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幻想少年少女図鑑

※利用規約をご確認ください

カンゴシ:看護師?女性
ラプンチェル:白亜の塔の患者
グレィテル:中庭の患者
スリア:別棟12番目のトイレの患者?
エィミル:実験室の薬品棚の患者
1224:実験室の試験官の患者
センセイ:先生

上演時間:約40分

※カンゴシ・センセイ以外の(できればカンゴシ・センセイも少年少女として)全役、少年あるいは少女として演じてください。年齢の違いはあります。
※途中で老けるなどはト書きと己の好みで判断してください。
※兼役自由
※一人読み可能

+++

0:1周目


カンゴシ:わたしは、カンゴシです。
カンゴシ:角燈がひとつ。それがわたしの財産です。そして仕事道具です。
カンゴシ:わたしの仕事は見回りです。このちいさな病棟の見回りです。

0:(ここは煙突)

カンゴシ:螺旋階段を上がります。階段の先は、段々すぼまっていくように見えますが、そんな気がするだけなのか、本当に狭くなっていくのか、確かめようにも、階段の先はどんどんと私の先をゆくので叶いません……
ラプンチェル:「ここは白亜の塔の上。窓は一つ。真上に一つ。」
カンゴシ:ぽつんと。窓が一つある部屋に来ました。
カンゴシ:切り出された空をずっと見上げていると、ふと瞬きをした拍子にその青い絵が自分の方へ落ちてくるような気分になる時があります。
カンゴシ:ここは白亜の塔のなか。
ラプンチェル:「ここは白亜の塔の上。空は真上にましかくに。」
カンゴシ:点滴をしているのに、彼はずっと腕をさしあげて詩をうたうので、すぐに針がずれてしまいます。いたい、いたい。
ラプンチェル:「金色の声で歌います。塔の上のラプンチェール、ラプンチェール。長い長い髪ハシゴ。首つり人の金のロープ」
ラプンチェル:「窓辺の鳥はそのように歌います。」
カンゴシ:彼が窓辺の鳥と言っているのは、ほんとうはいない鳥です。
ラプンチェル:「ラプンチェール誰が殺した。キャベツ盗んだ魔女の庭から。ぺろりと食べた母の罪。愛ゆえ盗んだ父の罪。ラプンチェ―ル誰が殺した。誰が殺したラプンチェ―ル。」
カンゴシ:鳥は黒くて、ツグミで、時季外れで、つまりはいるはずがないということ。あなたも知っているでしょう。
ラプンチェル:「うん……知っているよ」
カンゴシ:……ある種ほんとうに狂っている人というのは、狂っていることを静かに悟りながら狂っているのです。
ラプンチェル:「誰が殺した、黒ツグミ。誰の罪。だれのつみ……ぼく……」カンゴシ:彼が静かになったので、点滴をやっと外しました。針をぬいたら、液がこぼれました。
ラプンチェル:「窓が一つありました。」
カンゴシ:窓。窓はたしかにひとつ、あります。……あ、小鳥
ラプンチェル:「一人の看護師が切り出された空を見て、『あ』と言いました。彼女は清潔な白衣の上に不衛生な長い長い黒髪を編んで垂らしています。それは詩人にとってラプンツェールでありました。」
カンゴシ:……そんなカンゴシは、いたかしら。
カンゴシ:そんな彼には、金の縄を一巻き、さしあげました。

0:(ここは中庭)

カンゴシ:ぐるぐる、縄の撚り目をたどるように螺旋階段を下りていきます。
カンゴシ:蜜色の陽ざしが射し込む、と思うとそこは中庭です。ここは、すごく大きな甕の中に作られています。
グレィテル:「あ……あいにくなんだけれどお腹は空かないわ。」
カンゴシ:彼女のお腹が空かないのはいつものことです。
カンゴシ:今朝のパンはどうしたの?
グレィテル:「あ……」
カンゴシ:いってごらん。
グレィテル:「私どこにいこうとしていたかわからなくなったの。」
グレィテル:「標になるものがなんでもいいから欲しくて、誰かが食べこぼしたパンの欠片を集めて歩いた。」
グレィテル:「気づいたら、私の周りに鳥が集まっていた。」
グレィテル:「お腹がすいた彼らにとってパンくずは当然の権利でしょう?私より彼らの方が、ずっと権利があるでしょう。だから両手をひらいて全部あげた。」
グレィテル:「私には何もなくなったわ。」
カンゴシ:あなたが拾ったそのパンくずは誰がこぼしたの?
グレィテル:「あれ、グレーテルの後ろを歩いていたのかな。グレーテルの道しるべをとっちゃったのかな。私、私。」
カンゴシ:大丈夫。大丈夫。彼らはパンくずをなくしちゃったけれど、両手とポケットいっぱいに黄金を詰め込んでお家に帰ったから。
グレィテル:「ホントいうとね。私がお腹が空かないのは魔女をぺろりと食べちゃったからなの。窯でよくやけていたから、アップルパイかと思ったの。お腹が空いていたの……」
カンゴシ:おいしかった?
グレィテル:……
グレィテル:「魔女を食べたら、お腹が重くって……」
グレィテル:「それ以来、お腹は空かないの。どうせお腹いっぱいになるならあのお菓子の家の、甘いお菓子が食べたかったな。」
カンゴシ:そんな彼女には、角砂糖の角をアルコホルでぬぐってまろくしたものをさしあげました。

