情状酌量

※ネグレクトの描写があります。

わたし:地味そうで地味でもない女。

ショウタ:エリカの子。

エリカ:ハデそうでハデでもない女。

医師、警官:セリフが少ないので誰かの兼ね役でもよいと思います。

++


エリカ:雨が降るとさ、ミミズがちぎれたにおいするよね。
エリカ:最近すごいあの匂いきらい。吐きそう。
エリカ:子供のころ好きだったのに。
エリカ:遊びにいけなくてつらい。
エリカ:ひとりでいたいのに。ひとりになれない。
エリカ:……くっさ。


(0:わたし、スマホでメッセージを打つ)
わたし:(メッセージ画面)「エリカ、そっちたのしい?」
ショウタ:おねー-いちゃ!
わたし:ん?ショウ君どった?
ショウタ:おねぃちゃ、おねぃ、ちゃ!ちゃぁー---!
わたし:おねぃちゃんだよーん
ショウタ:きゃはは!
(0:スマホ通知音)
わたし:あ、エリカからだ。ショウ君、ママからだよぉー
ショウタ:い!ママきりゃ!
わたし:なに?ママ嫌い?なんでよ
エリカ:(メッセージ画面)「マジたのしぃー。なんかさぁ、変な食べものとか変な景色とか見てる」
わたし:(メッセージ画面)「変なってなんだよwwwどんなん?」
エリカ:(メッセージ画面)「どんなんってか、変なん」
わたし:(メッセージ画面)「気になるじゃん 写真はぁ?」
エリカ:(メッセージ画面)「あー写真撮り忘れた」
ショウタ:おねぃちゃ見て、あンね、みて!きょうりゅう、きょうりゅさん。
わたし:ん、なになに?あっ絵描いたの?ちょっとこれ役所からの葉書じゃんか。ショウ君ね、こういう大事そうなのに絵描いちゃだめよ。消えないでしょ、クレヨン
ショウタ:きょうりゅう!
わたし:んー、そうね恐竜だね。ショウくん、こういうのにお絵かき、ダメ。ね、ダメ。わかった?
ショウタ:だめじゃなーもん!きょうう!
わたし:プッ、きょううってかわいいな。なにこれ、なにサウルス?
エリカ:(メッセージ画面)「ごめんね」

