見出し画像

「酷い」

利用規約】をご確認ください。

先生:不問(女性にする場合文中の「おじいさん」を「おばあさん」にしてください)
私:不問
司会者、電話口の声:不問

上演時間:20~30分

前読み推奨

+++

先生:起き抜けにふと浮かぶ。
先生:「なるほど、あなたには私が鬼のように見えるのでしょう。けれどもそれは私がむかしに、かなしい、かなしい思いをしたからなのです、そのことに思いをはせてどうか私を鬼などとは呼ばないでください。」

私:ああ、こんな、すさまじく奔放な文を浮かべて、書き留めもせずに流してしまう。

私:「僕に下さいよ」

先生:「こんなものをもらってどうするんだ。こんなのはあぶく文(ぶみ)で、一銭の価値もないですよ」

私:そら。この人は、

私(タイトルコール):「酷い」


0:(拍手の音)
0:(広い会場に響くマイクのハウリング)

司会者:「いやぁ、この度は芥川賞受賞、誠におめでとうございます!改めまして、まぁご来場の方々は皆様ご存じの事でしょうが、受賞作『銀貨三十枚、あぶく文を買う』と作者、藤岡みつる先生につきまして、簡単にご紹介したいと思います」

司会者:「藤岡先生は2003年、19歳で処女作『明日』を発表、綿密な筆致が直木賞作家・進藤洋二に評価されます。
しかしそこから執筆活動が途絶え、2013年にようやく文芸「ヨ明カリ」で連載『うとう蜂』を、続けて『傘の人から』をハザマ新聞に連載。処女作から打って変わった情緒的な文章で幅広い年齢層から評価されます。2019年出版の短編集『魚の頭の向かう方』は新進気鋭の漫画家ユララカンナによるコミカライズが大ヒット。
そしてこの度、『銀貨三十枚、あぶく文を買う』が他の有力候補を押しのけて芥川受賞と!なったわけでございます。こちらの作品、先月映画化が決定したばかりで、めでたいばかりですね!」


0:(先生と私)

私:「海辺の観光地区へ来ると、磯の匂いがする。魚がうまい。その二つが楽しみだ。だが狭苦しい。昔見た飛騨高山の茅葺屋根の余白に比べれば、狭苦しい。海はあんなに広いのに」

私:机にかじりついて、見もしない海のことを書いた。


先生:「それはエッセイとは言えない。だって君のは記録文だよ」

私:「ではどう書いたらいいですか?」


先生:家の裏山に飛んだ烏を見て浮かぶ。

先生:「浅間の山の上の空は何ともいえず寂しい。なぜだろう。あそこに胡麻のように烏でも飛ばそうか。踏まれた砂山のようなあの形がいけないのか。わたしが写真で見るからいけないのだろうか。そう思いながら、私は三十年、浅間山を見ることなく過ごした。今年こそは見に行こう」


私:「これじゃ、嘘じゃないですか」

先生:「嘘かな?私は確かに見たよ、浅間の山のつぶれた砂山のような形。その上のぽっかりした空の空白。じっさいに目の前になくても、見られるものだ」

私:「それは見たとは言わないじゃないですか」

先生:「そいじゃ君は、君が書いた通りに海を見たの?」

私:「……」

先生:「見たもののそのままでは踏みとどまれないんだ、私はね。ふぅっと遠く、見もしない異境の、水に映る棕梠の葉の影を見たりする」

私:「まるで薬物が生む幻覚ですね」

先生:「うん、そうだねぇ。自分でもそう思う」

私「でもいいなぁ。先生の文を朝から晩まで記録したら、それだけで短編集が編めるでしょう」


先生:駅のベンチの冷たさに浮かぶ。

先生:「ニューヨークでもこんなにベンチが冷たいなら、私の生まれ育った片田舎の、無人駅舎の椅子などは、どれほど冷え切っているだろう。フランダースの犬のために熱い涙を流した人が贈ったあの像でさえ、冷やかに孤独を味わっていると聞くから……」


