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双ツ星めぐる

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煌星:コウセイ。月国(ガッコク)宰相の息子。物語のはじまりでは二十五歳。
爛星:ランセイ。宰相の娘。コウセイの姉。
:レツ。賭場で育った孤児。片目が生まれつき、つぶれている。物語のはじめでは二十歳。

所要時間:60分程度?

——
(ガラガラと賽子が鳴る音)
:参ります。ハッ!(筒を伏せる)
:賽の目は。
爛星:六。
煌星:俺も六。
:(筒を開けて)たがわず、六。続いて……。ハッ。
爛星:こたびは二。
煌星:二。
:たがわず、二です。
煌星:さすがは姉上。
爛星:私はもう飽きた。お前だけでやれ。
煌星:えー。
:参ります。さて、賽の目は
煌星:……五。
:五。お見事。
煌星:おおー?当たるもんだなぁ。
爛星:フン。腕が落ちたんじゃないか、冽。
:んなわけはない。おれは賽子(サイコロ)の目を外させることにかけては自信がある。おれのサイコロを当てられるんなら、二人とも賭場で王になれるぜ。
爛星:賭場でだけか?
:?いえ、そういうつもりでは
煌星:しかし賽子もあきた。他の遊びも教えろよ。
:おまえは学問をしろ。
爛星:煌(コウ)よ、そろそろ父上がお戻りになる。支度をしておけよ。
煌星:我が父を迎えるのに何の支度がいりますか
爛星:そう思うならそこでじっとしていろ。お前の部屋に隠れている侍女を父上の前に叩きだしてやろうな。
煌星:げぇっ……。

:月国(ガッコク)に双ツ星あり。
:大陸の中央に位置する月国では、百年前に長らくの北方民族への隷従から脱し、南方民族による安定した王朝がたった。
:百年の安寧。安寧はよく水を腐らせる。
:都では賭場や妓楼が多く立ち並び、市場は喧嘩が絶えず、停滞と腐敗のきなくさい匂いがたちこめていた。そんな世を宰相の子等は笑った。

爛星:英傑の花舞台だ

:と言ったのは姉の爛星(ランセイ)

煌星:果実なら今が一番うまい

:と笑ったのは弟の煌星(コウセイ)。
:星の名を持つきょうだいは宰相の父の元に生まれ、父に似て豪傑であった
:父の不在時に彼らはいつも乾杯して延々と酒を飲んだ。彼らの乾杯の音頭はいつもこうだった。

爛星:「さて、さて」
(カチリとガラスがあたる音)
爛星:(一口飲んで)うん。葡萄酒か
煌星:冽と一緒に市(イチ)をめぐったので、戦利品です。
爛星:ほぉ
煌星:市も最近はつまらない。鶏肉だと言って鳩肉を売り、干し魚だと言って蛇を売る変な商人が居着いたらしくてね……
爛星:とんでもないな
煌星:そうなんですよ。売りものは全部まがい物。おそろしいことに、偽肉・偽魚だと気づく奴はいないらしい。
:このところ、海沿いの百果(ヒャガ)が雪にとざされて、干し魚は手に入らんからな
爛星:それにしても、鳩肉に蛇肉じゃ、さすがにどれだけ腹が減っても味が劣る。客もつかないだろうに
:いやそれが、日に一度芝居をやるんだが、それがおもしろくて客が絶えないそうですよ。
爛星:芝居。
煌星:その芝居、いまの王を皮肉る内容らしくてね。俺が今日見てきたのなんか、あの、宮中では有名なあれです。陛下が後宮の閉門時間より後に参上して、あえなく追い返されたときの。あの話ですよ。
爛星:ホォ?その商人はなぜそんなことを知っている
:おそらく……
煌星:まぁ、まぁ。考えられることはいろいろありますが、姉上がご自分の目でご覧になるのがいいでしょう。
爛星:では明日にでもいこう。冽。
:はっ?
爛星:お前は残れ。
:いえ、
爛星:残れ。煌だけで足りる。
:……はい。
煌星:はは

