だった、と聞いたときにはちょっぴりうれしくなった。ねぎらいのネギも連打してしまうってもんです。

浦井さん、スタッフのみなさま本当にお疲れさまでした!素晴らしいものをみせてくれてありがとうございました。