私:「佐久間という友人に万年筆を貰った。この男は私に学生の時の劣等をまざまざと感じさせる、大の苦手だった。」

私:使い慣れたペンを投げ捨てて、やめにした。佐久間譲は一年前に結婚して、外資の銀行でバリバリと働いている。あいつが同窓会で僕と顔を合わせて言ったことは「あ!君は卒業記念ネクタイピンをまだ使ってるんだな。きみらしくていいね」。妙に誠実な目で、そう言った。

私:「佐久間という友人に万年筆を貰った。この男は私に学生の時の劣等を突き付けずにはおかない。誠実な目をして人の突かれたくない核心をじぃっと見て、満足そうにうなずくのだった」


先生:「いいね、この、書き直した後の文章は」

私:「いいですか?」

先生:「君はミチミチに今のことを書こうとばかりしない方が、のびのびしていて良い文章だ」

私:「そう……ですよね……」

先生:「藤岡君、人は君が思うより賢いのだ」

私:「うーん」

先生:「君がすべてを書かなくとも、皆自由に何ものかを産み出すものだ」

私:「解釈の余地ってことですかね」

先生:「そう。私たちは彼らが自由に考えられるように、良い庭を作る、良い小径を整えるだけでいい」

私:「うーん、気を付けてはいるんですよ書きすぎないように………『明日』で書きすぎてしまったので……」

先生:「書きすぎないためには、景から情へ接続することだ。景と情が重なった文章にはいくつもの読み筋があり、広がりがある。例えば芥川の『羅生門』の「下人は、剥ぎとった檜皮色の着物をわきにかかえて、またたく間に急な梯子を夜の底へかけ下りた。」のような一文は良い」

私:「景と情って、景色と心情ですか?ああ、そういえば和歌で習いましたよ、景と情。高校のとき」

先生:「うん、そうだ、和歌を訳する時、景色の描写と心情の描写が重なり合っていることに気づいたでしょう」

私:「あー、たとえばあの小野小町の……なんだったっけ」

先生:「ながめせしまに、ね。花を衰えさせる長雨という景と、それを吾身の美しさが萎れるようだと物憂く見つめている情が、「ながめ」の掛詞で接着されて重なっているんだな」

私:「僕、古文が苦手で。今になるとしっかり学んでおけばよかったですけど」

先生:「私もそう後悔したよ。人生で取りこぼしたことの多さを思うと、つらいね」

私:「ははは……」

先生:「芥川で思い出したけど太宰という人の文章は不思議だよ。君よんだことある?」

私:「あります。不思議と言うと『トカトントン』とかのことですか?」

先生:「あれは至極わかりやすい作品だと思うがね。いや、私が言うのは太宰の書く文章のリズムのことだよ。あの人はずるいよねぇ、すーっ・すーっ、と読みやすい短い文章で油断させておいて、急に長々しい情緒たっぷりの文を挟んでくるんだ」

私:「ああ、例えば『人間失格』なんかはそうかもしれませんね」

先生:「うーん、私がふっと浮かんだのは『水仙』かな」

私:「ああ。なんでしたっけ、絵描きの奥さんのはなしでしたっけ」

先生:「ああいうずるい文章を見ると、頭に浮かんだ文が全部蒸発してしまうから、嫌だな」


0:(ざわざわとしたパーティー会場)

司会者:「執筆がとまった「空白の10年」に何があったのかということは、藤岡ファンの間で熱いテーマとなっておりまして、これはもうめでたいついでに、先生ご本人にぜひ語っていただきたいところではあります」

司会者:「ファンの考察の一つに『銀貨三十枚、あぶく文を買う』がこの空白の10年のノン・フィクションなんじゃあないか?というのがありまして。この作品に出てくる「先生」のような存在が実在して、その人物との交流を通して藤岡節、あの軽やかな美文が生まれたのではないかと。そんなことも囁かれているんですねぇ」


0:(静かな秋の朝)