0:(ここは洗面台)

カンゴシ:中庭を抜けて、湿った別棟にやってきました。
カンゴシ:一階にはトイレしかありません。トイレが男用女用、男女、男女とズラリ並んでいます。
カンゴシ:12番目のトイレに入り、洗面台の前に立ちます。
カンゴシ:この鏡は映りません。映らない鏡の向こうから声がします。
スリア:「あんたには名札がないの」
カンゴシ:あなたにもないでしょう。
スリア:「そっか。わざわざ名前なんか書かなくてもいいもんね」
カンゴシ:そう。あなたとわたししかいないからね。
スリア:「っていうか、お前しかいないけどね」
カンゴシ:そう。それじゃわたししかいないんですね。
スリア:「っていうか、わたしがいるけどね」
カンゴシ:……
スリア:「どっち?どっち?オイ、どっちを信じたいわけ?きゃははははは」
カンゴシ:あんまりやかましいと「印度の虎狩り」を流しますよ
スリア:「っていうか、もう鳴ってるけどね。ずっと鳴りやまないけどね」
カンゴシ:この鏡が映らないのは声の主の体が黒くて大きいからだとも、そもそも鏡がないからだとも。トイレは他に選べるのでよいのですけれど、やっぱり鏡は映った方がよいでしょう。
カンゴシ:12番目のトイレでは、いつもぎゅいんぎゅいんとセロの音が響いています。
スリア:「ウ゛ウ゛、これ、止めてよ。止めないとセンセイに言いつけるよ」
スリア:「っていうか、このセロ、下手だよね。こんだけ弾いててなんでうまくならないかね」
カンゴシ:ずっと苛まれてずいぶん舌が荒れるでしょう。舌の調子はどう?ちょっと見せてごらんなさいな
スリア:「ふふん」
カンゴシ:彼女?は馬鹿にしたような調子で長い舌を出しました。
カンゴシ:そんな彼女?の舌でマッチを擦ってあおい炎をさしあげました。
0:(マッチが擦られる)
スリア:「ギャッ」

0:(ここはガラス棚)