(0:雨の日がつづくある日)
わたし:あー---っ!もうショウ君またおねしょしたの?
ショウタ:いいいいー-
わたし:いいいーじゃないよ…(布団畳みながら)ショウくんパンツ洗うから脱いで!
ショウタ:ぬいだもん!
わたし:どこに?あっこんなところに!なんでここに入れたの!ここ洗った後の洗濯物いれるとこでしょ!汚したものはこっち!
ショウタ:いれたよぉ
わたし:違うじゃん、こっち、ね。見て、ショウ君、きれいでしょ、ここ入ってるやつ。ばっちぃのこっち!ね、わかった?
ショウ:んーん。きれぃなパンツどこ
わたし:(何か言いかけるが諦めて溜息)はぁ
(0:コインランドリーに布団を持ってくるわたし)
わたし:♪(鼻歌)あと何分……15分か……こりゃ仕事遅れるなぁ
わたし:んあーシンドッ!腰いてぇ!
(0:通知音)
エリカ:「げんき?」
わたし:「ううん」
わたし:「……うそ、げんき」
エリカ:「嘘下手かよ」
エリカ:「あんね帰るのさ、まだ先になりそ」
わたし:「あと何日?」
エリカ:「わかんね」
わたし:「まじか はよ帰って」
エリカ:「ごめん」
(0:スマホをしまうわたし)
わたし:いつ帰るのエリカ。いい加減しんどいぞオイ。
ショウタ:おねぃちゃー!
わたし:……ショウ君きたの?え、鍵あいてた?やば
ショウタ:なにしての?
わたし:ん……ショウ君がばっちくしたおふとんをね、あらってんの
ショウタ:ごぇ
わたし:なに?
ショウタ:ごぇね
わたし:ごめんねってちゃんと言って
ショウタ:……んー
わたし:ちゃんと言って!
ショウタ:ご、めん、んー
わたし:……うん。ショウ君家戻ってて。あ、そっか鍵あいてんのか
ショウタ:こわいのいや
わたし:こわくないよ
ショウタ:こわいもん
わたし:あ、なにわたしがこわいの?
ショウタ:ごめんね
わたし:いいよって。いいよ。家戻ってて
ショウタ:やだいっしょにいる
わたし:だめだめ、わたし仕事行くし。あ、ふとんできた。
ショウタ:しごとやだ
わたし:ショウ君がいやがることじゃないじゃん。大変なのわたしじゃん。
ショウタ:いぅ、いやぁ
わたし:あのね、ショウ君ね。わたし仕事行かなきゃいけないからさ。お昼ごはんなんかたぶん冷蔵庫にあるからそれ食べて。つめたいとおいしくなかったらチンして。チンできる?
ショウタ:うん
わたし:じゃあね。
(0:電車に乗るわたし)
(0:通知音)
エリカ:「ショウタどう?めっちゃ心配」
わたし:「心配ならかえってこいよ」
エリカ:「たのしいかな。ちゃんとたのしいかな」
わたし:「たのしいわけないじゃん?ママいないのに」
(0:帰宅したわたし)
わたし:ショウ君!ごはんたべられた?
ショウ:……(すねている)
わたし:(冷蔵庫をあけて)食べてないじゃん、なんで?
ショウ:……いー
わたし:いらないの?
ショウ:いるもん。
わたし:じゃ食べなよ。なんで食べないの。自分でしなっていったじゃん
ショウ:……んー---!(暴れる)
わたし:なにしてんの。なにしてんの!!ゴロゴロしないで、洗濯物、洗濯物ぐちゃぐちゃなったじゃん!!なにしてんのよ!
ショウ:いやぁああああああああ
わたし:服畳んでんじゃん、それくらいわかるでしょなにしてんだよ!ちょ、やッ、めてよ!
ショウ:ヤッ、メ、テ、ヨ!ヤッ!
わたし:真似しないで!直せよ!ねぇ!!直して!
ショウ:やっめってっよ!んー-
わたし:……ねぇ、もうわたしなんもしないよそんなんだったらさ。
ショウ:……いやぁ
わたし:いやじゃないの。なんもしないよ、帰っても来ないよ。遊んでもあげないし。おねしょしてもばっちいまんまよ。いいの?
ショウ:やぁ!いや!
わたし:じゃあ直して。それ。ちゃんとして。ごはんも自分で食べて。
ショウ:いや、ああああ
わたし:………
ショウ:んーあああああ
わたし:ッ、泣くな!!!!!!
ショウ:イッ(おびえる)
ショウ:いたぁい、いたぁい!!
わたし:なんもしてないじゃん!
ショウ:まぁま
わたし:ッ………
ショウ:ううううん、いやぁあああああ、ま、ま、まま、あああ
わたし:………ショウ君ごめんね、ごめん
ショウ:ままぁ!まま、ままあぁぁあああ!いやああああ
わたし:泣かないで、ままね、まま帰ってこないから、ごめんね
ショウ:ままがいい……
(0:泣き続けるショウタ。立ち尽くすわたし)
わたし:もういいよずっと泣いてればいいじゃん、ずっとそうやって泣いてればいいじゃん!
(0:飛び出すわたし。ドアのしまる音。)


(0:放置されたスマホ。鳴り続ける通知)
エリカ:「あのね、」
エリカ:「あのね、わたし当分帰れないと思う」
エリカ:「ごめんね」
エリカ:「ごめん」
エリカ:「ごめんね」
エリカ:「ママだめだ」
エリカ:「ごめんね」


(0:漫画喫茶に泊まり込むわたし)
わたし:(N)それから何も考えずにネットカフェですごした。何も考えなかった。何も考えなくてよかった。なんにも。
警察官:(ノック)細川さん、いらっしゃいますか。
わたし:(N)その瞬間、ぜんぶ、もどってきた。
警察官:細川さん?あけてくださいますか?(何回もノック)細川さーん
わたし:え、
わたし:うそ
わたし:(N)わたしなにしてんだろう。
わたし:ショウ君、
わたし:(N)冷蔵庫、なんも買い足してない……
わたし:(N)ショウ君ドアあけられないじゃん
わたし:(N)いま、
わたし:いま、なんにち、です、か
警察官:細川さんですかっ?
わたし:いま、何日、なんにち?
警察官:31日です。あなたがお家をあけられてから二週間です!ここをあけてください。
わたし:やだ………
わたし:ショウく、ショウ君、死んじゃった、ショウ君
警察官:細川さん!あけますよ!
わたし:いやだいやだやだ、やだエリカ、ヤダ(呼吸が細くなる)やだ……
わたし:(異常な間)……え、わたしがわるいの?