先生:よその子を見て浮かぶ。

先生:「こどもの呼吸は鳥の羽の、あの柔らかいのに引っ掛かりの多い感じに似ている。あの不快な呼吸を聞いていられなくて、」

先生:萎れた薔薇をみて浮かぶ。

先生:「贖いにはこれで十分でしょうか、これっぽっち、わたしぽっちの生気(エネジィ)で、」

先生:蝉の落ちたのを見て浮かぶ。

先生:「そいじゃ、俺が太陽の鳴き声だと思っていたあのジリジリしたのは…、」


私:「先生、最近、」

先生:「ん?」

私:「いや……あまり文が浮かばないですか?」

先生:「ああ、私があんまり文を言わないから原稿がはかどらないかい?」

私:「ははは……すみません」

先生:「浮かぶよ、浮かぶが、すべて中途で途切れる」

私:「きっと考え事が多いせいですよ。散歩でもしましょう」

先生:「中途で途切れていてもまぁ、浮かぶんだからいいんだけどね。私はそれで」

私:「あ。途切れるなら僕が後付けをしましょうか」

先生:「おお、そうしようか。連歌のようでいいな、それ」


先生:白い息を見て浮かぶ。

先生:「眠る人の口から白く魂の立ち上る間は、やすらかに愛することができるのに、蒼い朝がそこまで来ると、」

私:「……私は一目散に逃げ出していく」

先生:「咲き、匂うのが花ならば、咲いたきり匂わない桜の花は」

私:「花になりかけた貴公子だろうか」


先生:「いいねぇ」

私:「そうですか?ちょっと自分では不出来で……」

先生:「もっと遠くへ行こう」

––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––––

先生:川辺のざわめきをきいて浮かぶ。

先生:「愛しいあなたがいつまでも…と願ってはみるが、揺るぎなく盤若であるならば、」

私:「それはもうあなたではないから、…えー…」

先生:「木下闇(このしたやみ)の妖しげな、あなたではないから、だからいつかは衰えて、きっと死んでください」


私:「……(ほぉ、と感嘆の息づかい)」

先生:「いいなぁ、こういうのは」

私:「足が痛くなる前に帰りましょうね。この間みたいに疲労骨折しちゃ大変ですよ」

先生:「うーん。もっと、たくさんのものを見、聞き、そうして浮かべていたいものだ。もったいないよね、取りこぼしが多くて」

先生:「私の祖母は、戦時中を生きた人だったが、ちっとも私にその話をしないまま死んだ。私の父は昔ちいさな泥棒をしたが、私はそれを知らないまま大きくなり、母が葬式でいかにも厭そうに父の泥棒を話すのを聞いた」

先生:「皆、私にすべてを教えてはくれないんだ。もったいない」

私:「先生は、なんだかずっと生き急いでいますね」

先生:「そうかな。そうかもね。ずっと何かを追いかけているんだ、目の前に点滅する無数の事柄が追いかけているうちに消えてしまうから」

先生:「ちょうちんあんこうの光のように終わりがあったなら、」

私:「!」

先生:「蛍の幼虫が食い荒らした私の臓物がいずれ2・5秒の点滅に費やされるのだとしても、」

先生:「まだ見もせぬ京の都、六条の河原は、腸を長く引きずって歩きたいと、」

先生:「ええ、あなたのための命ですもの、首なりと華やかに、晒してあげましょうとも、と言いかけて」

先生:「鳥辺野へ向かう寂しい薄の道、仏の通るわずかな道を私も、」

私:「先生!待ってください、」

先生:「え?」

私:「メモを取ろうと思って……。もう一度言ってください」

先生:「ふ、ははは。そんなことをしては死ぬよ」


(0:『銀貨三十枚、あぶく文を買う』より一節)

先生:「あなたはいくらでこれ買いますか。私は人の世の値段の見当がつきません。星の名をいくらも払って買うかと思えば、愛に一銭も払わないでしょう。難解ですよ、さてあなたはいくらでこのあぶく文を買うのでしょうか。これは紙の上で死ぬものです。命の短い、あぶくです」

私:「いいんです。こちらの金もあぶく銭ですから。」

先生:「っふ、」

私:「銀貨三十枚です。それが自分の先生の命につけられた値段だと知った時、ユダはどんなに悔しかったでしょう」

先生:「ふふふ。銀貨三十枚。あぶく文を買う、か。すばらしい」

私:「いいですか、これ」

先生:「君が私に話をしてくれるときの熱っぽい、こっぱずかしいようなことを文章にしたらいいじゃないか。どうしてそれをしないのかな。君は恰好をつけたがるところがあるよね」