カンゴシ:奥の階段を上がり二階へ行きます。二階にはトイレがありません。
カンゴシ:突き当りの部屋は実験室です。いつもドアに「実験中」の木札がかけてあります。
カンゴシ:ガラス棚を開き、薬品の瓶の栓を抜き、ひとつひとつ匂いをかぎます。
カンゴシ:わたしはどの薬品も名前がわかりません。ラベルはみんなうす光りする粉に覆われて読むことができません。
カンゴシ:わたしのお気に入りは、アーモンドのにおいのする瓶です。
カンゴシ:奥の方には大きな木箱があります。それを毎日開いて閉じて、彼の様子を見なくてはなりません。
カンゴシ:ガラスの蓋がついています。すこぉし、開いてみました。
エィミル:「眠る前にきいてください。僕は、煙草を吸うようになりました」
エィミル:「先日ね、僕はついに訊かれたんだ。何になりたいんだ、未来のために今何をしているんだ、ってそういう具合に」
エィミル:「僕は一言だって答えられなかったよ」
エィミル:「そこで思ったんだ、僕は乾ききって形を保っているんだよ。標本だ」
エィミル:「僕はあの日の君によってピン止めされてしまったのだ。展翅針で止められてしまったのだ、十年の歳月をたわませながらね」
エィミル:「僕のはらわたがきれいに針で止められて乾いている僕の標本箱……」
カンゴシ:ぎぃと箱が鳴きました。ぷくりと何かの粉末が漏れ出しました。
エィミル:「ふふふ、」
エィミル:「これ、君という専門家が馬鹿にしたやつだよ。ニ十ペニヒだっけ。今見ればみすぼらしいね、潰しちまおうかな」
0:(ガラスの一点をコツコツ叩いて思案する。)
カンゴシ:あなたのヤママユガはもう潰れてしまったでしょう。
エィミル:「ちぇ、そうだよ。潰したんだった」
エィミル:「僕の胎の中から君が出て行かない、君の言葉、が」
エィミル:「エーミール、君がいなけりゃあ。君がいなけりゃあ、さ」
0:(ぎぃ)
1224:はぅ
カンゴシ:誰かが夜鳴く鳥のような息をして通り過ぎていきました。
カンゴシ:愛おしいことです。
エィミル:「愛しいね。憎らしい。違う、羨ましかったの、それだけだよ。それ以外見えなかったんだよ。僕の青臭い感傷を君に塗り付けてやるよ。エーミール、ちっさな君の部屋の、あの窓辺で見ていてよ。ガラスの奥から見ていてよ、僕、僕を」
エィミル:「そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな。そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな。そうか、そうか、つまりきみはそんなやつなんだな」
エィミル:「見放さないで……」
カンゴシ:見放しませんよ
エィミル:「箱を抱いて僕は反り返った。バレリーナみたい。蛹からおちかける蝶の胴体の真似。」
カンゴシ:危ないですよ
カンゴシ:(少年の頬を包んで)……危ないですよ
エィミル:「僕の蝶たちがさんざめいた。僕は蝶々の仲間入りしたかもしれない。ぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶ、ふふふふふふふふふふ、さざめきが僕を迎えた。」
エィミル:「ぁ?ほらヤママユガだ」
カンゴシ:どこ?
エィミル:「ほらあそこ、あそこ……」
カンゴシ:あ、ほんとう。箱、閉じてもいい?
カンゴシ:ぎぃ、かたン
エィミル:「そんな目でみないで、エーミール」
カンゴシ:彼の体重分、さんざめくさざめきが、さわさわと箱からあふれ出していきました。
カンゴシ:どうしました、手が震えていますね。
エィミル:「ひ、ひ、ひ、火、をください」
カンゴシ:どうぞ、
カンゴシ:カチ、カチ
エィミル:「僕は、煙草を吸うようになりました。灰になる先端からみごとな蝶が零れていくのが見えます。受け止める僕の手はやけどだらけです」
カンゴシ:そんな彼には、ガラスの棚を開け、薬品の瓶の栓を抜き、ヨードチンキを塗りました。

0:(ここは実験室)

カンゴシ:実験室は誰も実験をする人がいないのに、いつもなにかが沸き立っています。
カンゴシ:わたしには器具の名前もなにもわかりませんが、もっともらしく、一つ一つを点検しなくてはなりません。
カンゴシ:試験管の中をもっともらしく覗きます。
1224:この「ろーぷ」みたいなのをきっちゃいけないかしら
カンゴシ:それをとってしまったら、ごはんがたべられないですよ。
1224:これは何だろう。いのちづな?
カンゴシ:そんなかんじ。
1224:うまれたらなんと名前がつくか決まっているんだ。
1224:教えてほしい?
カンゴシ:おしえてくれるの?
1224:ううん。僕もおぼえてないの。
カンゴシ:あなたの名前、ここに書いてあるわよ。「serial:1224」
1224:そんな名前だっけ?
1224:でもきっとまたママが教えてくれるよね。
カンゴシ:体をまるめてくるんとまわりました。人魚のような軽やかさです。
1224:もうここはせまいなぁ。僕はもう「10か月」だから
カンゴシ:五つの指にわかれた足の先がガラスをトントンとノックしました。
カンゴシ:誰かのお腹がシクシク泣きました。
1224:でもこれより素敵な試験管はないから仕方ないよね
1224:はやくママにあいたい
カンゴシ:そんな子供には、朝露にうかべた酸漿の実をひとつ。さしあげておきました。

0:(ここは宿直室)

カンゴシ:わたしはカンゴシです。
カンゴシ:眠るひまもなくひとつひとつ、ひとへやひとへやを丹念に見回って、彼らに見合ったおくすりを用法用量をきちんきちんと守って与えなくてはなりません。
カンゴシ:もう少し、もう少ししたら角燈を持ち上げて螺旋階段をのぼることから、また仕事をはじめましょう。
カンゴシ:そんなわたしには、4分の3オンスのマナをさしあげておきました。

