走馬灯

●看護婦の声
「タカハシさん?タカハシさんどうしましたー?あっ、タカハシさんなんでチューブ抜いたの?やばめにダメだからそれー!はい直しますからチューブ返して!タカハシさん?タカハシさん?タカハシさん?タカハシさん?あっ!」
「ツ――――――ってなっちゃってる!心拍0真っ平、関東平野!あっ、先生もうこっちは関東平野赤土ローム層で逆に異常なしみたいなとこあるんで大丈夫です!ツ――――――――ってなってますもんツ――――――――」

▲タカハシのトリップした意識
「ツ―――――――――という音をずーーーーーーーーーーっと聞いているとあーーーーーーーーっ、私ってこんなにーーーーーーーーー山あり谷ありなーーーーーーーーー人生だったのにーーーーーーーーーーこんなにーーーーーーーーーーーーー、一本調子なーーーーーーーーー終わりってーーーーーーーーーーー、まじで草。
えーーーーーーーーー、これでおわるのかよーーーーーーーーー、的なーーーーーーーー感じなんでーーーーーーーーーー、最後に、なんかおもろいことーーーーーーーーーーやりまーーーーーーーーーす」

●狭いところが好きだ。
(間をおかず)
▲狭いところが好きだ。
(ここから同一の人物「私の祖父」についての記述が続く)

●私の祖父は旅行好きで私を連れてあちこちへ行った。はじめはヨーロッパが多かった。祖父は英語が堪能だったので、上機嫌によく話し、よくスリにもあった。気の良過ぎる人だった。

▲私の祖父は私の記憶があるときにはもうボケていた。犬をかわいがった。私の皿からおかずを取り上げて私を泣かせた。私は祖父を置きものか何かのように思っていた。そのうち祖父は入院した。ベッドで寝ていてもやはり置きもののようにしか思えなかった。

●祖父が年老いてきて、私が大きくなってくると、アジアへよく行った。中国や韓国は何度も行った。台湾にも行きたいと思っているうちに祖父は足を悪くした。

▲病院はいつもスの立った匂いがする。ああ、病院ではなくて。サナトリウムというそうだ。祖父の病室は裏が山で、一度上の方に猪が見えた。白く太っていて豚のようだった。見舞いにくると私は病室の角に立っていた。水虫のある祖父の足を見ていた。

●祖父の足を摩りながらいろいろと話をした。海外で行ったところの中ではトルコが良かったねとか。イギリスはティーが裕福なのに飯が貧しいね、とか。祖父は犬が膝に飛び乗ろうとするのを気にしていた。

▲祖父の具合が安定してまだ当分は死なないだろうということで、久々に海外旅行へ出掛けた。祖父が昔イギリスに来た時にレストランで悠々と注文をした話とか、肉屋と話し込んだ話とか。たくさん聞かされながらバスに乗っていた。ハリー・ポッターの名所の駅は修理中で面白くなかった。

●足が治った祖父は風呂をゆっくりと使ってご機嫌に歌を歌った。

▲サナトリウムで祖父の胃に流し込まれる液体が変えられるのを見た。

●祖父とイギリスに出かけた。 

▲火葬場で、コツコツと鳴く骨をつまみ、美しく積み重ねて壺におさめた。変った形の骨を拾った私にスーツをきっちりと着た人が、「仏さまのような形でしょう。それが喉仏です」と言ったのを強烈に覚えている。

▲だから、狭いところが好きだ。

●なので、狭いところが好きです。

▲ふいに辞書を開くといくつかの文字は整列しきれないでワタワタしている

●ちなみに、集団で休暇を取っている項は、類似の項を参照することでお茶を濁している

▲握手を求められたので握手をしたらガムを握らされた

●ので、その手でその人を撫でました

▲わざわざ腕を横に出して一つ隣の吊皮を握る人が筋トレでもしているようで面白い

●と、思って見ていると駅を通り過ぎた。

▲ガタピシきている戸棚を解体するためにネジを外した

●ら、ネジの奥からアリが出た。

▲記憶の限り遡っても祖父から何か恩を受けた覚えはない

●けれど祖父が死んだときは泣かなければいけないと思って泣いた

▲そんな自分が意味不明でほんとうに泣いた。

●葬式帰りの車は叔父が乗って狭かった。

▲狭いところが好きだ。(好きな回数繰り返してください。ツ―――――――――と入れ替わりにフェードアウトしてください)

●(途中に被せて)ツ―――――――――――――、あ、今何時ですか?「(現在時刻)」タカハシさん、ご永眠です。


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