:星の名を持つ姉弟が、なぜおれのような犬をひろったかわからぬ。いや、わからぬわけでもないが、わかっても気色のわるいことだった。
:賭場で人の糞尿の中に育った片輪(カタワ)の俺を、煌星が目にとめた。

煌星:勝った!金はいらないから、このガキを呉れ

:そう言い放って、俺の襟首をつかんで風のように連れ去った。
:目を覚ましたら体は清められ、凍るように冷たい床が頬についていた。

煌星:よぉ。冽というんだよな。

:背をそらせて見上げると、前には翡翠の椅子が二つ。人のナリをした星二つ。

煌星:おれは煌星。
爛星:そして爛星。我らは宰相・星丞(セイジョウ)の子にして、世間のいうところ、月国(ガッコク)のまがつぼし。
煌星:お前の友だ。というより、お前がおれたちの友だ。
爛星:仲良くしような。はは
:お、おれは殺されるんですか
爛星:なぜ?お前は健やかに育つんだ。骨の弱い今のナリではだめだ。
煌星:もっと食え。明日からおれと市中を遊びまわろうな。
爛星:様々なものを見て、弟と共に学べ。
煌星:そして遊ぶ。はは。

:月国のまがつぼし。世上では、王を意のままに操る宰相その人のことだった。
:だが彼らの笑うのを見て、思い知った。月を落とす星はこれだ。

爛星:ふはははははは!煌よ!煌!
:煌星はただいまめずらしく学問を……。何事だ
爛星:学問?女をたしなんでいるのでなくてか。なんでもいい、ここへ呼べ。
:何事だよ。
爛星:これを読め。
:……「宰相・星丞殿のお耳に入れたきこと有り。宰相殿の権威を破るに値するもの。夕頼(ユウライ)」。夕頼というと煌星の上役(ウワヤク)の。
爛星:うん。都の警護を担当している男だ。何か我ら一家にとって、まずいものを手に入れたらしいなぁ。何かは知らんが
:脅しか。これがお前宛てに?宰相様ではなく?
爛星:私に届いた。だから煌を呼べと言っている。疾くよべ!
:おう
爛星:待て
:なんだ、どっちだよ
爛星:男が、今から脅そうとする者の娘に、意味ありげな手紙をわざわざ寄越す。そしてその娘はまだ若く美しい。冽よ。
:(心の中で)ああ、笑っていやがる。
爛星:冽よ、お前なら、
:(心の中で)おれを笑うとき、一番うつくしいこの顔。
爛星:お前なら、何がほしくて、こんなことをする。
:……そりゃ、あなたその人が欲しいのさ。
爛星:ほぅ。それならば、そうしよう。欲しいなら呉れてやるまで。早く呼びに行け!煌の顔が見たい

:おそろしい姉。そして、

煌星:なんだと。姉上が

:姉のこととなると恐ろしい弟。

煌星:まことですか
爛星:遅い!なにが
煌星:夕頼が何かを握っていると。
爛星:お前の目から見て、夕頼はたくらみの得意な男か?
煌星:いいえ、まったく頭がキレない男です。ですが、手癖は悪くてすぐに賄賂をとります。そのくせ臆病。
爛星:そんな男が、こんな大胆な手紙を送ってきたところを見ると、相当まずいものを握っているんだろう
:家に忍び込んで、盗んできてやろうか
煌星:何かも分からんのに探せるかよ。
爛星:まだ、脅してきただけだ。逃げないうちにこっちから乗ってやる。……明日この手紙を夕頼サマに。中は読むなよ。
煌星:へぇ?(手紙をひらく)
:あっおい
煌星:「名は星なれど」
爛星:「名は星なれど、星よりは、花あるひとと呼ばれたし。花も年経れば盛りをこえ衰微するもの。爛々たるうちに、花のひと枝を君に許したし」
煌星:うへぇー……こりゃ恋文じゃないですか。姉上がこれをあの夕頼にあてて?正気ですか
爛星:私も女なのでな、弟よ。男としてその手紙はどうだ。これでその気にならぬ男がいるかな
煌星:いないでしょう。姉上からの一文字で男は舞い上がりますよ。その気にさせてどうするんです。
爛星:もちろん婿入りをしていただく。夕頼さまのとぼしい家財すべてと共に。
煌星:ほぉー。
爛星:ま、とにかくこれで向こうから恋文を返してこようとしたら、こう言え。「この先は、父を通して結婚を申し込め、それでないと父が承知しない」
煌星:……はは!父上がたまげるだろうなぁ。将軍になりたいといって母上を泣かせた姉上が!