(0:忽然と病室にいるわたし)
医師:細川さん。お話伺ってもいいですか。
わたし:いやだ……
医師:……
わたし:……
医師:どうしても聞いてもらわないといけないんです。ショウタ君のおはなしをしましょう。
わたし:ヒィッ
医師:ショウタ君は、あなたのお部屋で餓死、しました。
わたし:いやぁあああ
医師:細川さん!(手を掴む)細川さん。落ち着いて。落ち着いてください。
わたし:や、ショウく、ごめんごめんねごめんごめんね、まま、ごめんね
医師:聞くのがつらいでしょうが、聞いていただいて、しっかりと向き合って、そうでないとあなたはいつまでたっても病気のままです。
わたし:……エリカ、どこ
医師:え?
わたし:エリカどこですか?え、エリカどこですか?なんでいない、エリカなんでいないの、えりか、
医師:エリカさん、ショウタ君のおかあさんですね。
医師:三か月前からこの病院に、います。
わたし:……ぇ
医師:何度も自殺を図られるので、なかなか退院をお許しすることができません。
わたし:え?え?でもエリカ、エリカ旅行に、行くって、旅行?病院?え?旅行だって。そぇで、ん、それであの、わたし、わたしね、ショウ君と仲いいの、仲良かったから、ショウ、
医師:はい。ええ。聞きます
わたし:そそっそ、だから仲良しで、エリカもあんたならいけっしょ、って、わたしが預かって、
医師:ええ。
わたし:でもね、でもぇ、くさい、くさいし、くさいんですこどもって、ねー、おねしょなおんないし、ごはんこぼす、暴れるし、おおきいこえだして隣から怒られて、え、わたしが悪いのかなこれみたいな。ね、わたし、がんばって、でも、やろうと思って、エリカもやってたんだし、ショウ君好きだし、かわいいしおねーぃちゃんって言ってくれて好きだなって、かわいい、私弟居ないし、
医師:たいへんでしたね。
わたし:たいへん?たいへんってか、なんか、いや、わたしがわるいのかなっていう、ぜんぶね、私がわるいかんじに、なるから。ショウ君がわるいのに、なんか、怒ったらビビるし、泣くし、私がいじめてるみたいじゃん、話聞かないの、でもね、言っても聞いてくれないの、じゃあもうどうしようもないんじゃないかな、責任とか、もう
医師:おしごとも、されてますもんね。
わたし:しごと、いけなくなって、しごと、怒られて、おかねもらえないし、友達あそびにこれないし、なんかふくそうとか、ぜんぶぐちゃぐちゃ。ショウ君だけのために何してんだろって、でもショウ君のこと好きだから、エリカ帰ってくるし、がんばろっかなって
医師:エリカさんも、あなたと同じように子育てに限界を感じて、入院しなくてはいけなくなったのだと思います。
わたし:わるくないのに、ぜんぶわるくなるから、なんか、もうダメだなって、うるさいし、くさいし、なんか。なんかショウ君のこともなんかなんで好きなんだろうって。嫌いになって。
医師:それで飛び出されたんですね。
わたし:それで、なんか、なんか、
医師:だれかに、連絡してほしかったです。あなたも、エリカさんも。
わたし:エリカどこ、エリカ、エリカあいたいの、中学から一緒で、エリカ、なんか変な男に捕まって、サイッテーだって、子供いつのまにかできて、抱かせてもらったらめっちゃ蹴られて、拒否られて、あ、ママじゃないとだめなんだって。ママじゃないと、エリカ。わたし、なかよくなれたからだいじょぶっておもったけどだめだった、まま、ままってショウくん、が、ね、エリカどこ、はやくかえってきて、ショウ君ショウ君死んじゃう、しんじゃ、しんじゃったの……
医師:エリカさんが、入院したから、あなたに書いた手紙があります。宛名はないですがたぶんあなた宛てでしょう。これ。です。
わたし:エリカどこ
医師:会える状態ではありません。
わたし:エリカがいないとショウ君死んじゃうよ
医師:……よみますね、これ。エリカさんからの言葉です。
医師:「わたしはすごくだめなひとです」