私:「そ、そうですかね。そうですね、きっとそうなんだと思います。僕は先生の前では不格好をこれでもかと晒してますから、そんなものを文章にするなんて考えもしなかった」

先生:「一度、やってごらん。きっと君を高みへ連れていくだろう」

私:「いやぁ……」

0:(ページを繰る)


0:(今の私と先生へ場面が戻る)

先生:「はぁー。気づけば、遠くへ来たものだ」

私:「ああ、歩き疲れました?喫茶店へでも入りましょう」

先生:「私を先生と敬うのは君ぐらいだよ」

私:「え?……そんなことはないですよ」

先生:「いいなぁ、」

私:「……何がです、先生」

先生:「気づけば、遠くへ来たものだ。もうこれくらいで、いい」


0:(『銀貨三十枚、あぶく文を買う』より一節)

私:この散歩の時に感じた不安は、やがて現実のものになりました。

私:先生は、急にぼけてしまいました。老人ホームでショート・ステイをするようになりました。私は毎日老人ホームへ通って、一日のうち半分を先生と差し向って過ごしました。

私:先生がひとりでご機嫌に話しているところへ私は無理やりに割って入って、まんまと話し相手になってしまうのです。


私:「せんせい」

先生:「……お?」

私:「人はあなたが思うより愚かです」

先生:「ああ……そうだねぇ」

私:「先生、文は浮かびませんか」

先生:「……ぶん、」

私:「昔、先生の浮かべた文を美文だと思いました。でも違いますね、先生のは、」

先生:「ぶん、ぶん……はちがとぶ」

私:「えっ」

先生:「ぶん、ぶん、ぶん、はちがとぶ。ぶん、ぶん、ぶん、はちがとぶ」

私:「あ……その歌がどうしたんですか」

先生:「今日ねえ、教わったんです」

私:「……」

先生:「うん、うん」

私:「……」

先生:「そうだねぇ」

私:「……」

先生:「お?うん、かもねぇ」

私:「……先生、様々なものを見ましょうね」

先生:「ええ?」

私:「いやですか?出かけるのはおっくうだよって、昨日おっしゃってましたね」

先生:「うーん」

私:「でも、出かけましょう」

先生:「そうかなぁ」

私:「出かけて、見聞きしましょう、文、浮かぶかもしれないでしょ」

先生:「もう、いい」

私:「よくないですよ」

先生:「いいよぉ」

私:「……そうですね」


私:僕は、そのうち、きちんと話を聞いて返事をすることをやめてしまいました。老人ホームの職員がみんなするように、目を合わさないまま、「そうですね」「いいですね」となだめるように返事するのです。

私:先生を「先生」と呼ぶことさえやめてしまいました。

私:これも職員がみんなするように、「おじいさん」と呼ぶようになりました。

私:ただ、その人を毎日どこかへ連れ出すことだけは、やめませんでした。その人が斜めに傾きながら座っている車いすを僕は背中を丸めて押していくのです。その人は一人で話をしています、僕はそれを聞いています。


先生:「鳥をね、飼っていましたよ」

先生:「うん、いやぁ、そうだよ」

先生:「なんだったかなぁ」

先生:「…………………」

先生:「うん、うん」

先生:「あっ」

先生:「ぴーちゃん、ぴーちゃん」

先生:「うん、いいなぁ」

私:「…………………」


0:(『銀貨三十枚、あぶく文を買う』冒頭より)

私:「私は、この本を読むあなたより、きっと先に老い朽ちる者です。後に続く人へと、私は本を書きました。」

私:「この本のあらゆるきらめきは、すべて私の前に立つ人のものです。私はその人のきらめきを受ける杯でした。私はその人の靴紐を結ぶ資格すらありません」

私:「その人は朝起きる時から夜眠るときまで、隙も無く文を浮かべていました。美しい文でした。それを惜しみなく私にくれました。けれど私はその人に文をもらいたかったのではありません。その人の文が本になるのを見たかったのです」