:二か月ののちには、爛星は喜びと恥をたたえた婚前の女になっていた。父母の前でのみ。

煌星:いやぁ、あの夕頼殿がこんなに甲斐性があるとは思わなかった。矢のような贈物の数々。朝夕の手紙。父上も顔を赤らめるような惚れっぷりだぜ。
:あの男の家の前を通ったが、門の装飾までみんな売り払ってみじめなものだったよ。結婚前に家財が尽きるな。
煌星:フン。姉上―、ご機嫌はいかがです
爛星:弟よ。私もついに人の妻だそうだ
煌星:ひどいな俺より先になんて
爛星:厄介者が。嫁の一つくらい私の手配無しでとってこい。
煌星:嫁は嫌ですが子なら為せますよ。
爛星:跡継ぎにできる子にしろよ。
:うへぇ、女ともおもえん言いぐさ
爛星:わが旦那様は私の頸が好きなんだと。蘭の茎のようだと仰せだ。見ろ、先ほど贈られたこの青い石は珍しいな弟よ
煌星:フン、姉上には青は似合わない……にしても、あいつが握っている父上の弱みとはなんだろう
:以前、市場で芝居をやる怪しい商人の話をしただろう。あれがちょうど、ふた月ほど前にとうとう捕まった。正体はどこかの家の密偵だというのがもっぱらの噂だ。
爛星:おお、やっと捕まったか。芝居を見ておいてよかった。
煌星:過激な王批判をやっておいて今まで捕まらなかったのが妙だな。
:どこか有力な家が支援して、大仰にやらせているんじゃないかという噂が前からあったんだ。
爛星:実際そうだろうな。どこの家だったんだ。
:そこまではわからん。芝居に後宮がらみのネタが多かったから妃の家の一つじゃないかと言われている。
煌星:どうも夕頼が後宮へひそかに調査に入って、見つけたのが赤子盗難事件の証拠。
爛星:赤子……もしや先代の第二キサキの産んだ赤子の話か。あれはたしかに父上がやらせたものだが
煌星:十五年も二十年も前の話なんですよ。えらく古い話をもちだしたもんだ
爛星:どれだけ決定的な証拠にしろ、いまさら父上の地位が揺らぐほどのものではないな。
煌星:そんなものなら姉上、今からでも……
爛星:いや。結婚はとりやめない。いつまでも未婚では母上の目がうるさいのでな。

:その、三日後に。爛星の褥は男のために調(ととの)えられた。男はその夜、星を犯す夢から帰らなかった。
:褥に押し入った煌星の大きな手が、男の喉を握りつぶした。女の首を飾っていた青い宝石は泡を吹いた死人の口に突き入れられた。
:血と泡のついた手で弟は姉の乱れた髪を撫でた。

煌星:夕頼殿はいまここで、胸の病でお亡くなりに。
爛星:夫にめぐまれぬことよ。明日からは喪に服す。

:言うなり、爛星は煌星の刀を取り、自ら黒髪をざっくりと切り落とした。
:あおじろい、蘭の茎のような頸がさらけ出されて美しかった。

爛星:夕頼が秘蔵していた証拠とはなんだった。
:先代の第二キサキの産んだと思われる赤子の臍の緒だった。
煌星:添えられた札に、こうありました。「武王が第一子・最も愛された妃の男児・国の月となるべき子」。つまりは父上が盗んだのは王位を約束された子だったわけだ。
:しかし宰相殿が盗んだという証拠でもなし、今の王を激怒させる品でもある。つまりは、無意味な品だったよ。
爛星:それを、どうした。煌
煌星:札ですか?捨てました。
爛星:持ち帰ったろう。渡せ
煌星:かなわないな。はい。
爛星:……「国の月となるべき子」。ふふ……冽!これを燃やせ
:は?……はぁ。