(0:紙一枚に書かれた鉛筆の字)
エリカ:私はすごくだめな人です。こどもをうんだときに、すごいぶさいくだなと思いました。自分からこんな気持ち悪いものが出てきたんだなと思いました。でもショウタが人間の形になってきたから、あ、これならいけるって、思いました。でも、始まってみると、なんにもできなくなりました。
エリカ:テレビがつけっぱなしで、消さなきゃって思ったら、動けなくなって、一日中リモコンを握っていました。
エリカ:葉書が届いたけど、みたら、全然よめませんでした。役所の人がきておこられました。
エリカ:漢字が全然読めなくなりました。音が聞こえなくなりました。
エリカ:車にひかれそうになって、おこられました。
エリカ:ショウタのことが、人間に見えなくなりました。
エリカ:だめだな、と思ってあなたにショウタをあずけました。ごめんなさい。ごめんなさい。
エリカ:心配です。すごく心配です。
エリカ:元気ですか。生きてますか。
エリカ:ショウタはたのしくできてますか。あなたも。
エリカ:私のところではたのしく生きていられなかったと思うから。
エリカ:あなたのところで、あなたといっしょに、たのしくしあわせに、にんげんみたいに、いきてますか。
エリカ:それだけが。それだけが心配です。


(0:泣きじゃくるわたし)
わたし:ごめ、ごめんね……ぇ、え、がんばった、がんばて、がんばって、むりだったの……ごめんごめんごめん……ヒ、
(0:時間がたって、ひとりで病室に残されるわたし)
わたし:(N)誰もいない部屋の隅をみつめた。子供がそこにうずくまっていた。ずっとそこにいる。
わたし:(N)ショウ君が死んだあと、壁に染みが残っていたんだって。ショウ君がうずくまってた、あと。
わたし:……おえ
わたし:(N)この部屋にはシミがないのに。
わたし:わたしわるくない
わたし:(N)雨音がまた強くなった。アスファルトはムンとして、ミミズがまたちぎれて死んでいる。
わたし:(N)雨のにおいがする
わたし:くっさ
わたし:(N)エリカがいない。エリカがいないと子供がいる。雨がやまない。
わたし:(N)窓枠には鉄格子がはまっている。
わたし:(N)死にたくなった。 


(0:放置されたメッセージ画面)
エリカ:「もうわけわかんないんだよね」
エリカ:「おなかにまだなにか入っている気がして、でもめのまえにはもう出てきて人の形をしたうごうごしたものがあって、わけわからなくなって、あれ、これなにこれ、何時の間にでてきたんだろ。うちの子どもじゃなくね?だっているもん、おなかに、いるもん。おなか見下ろしたら、平たくて。でも動いてる感じがするの」
エリカ:「ちゃんといるの。でも平たいの。目の前には何かいるの。なにこいつ。うちのあかちゃんどこ。どこ。殺したの?どこやったの?どこだよ。赤ちゃんどこ。お腹、いたい。血がね、ずっと出てる気がする。でも出てないんだって。お医者さんはなんもしてくんないの。みんなそうですからって」
エリカ:「うごうごしてるこども、誰のですか、って交番に届けたの。したら、怒られたんだよね。わけわかんない。困ってるんじゃないの、落とした人はさ」
エリカ:「……ショウタどこ?」
エリカ:「ショウタどこ?いないんだけど。どこ?」
エリカ:「さっきショウタが大人になった夢見た。もう世話しなくていいねって笑ったの」
エリカ:「もうほんとわけわかんないの。ショウタはさ、なに?うちのこなのかな、よそのこなのかな。ほんとにわかんない。あのこ今何歳?どこ?ショウタどこ?」
エリカ:「毎日ね、手紙書くの。死刑囚みたい」
エリカ:「うちもうわかんない。死んでもいいのかな。死んでいいかな」
エリカ:「だめかな。だめだねうち」
エリカ:「ショウタのこともうわかんない。お母さんってなにするの?わかんない。誰も教えてくれないもん。なんにもわかんない」
エリカ:「でもね、ショウタ、ずっとうちのことママって言うんだ」

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