0:2周目



カンゴシ:わたしはカンゴシです。
カンゴシ:今日も夢のように螺旋階段をシンデレラと逆回転に登って行きましょう。
カンゴシ:あ、鳥が
ラプンチェル:「一人の看護師が切り出された空を見て、『あ』と言いました。彼女は清潔な白衣の上に不衛生な長い長い黒髪を編んで垂らしています。それは詩人にとってラプンツェールでありました。」
カンゴシ:昨日窓辺にとまった鳥が死んで落ちていました。どうして鳥は足と翼を伸ばして死ぬのでしょう。楽な姿勢でいればよいのに。
ラプンチェル:「階段をあがる足音と、ランタンの揺れる音が聞こえます。それは断頭台へのぎくしゃくした行進と、首つり男のぎりぎりした笑い声で編み上げた音楽です。それは音楽家にとって父の亡霊でした。」
カンゴシ:この塔の高さを推し量ることはできません。螺旋階段はいつも下へ下へと崩れ落ちているからです。
ラプンチェル:「フィヨルドの昏い昏い淵の底から氷のきしむ音と海の鳴る音が聞こえます。思わず耳を押えて絶叫しました。それは画家にとって己を指さす、大合唱の叫びでした」
カンゴシ:患者の叫び声が聞こえます。はやく駆けつけてさしあげなくてはと思います。
ラプンチェル:「首つり人のロープ捌き、ドン・ジョバンニの墓暴き、フィヨルドのきっさき。まっさかまに空に落ちる黒ツグミが歌う歌が詩人は一等好きでした」
カンゴシ:……くたびれてしまいました。今日はもう、処方をやめておきましょう。

0:(ここは中庭)

カンゴシ:中庭には、たくさん鳥が降りていました。
カンゴシ:この鳥はどうしたの?
グレィテル:「わからないの。今朝、露の代わりに甘いパンが降ったの」
グレィテル:「朝日と一緒に、鳥が来てパンをみんな食べてしまったの」
カンゴシ:あなたのパンは?
グレィテル:「わたしの分のパンなんてなかった」
グレィテル:「だってお腹が空かないんだもの」
カンゴシ:そんな彼女には、角砂糖の角をアルコホルでぬぐってまろくしたものをさしあげました。
グレィテル:「今日は本当にお腹が空かないの」
カンゴシ:こんな日は、どうすればよいのでしょう。
グレィテル:「要らないの。今日は」
カンゴシ:仕方なく中庭を通り過ぎました。

0:(ここは洗面台)

カンゴシ:じめじめとした別棟の一階です。トイレが鍵盤の白黒のように男女、男女と並んでいます。
カンゴシ:12番目のトイレには今日もセロが鳴り響いています。鏡はやっぱり映りません。
スリア:「ねぇねぇ、お前の名札、実は背中についてるってしってた?」
スリア:「お前の名札、読み上げてあげようか」
カンゴシ:そんなに嘘を言うと舌が伸びますよ
スリア:「そんなに怒ったら体に悪いよ」
スリア:「っていうかやっぱ下手だよな。ずっとトォテテ テテテイのところが弾けないんだ」
スリア:「だからトロイメライを弾けばいいと思ったのに」
カンゴシ:この曲もいい曲でしょう。
スリア:「そう思ってるならお前の耳はただれてるね」
カンゴシ:舌を出しなさい
スリア:「やだね、やーだね」
カンゴシ:こんな日は、どうすればよいのでしょう。
スリア:「後でもう一度来てみれば?」
カンゴシ:仕方なく、二階に上がりました。

0:(ここは実験室)
0:(鍵の音)
カンゴシ:おや、実験室に鍵がかかっています。
カンゴシ:「実験中」の木札はかかったままですが、いったいどうしたのでしょう。
カンゴシ:仕方がないので一階に引き返しました。