:ともしびに翳されて見る間に焼けこげる小さな札を見て、なぜだか。心の底のうずくを感じた。

煌星:姉上!喜んでください、俺は都の守護将軍になりましたよ。
爛星:なに?えらく出世したな。何事だ。夕頼殿の後を継いで長官程度かと思っていたが
煌星:いやそれがね、父上によると、最初は征北将軍になれと命じられたそうです。
爛星:そりゃたまらん。北方は特に侵攻が激しい。死にに行けと言われたようなものだ。宰相家も嫌われたな……
煌星:それで父上が、我が嫡子に死ねというか!ってね。ドカーンとお怒り。王もたじたじで、異例の大出世。
爛星:くだらん宮廷劇だ
煌星:……にしても姉上の喪は長いですねぇ。昔の聖人でもこんなに長くは喪に服さなかった
爛星:なに。喪服が気に入ったのでな
煌星:死人は蝋のように美しいと言いますが、じっさい、姉上の喪服姿は死人もかくやの美しさですよ
爛星:ははははは!姉を口説くその調子で、文・武官の機嫌もとれよ。ん?
煌星:父上が嫌われた分、おれに愛想ふりまけってんですか。まぁ乾杯しましょう
爛星:濁った酒は飽きたぞ
煌星:そう言うと思って、水の如く透き通った蒸留酒ですよ。
爛星:まさに。我らきょうだいの心の如く。
煌星:「さて、さて」
0:(ガラスのあたる音)

:宰相・星丞は、まだ若い王とその周囲の意気軒昂の文官たちに呆れ、老いぼれた風を装って邸に引きこもった。宰相の判断を求める役人たちをことごとく追いかえし、一方で貴賤を問わず詩人・画家などあまたの文化人を招いた。
:その痛快なありようが民に気に入られて、巷での宰相の評判はあがった。王とその取り巻きは笑われた。
:決裁が進まず宮廷は困り果て、王自ら輿(こし)に乗って宰相を訪れた。そして。

煌星:いやー。父上が宮廷に復帰してくれて助かった。
:強情だからなぁ宰相殿も……。
煌星:まさか一か月も家に居続けるなんて。しかも暇だからって小うるさいのなんの。嫁をとれ、部下に目を配れ、食事の礼法を学べ、勉強が足りん。まったく、おかげですっかり真面目に働いちゃったよ。
:それだけ期待されているのさ。
煌星:久しぶりに自由に街に出たり、妓楼へ行ったりできると思うと涙がでるよ。
:もう妓女に手を出すのはよせよ。将軍様になったんだから。
煌星:馬鹿!妓楼遊びだって立派なたしなみ。世間に褒められる遊びだぜ。お前もいい加減、妓楼遊びくらいおぼえろ
:ふーん。なんというか(いいかけてやめる)……
煌星:ん?
:いいや。
煌星:というかよぉ、お前と一緒にまた賭場にでも繰り出したいな。最近はまた治安の悪い賭場が増えたから、視察もかねて。
:遊びもかねて、だろ
煌星:まぁ、そう。お前がいれば大勝間違いなし。小遣い稼ぎがしたいなー
:おれはもう賭場はこりごり。生まれた時からいるんだから。
煌星:なんだい、かっこつけやがって。賭場では名の通った男、ってか?
:やめろ
煌星:ところで——

:ああ、爛星の名が出るな。と肌の粟立ちでわかる。

煌星:姉上が王の目にとまったというのは本当か?