私:「これは私の長々しい、訴えごとです。あなたが読むのは、私のただ本当に、恨みつらみの連綿なのです」


0:(電話の音)

私:「っ!……ああ……なんだこんな時間から」

私:「(咳払い)はい、もしもし」

電話口の声:(「先生!芥川賞です!」)

私:「え?芥川賞?」

電話口の声:(「ええ!先生!藤岡先生!」)
私:「あくたがわしょう?だれが?……僕?どの本が……あ、『銀貨三十枚、あぶく文を買う』が……そう、ハァー……いやいや……喜べといってもね……いや今起き抜けでね……うん、うん……ありがとう。え、記者がくる?……まいったな。断ってよ。うん。それじゃあ」

0:(ガチャン)


0:(老人ホームにて)

私:「やぁ、おそくなってすみません」

先生:「いいね、うん」

私:「そうですね」

先生:「うん」

私:「テレビ、面白いですか」

先生:「おお、うん」

私:「ああ。もうやってる。おじいさん、あれね。僕なんですよ、あの写真の僕はすかしてて面白いですね」

先生:「ふふ、」

私:「どうしよう、僕なんかが芥川賞だって、おじいさん」

先生:「うん、いいね」

私:「……おじいさん、今日は植物園にいきましょう」

先生:「うーん」

私:「バラが見頃ですよ」

先生:「うん、うん」

私:「いきましょうか」

先生:「ああ、おいおい、」

私:「えっ、なんですか」

先生:「おい、おい」

私:「はい、なんでしょう、おじいさん」

先生:「えぇ、あのね」

私:「はい?」

先生:「受賞、おめでとう」

私:「……っ!?」

先生:「うん、うん」

私:「せん、せい?」

先生:「お?」

私:「先生!」

先生:「うん、うん」

私:「……」

先生:「ふぅん、うん」

私:「聞いてください、私の先生にあたる人は、あの人は、酷い」

先生:「うん?うん」

私:「ひどい、ひどい……ひどい!……ひどい……(泣き崩れる)」

先生:「はちがとぶ、ぶんぶんぶん、はちがとぶ、ぶん、ぶん、ぶん、はちがとぶ……」

0:(泣き声が続く。)


0:(『銀貨三十枚、あぶく文を買う』より末尾の一節)

私:僕は泣き続けに泣きました。その人の節くれだった蝋細工のような手を叩きながら泣きました。

私:ああ、僕は、なんだか。これが本当に僕と先生の間にあったことなのか、あぶくのようにわいた「嘘」なのか、分からなくなってしまいました。

私:覚えていることがあります。

私:僕も先生も、太宰が好きでした。先生は太宰の中でも、駆け込み訴えが殊によいと言いました。僕は斜陽が好きでした。芥川も好きでした。谷崎も、三島も。なんでも好きでした。

私:これも本当だったのか、僕が吐いた蜃の夢なのか、わからなくなってしまいました。

私:先生の墓は、先生が最期を過ごした田畑の老人ホームから1キロほど離れたところにあります。これだけが確かなことです。

私:これを読んでいるあなた、後生ですから先生の墓をさがそうなどとは思わないでください。

0:(完。本を閉じる)


0:(受賞記念パーティーの席で)

司会者「それではお待ちかね、2025年芥川賞受賞、『銀貨三十枚、あぶく文を買う』の作者、藤岡みつる先生です!先生にご登壇いただきましょう、さ、壇上へどうぞ!」

0:(拍手)

私:「藤岡みつると申します。本日は、諸々のご予定を押しのけてお越しくださったのではないでしょうか、どうもありがとう。幾重にもお礼申し上げます」

私:「さて、………………………………………」

司会者「……先生?」

私:「……(用意した原稿を丸めて。息を吸う)僕が、この度、芥川賞を頂いたときの心持と言いますと、こういうと芥川先生に失礼なようですが「最悪」でした。僕ではない人に、この賞はとってほしかった」

私:「ああ。こんな場でするべきではない、長々しい、訴えごとになるかもしれません。僕が先生とした人の話をしたいのです。どうか、聞いてください、あの人は、」


先生(タイトルコール):「酷い」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?