0:(ここは洗面台)
カンゴシ:おや、セロの音が。
カンゴシ:ごうごうと鳴っています。すべてのトイレから鳴っています。
皆:(様々な泣き声)
カンゴシ:1番目、2、3、4、5、6、7,8、9、10、11
0:(鳴き声がぴたりと止む)
カンゴシ:12番目のトイレからは何も鳴っていません。
1224:(かすかに泣いている)
カンゴシ:この声は。
1224:(泣いている)
カンゴシ:どうしたの。試験官はどうしたの。
1224:ああああ、いたいいたい、やぁあああ
カンゴシ:洗面台は血でいっぱいです。
カンゴシ:どうしたの。誰がしたの。
1224:(急に泣きやむ)
1224:「ママ」

カンゴシ:––––ハッと目が醒めました。
0:(ここは宿直室)
カンゴシ:そういえばいつ眠ったのでしょう。
カンゴシ:とにかく、わたしはカンゴシです。
カンゴシ:眠るひまもなくひとつひとつ、ひとへやひとへやを丹念に見回って、彼らに見合ったおくすりを用法用量をきちんきちんと守って与えなくてはなりません。
カンゴシ:どうして皆きちんきちんと治療を受けないのでしょう。わたしはあくまで奉仕者でなくてはなりません。天使のように優しくいなければなりません。皆が機嫌よく治療に応じる喜びにあふれた日があれば、皆に拒絶される不幸な日もあります。とても疲れてしまいます。
カンゴシ:そんな不幸なわたしには、4分の3オンスのマナをさしあげておきました。

1224:「ママ、僕の名前は なんだったの」

0:3周目

カンゴシ:今日も螺旋階段は泥のように崩れ続けています。
カンゴシ:白亜の塔の患者は、誰よりも治ろうという意思がありません。病気に陶酔しているのです。
カンゴシ:あれは柱時計のねじまき、掘削機のきっさき、狂人のための止まり木です。

カンゴシ:今日はやけに暗い日です。いつも金色の光が溢れる中庭でさえ、水底のように暗いのです。
グレィテル:「申し訳ないけれど、お腹は空かないわ」
カンゴシ:その頭巾はどうしたの?
グレィテル:「……いつの間にか、赤くなってたの」
グレィテル:「お腹がいっぱいなの」
グレィテル:「あれ、あれ、私、オオカミだったのかな。私が食べたのは、おばあさんだったわ。よく焼けたおばあさんだった。石のように固くて重くて、私はどぶんとそばに合った油壷に落っこちたの」
カンゴシ:お腹はまだ空きませんか?
グレィテル:「だってあんなに食べたから」
カンゴシ:中庭の患者は今日も申し訳なさそうな顔をして、真っ赤な頭巾をかぶっています。
カンゴシ:ここは油壷の底。甘い甘いお菓子の家の、大きなかまどの隣。

カンゴシ:今日はやけに暗い日です。角燈の火がだんだん弱くなってきました。
カンゴシ:別棟はウンともスンとも何の音もなく静まり返っています。
カンゴシ:あいつが12番目のトイレの鏡から長い舌をべろべろ突き出しています。
スリア:「お前の長々しい白髪、みすぼらしいからどうにかすれば?」
カンゴシ:ちょうどよいのでその舌でマッチを擦って角燈に火を足しましょう。
スリア:「ギャッ」
カンゴシ:火がつきました。舌は蒼く燃え尽きました。
カンゴシ:ああ、静かです。
スリア:(裏声で)「うそつきには二枚舌があるって知ってた?きゃはははは」
カンゴシ:……もうマッチはありません。
カンゴシ:しかたなく、鬼火の角燈を提げて階段をあがります。

カンゴシ:実験室の鍵は今日も締まっています。
カンゴシ:開けてくれませんか?
エィミル:「だめ」
カンゴシ:どうして?お薬は?
エィミル:「蝶々を放してるんだ」
カンゴシ:お薬はどうしますか?
0:(静寂)
カンゴシ:もしもし……?
エィミル:ひらひら。ひらひら。
エィミル:蝶々なんて最初からいなかったよ。見えるはずがないんだよ。
エィミル:嘘つき。あなたも結局、そんなやつなんだな。そんなやつなんだな。
エィミル:僕だけじゃない。そう思うと幸せ……。
カンゴシ:もしもし……?
0:(静寂)
1224:(突然激しい泣き声)

カンゴシ:ハッ、ゴホゴホ、は、!
カンゴシ:さんざんに、目が、覚めました、
0:(ここは宿直室。年老いたカンゴシ)
カンゴシ:わたしはカンゴシです。
カンゴシ:眠るひまもなくひとつひとつ、ひとへやひとへやを丹念に見回って、彼らに見合ったおくすりを用法用量をきちんきちんと守って与えなくてはなりません。
カンゴシ:もう少し、もう少ししたら角燈を持ち上げて螺旋階段をのぼることから、また仕事をはじめなくてはなりません。腰骨がギシギシと痛みます。血がドクドクと流れ出します。
カンゴシ:こんなわたしには、4分の3オンスのマナを処方してくださいました。

カンゴシ:……誰が?