:姉の名をかたるとき、このおおきく朗らかな星はジワリと翳る。

煌星:ま、いいんだけどね。しかし、あの姉上なら……。
:お前、もう見回りの時間だろ。はやくいけよ
煌星:あーやれやれ。もっと屋台を見たかったけどなぁ。じゃあな!お前は帰って姉上のお相手をしろ!
:はいよ、将軍殿

0:(宰相家)

:灯をお持ちしました。
爛星:ん。もうそんな時間か。煌は遅いな
:…姉上が後宮に入る気かどうか、気にしていたよ
爛星:ふは!その話か。陛下は年中喪服を着、童女のように髪を切りそろえた不気味な女など要らんそうだ。
:あっそう。煌星が喜ぶな
爛星:ふっ
:(心の声)また笑っていやがる。おれを笑う爛星の目の輝きは、いつ見てもぞっとする。
爛星:……冽よ。お前、いくつになる。
:ん、今年で二十だ。
爛星:そうだろうな。我らの友となってはや十年
:なんだ
爛星:十年前、十あまりの年の、片眼を失った子供を拾い出してこい、賭場かどこかで育っているはずだと。煌星に命じたのは私だ。
:……なに、
爛星:おまえは、私たちきょうだいがなぜおまえのようなものを拾ったか、気になるだろう。
爛星:気になるはずだ。
:別に今更知りたくはないですよ
爛星:目が片方では、ずいぶん苦労したろうな。
:まぁね。しかしみんな、賽を振るのが片目の子どもだと油断してくれるから、俺は賽子振りが誰よりもうまくなって、客をだまし続けた。乞食をすりゃあわれがって恵んでくれる。それなりに、生きられはした。
爛星:お前の潰れた片目こそ、お前の命を救ったのだぞ。
:はっ?
爛星:先代王の世、父は遠い血縁に当たる第一キサキより先に、第二キサキが男児を生んだことを知ると、すぐさま赤子を盗ませた。しかし生まれついて片目のつぶれたあわれな赤子を、捨てるにも殺すにも忍びなく、どこぞの賭場へ預けたという。
:え、それは、
爛星:第二キサキの子、まさに先代の王の第一男児であるお前をな。
:……おれ?おれ、が!?
爛星:先代王の、しかももっとも愛された第二キサキの遺児、父が盗ませなければ、王座についていたのはお前だった。
:っ……、そんなはなしを聞かせてどうしようというんだ
煌星:そうだったのか!へえーなるほどね。
:!?煌星……
爛星:おや、はやかったな。
煌星:おかげでいい話をふたつきいた。姉上が後宮へ行かぬという話。
:そこからいたのか
煌星:そして俺の親友に流れる王家の血。ますますお前が好きになった
爛星:まぁ、冽の生まれの話は、私がしたくなったからしただけだ。
煌星:そんならおれのいる時にしてほしいなぁ。聞いていたからいいんですけど
爛星:これからする話が大事。
:……
爛星:よく聞け。これから我らきょうだいは新しき王朝をひらくべく進む。
:な。何だって!?
爛星:何も今にはじまったことではない。これは父上のかねてよりの望み。
煌星:今の王朝は、民に対して法でおさめることをしない。軍による見回りばかり。法はあるが、宮廷内の礼儀等の細かいところは充実している割に、平民同士で土地を争った場合の処し方や治安を保つ禁止事項などの取り決めが少なすぎる。都の区画もおおざっぱなものだし、これではあと数十年しか国はもたないだろう。
:お、おまえそんなに難しいことが言えたのか
煌星:というのは父上の受け売り。
:だと思った。
爛星:後宮の腐敗も甚だしいと聞くし、都の景気もよくない。地方の景気はなおよくない。もうこの国の月は翳り始めている。
煌星:王はいまや民の笑いものだし。北方の侵攻は止まらぬし。
爛星:この国を今から叩きなおそうと思ったら、一度壊して基礎から築き上げるほかない。
:しかし新しい王朝なんぞは……
爛星:あと十年でやってみせる。
煌星:ある程度の準備は整った。俺は将軍の座について、いざとなればこの国の全軍を動かすことができる。
爛星:そして長らく抗争の続いた北方民族の長と、先日和平が取り交わされた。王の名によってではなく、私の名で。父上が宰相の座を退かれるとき、我らは王にご退位を迫り、あたらたな王を立て、都を遷し、そして法を敷く。十年あれば、できぬことはない。
:なんという大それたやつらだ……。おれにその手伝いをしろというのか
煌星:手伝いはいらん。俺の側で見ていろ
爛星:そうとも。
:なんでそんな話をおれにしたんだ。そんなことを聞かせて何がしたいんだ。
爛星:そのうちわかるさ。口をつぐんで見ていろ……。
煌星:これからも仲よくしような。親友。
:うるせぇ!おまえらのような秘密だらけのやつと友になったおぼえはない
爛星:ならば友でなくともよい。おまえは健やかに、背も伸ばし、剣術と勉学に励め。これから先はいっそう何事も、いついかなる時も、煌と共にな。

:恐ろしいほど静かな日々が続いた。平穏に一年が、そしてまた一年が過ぎた。花は咲き、散り、同じ顔でまた咲いた。
:毎日、毎日、煌星は白銀の兜をかぶり、馬上に目だけをぎらぎらと輝かせて都をひとまわりした。
:おれはなぜかその隣に馬を並べ、赤銅の兜を目深にかぶるように手配された。

爛星:冽、おまえいくつになった。いくつになった。いくつになった。

:時折、爛星に会うと、彼女は必ずそう訊いた。おれの耳に刻まれていくその言葉が、迫りくる何かを感じさせて恐ろしかった。

:やがて時勢が傾き始めた。
:王は宰相と衝突し、宰相と煌星の暗殺を企んだ。しかし瞬く間に露見して、わずかな手勢とともに南へ追われた。と、馬の上で日々、煌星から聞かされた。
:政治に興味のないおれに、煌星は熱心にいまおこっていることを語って聞かせた。

煌星:つまり今この国の王座に、王はいないのだ。王が王座にいなくても国は回るのさ。

:兜越しにそう言う彼のくぐもった声が、おれには妙に確信めいて聞こえた。

煌星:とうとう、陛下の追討におれも出陣することになりました。
爛星:いよいよか。
煌星:冽もおれも、初陣(ウイジン)だ。ま、がんばろうな
爛星:父上も近頃は病がち。さびしくなる。
煌星:すぐ戻りますよ。うまく、捕縛できればいいけどな。自害でもされたら大変だ。
爛星:心配するな。父上が心づくしの文を南方へ送り続けている。陛下もきっと都へ帰りたくなっているだろうよ。
:ん、追討というから、王を討つものだと思っていた。捕縛なのか
煌星:王位を正式にゆずっていただくまで、死なせるわけにはいかないのさ。
爛星:王位の正統性は王朝の品位。ここを欠くわけにはいかぬ
:「新しい王朝」の話か。いったい誰を王に立てる気なんだ?都に残っている王子たちはまだ五つか六つだろ
煌星:いずれわかる。それでは、姉上。生きて戻ります。
爛星:ふん。死んで来い。
煌星:はは……冽!行くぞ!
:おう!

:煌星の率いる大軍勢を前に、王のわずかな手勢はすぐさま剣を捨てた。投降した王は、宰相の手紙を握りしめ、涙ながらに煌星のもとへ走り寄ってきた。そのとき王の顔を初めて見たが大した感慨はうまれなかった。
:よい衣も土ボコリにまみれればボロにも見える、王も王座を下りれば……それよりも、頑なに兜を脱がない煌星におれは首を傾げた。

煌星:あなたの御心はわかっております。さぁ、あなたの都へ帰りましょう。

:王を優しく馬にのせ、都への帰路についた。手紙を書く暇もない行軍だった。
:月が落ちる。ああ、月が落ちる。
:白銀の兜の輝きを片目に収めながら、馬のひと揺れひと揺れごとに、ひとつの王朝の終わりをおもった。