0:???周目

センセイ:今日は回診です。

ラプンチェル:(塔の上から)君は誰だ!!
ラプンチェル:僕のカンゴシさんは?黒髪を長く長く編んで不衛生に長く垂らしたきれいなきれいなカンゴシさんは?
ラプンチェル:僕の……

センセイ:何ですこの血だまりは。
グレィテル:昨日まであんなにいたあの鳥たちをみんな食べたの。お腹は空かないわ。
グレィテル:あのね。あのパンは神様がくれたのよ。鳥たちも、神様がくれたのよ。
グレィテル:鳥たちにはパンを食べる権利があったかもしれないわ。でも私には鳥を食べる権利があったわ。
グレィテル:同じように猟師には大きくお腹の膨れた私を撃つ権利があるわ。神様がきっとそれを許してしまう。

センセイ:誰ですか、この瓶をあけたのは。
エィミル:あっ、青化加里のその瓶をとっちゃいけないよ。アーモンドの香りがして素敵なその瓶を。それは僕のおやつなのだから
センセイ:君があけたの?これ、毒ですよ
エィミル:そうなんですか。でも、甘いんですからいいです。

センセイ:回診に参りましたよ。
センセイ:いけませんね。他の患者さんのところへ勝手に行っては
カンゴシ:「えっ、でもわたしの仕事ですもの」
センセイ:あなたの仕事ははやく退院することですよ
カンゴシ:「そうだったかしら」
カンゴシ:「あの、センセイ、わたしの背中には名札がついていますか」
センセイ:いいえ?
カンゴシ:「あらそう、そうですか……別棟の1階の12番目のトイレの鏡が映らないのをご存じ?」
センセイ:何の話です。別棟にはトイレは一つしかないですよ。
カンゴシ:「そうですか?」
センセイ:他の患者さんの所に行くのもいけないし、勝手に変なものをあげるのはもっといけません。点滴に変なものを混ぜたり、食べてはいけないものをたべさせたりするでしょう。
センセイ:薬品棚の青化加里がなくなりました。受精卵は溶けてしまいました。
カンゴシ:「実験室に錠前を掛けたのはセンセイですか?」
カンゴシ:「あ、時間です。そろそろ角燈を持って螺旋階段を昇って行かなくっちゃ」
センセイ:いいえ。それはあなたの仕事ではありません。お部屋に戻ってください。

0:(ここは宿直室)

カンゴシ:わたしはカンジャです。
カンゴシ:眠るひまもなくひとつひとつ、ひとへやひとへやを丹念に見回って、そしてきちんきちんとお薬を頂かなくてはなりません。
カンゴシ:もう少し、もう少ししたら大きな鋏を取り上げて真新しい錠前を切り落とすことから始めなくてはなりません。そのあと別棟1階12番目のトイレの鏡を割りましょう。
カンゴシ:ずっと、壁に刻み付ける音が聞こえます。空に向けて真っ逆さまに落ちていく鳥の悲鳴が聞こえます。お腹はいつも胸の方まで膨れていて苦しいくらいなのに、肉が食べてたくなります。ウズラの丸焼きとか。でも実際目の前にしたらどうしても要らないのです。それよりもっと甘いものが食べたい。ピーチメルバとか。ああでも、全部から黴の匂いがして、皿の端に死んだ蛾がへばりついているような気がして、こちらに向けられるすべての音が轟轟と弦を耳元で擦るように聞こえて。
カンゴシ:センセイは「心配ないですよ」というばかりで。お腹が誰かでいっぱいです。
カンゴシ:腰骨がギシギシと痛みます。血がドクドクと漏れ出します。
1224:ママ
カンゴシ:あなたのことをかんがえていました
1224:ボクの名前はなんだったの?
カンゴシ:考えたはずですが、忘れてしまいました
1224:それならしかたないね。
1224:ママ、痛くしてごめんね
カンゴシ:……
カンゴシ:センセイは、老いさらばえたこの私に、4分の3オンスのマナを処方してくださいました。
カンゴシ:経過は良好です。もうじきに退院できることでしょう。

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