煌星:姉上!戻りましたよ。
爛星:おお
煌星:いやぁー死にきれませんでした。
爛星:愚弟め。のうのうと良く戻った。
煌星:姉上。どうしました、真っ青だ、お顔が。
爛星:父上が。
煌星:姉上
爛星:父上が死んだ。
煌星:……
爛星:ああ……はやいな
煌星:どうしました。お心弱りですか
爛星:ついにお前は王になるのか
煌星:そうですよ。我らの望んだ通り。
:!?
爛星:ふ、ははははははは!さぁ!(煌星を突き飛ばす)
煌星:うぉっ
:いてっ
爛星:そこに並べ。
:な、なんだなんだ
爛星:……冽、お前いくつになった。
:三十です。
煌星:俺は三十五。
爛星:ま、いいだろう。刀を寄越せ。
煌星:……どうぞ
爛星:冽。お前の欠けた目は、右か、左か
:右目だが?……っおい、まさか
爛星:よく見ておけ!(刀を煌星の目に突き刺す)
煌星:グッ……ぁああああ(苦痛の声が続く)
:煌星、煌星ー!?
爛星:冽。煌星は王になる。しかし王座に座るのはお前だ
:(心の声)おそろしい。このきょうだいは……
爛星:王朝の始まりは、波乱と陰謀の渦巻く魔境となるだろう。王のいのちがひとつでは、すぐにも王朝は滅ぶ。
:(心の声)どこまで、おれを連れて行くんだ。賭場で生まれたこのおれを……
煌星:(苦しい息の下で)親友よ。おまえはおれのもう一つのいのち。おい、目の具合を見てくれ。飛び出た目玉はどこだ。
:ひぃっ
爛星:怖がることはない、これはお前の顔だ。
:水を!水を持ってくる!手当を!(走り去る)
爛星:……煌。
煌星:この傷は戦場でうけたことにしましょう。将軍に傷をおわせたのだから、王の、罪、は重い
爛星:なあ、姉も男なればよかったなぁ
煌星:ふふ
爛星:姉の目は好きか、弟よ
煌星:ええ、好きですよ。姉上のもつものならば
爛星:(刀を返して)うッツ!!ぐ、ぐ、あ
煌星:姉上!?
爛星:はっ、は、……見ろ。私の目だぞ。おまえの眼球の方がきれいにとれたな
煌星:あはははは!烈しいなぁ。こんな女、おれの姉でよかった!
爛星:ふふふ……はははは。「さて、さて」。これからだ。

:新たなる王朝は、王位の禅譲を受けて、清らかにひらいた。
:爛星の言葉のとおり、おれは、王座についた。その隣には、右目を欠いた煌星が兜をかぶって、左目を欠いた爛星が相変わらず喪服を纏って控えた。

爛星:見えるか?おまえの前に百官万民が頭を垂れる様が。
:良く見えるよ。
爛星:おそろしいだろう
:ん、おまえたちはいつもおそろしいよ
煌星:おれたちだけか?
:……いいや。おれに向けられる、あらゆる目がおそろしい。居並ぶ文・武官。異国の使者。街を出れば輿を見上げる民たちの目。上に立つというのはこんなにもおそろしいものだったのか
爛星:良く見えている。王の座にふさわしい
煌星:まったくだ、この新たなる王朝の一番星にふさわしい

:そういって、輝く対の星、まことの王と、おれの最も美しい女が、おれの前に膝をついてみせた。
:背を伸ばして見下ろせば、人のナリした星二つ。

:……ふは。よせやい。星は昔から変わらずおまえたちさ。おれをいつか、その輝きでころすんだ。知ってるさ、けれど、
:星をひざ元に並べるのは、いい気分だ。元はキサキの子に生まれ、糞尿のへどろの中から育った俺が……痛快すぎて、もう死んだっていい。
:ああ、死んだっていいなぁ。

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