僕が数字を追う理由

こんばんは。
僕はとあるNPO法人で学生のキャリア支援活動をしています。

その中で「数字を追う」場面がいくつもあります。例えば、新規で〇〇人を獲得する。などなど。

これって何のため??
この答えは「来年以降の価値提供のため」だと思う。全てがそうなわけではないが。

でもそれって、今自分がサポートしてる子たちには関係ないよね??しかも、それって俺に関係ある?来年は仕事するから団体は引退するよね。
そうかもしれない。

じゃあ何で数字なんて追うの?意味ないよね?
そうかもしれない。

だから僕は前期の活動で数字を追うのが嫌いだった。だから部署移動も希望した。
でも、今は数字を追うのが楽しい。言い換えよう。「仲間と共に目標数値を達成するのが楽しい」

前期の活動から振り返ろう。
僕はその組織に4月にジョインした。10月までは学生と企業を繋ぐ部署で活動していた。そこでは企業から降りてきたイベントに学生を参加させ、学生の視野を広げてあげることが使命だった。
その一方で、僕たちの団体を使ってくれている企業のために、企業の要望も聞かなきゃいけない。未達をしてしまうと、信用が無くなり、来年は使ってくれなくなる。
だからこそ未達に人権はなかった。

6月、僕は1つの案件で未達した。
未達してもまぁいいかって感じだった。実際周りに怒られることもなかった。
でも、途中まではがんばっていた。がんばったというか、数字だけ追っていた。そこについて周りから指摘を受けることがあり、ぶっちゃけ「なんで?」って思っていた。でも今振り返ると、当たり前だった。数字は目標ではないから。数字を追った先に何があるのか、誰がどんな思いをするのかを見ていなかった。
その上で自分が納得する「数字を追うことの目標」が見出せていなかった。

11月。支部で合宿を行い、新規獲得に力を入れた。その前の月に支部として大未達していた。11月始めの今月目標を全体に告知する場で僕に刺さった言葉があった。

「takeを受けるならgiveをしろ」

その通りだった。僕はこの組織のあらゆるリソースを使ってtakeを受けていたが、組織に対してgiveをしていたのだろうか?
その時に僕の「数字を追う意味」ができた。

そして前述した合宿で初めて数字を追うことに本気になった。結果、支部として24時間で70もの数字がとれた。この数字は10月の1ヶ月で獲得した数字とほぼ同じだった。

そこで思ったことがあった。本気を出せば出来る。結局やる気の問題。人ってあんまり人を嫌いにならない。でも一番大事なことはこれだった。

「仲間と目標達成するのって超楽しい」

僕はサッカーをする中で仲間と共にがんばる機会は結構あった。その感情を思い出したのと同時に、ここまで全員が本気で取り組んでいる組織は初めてだった。死ぬほど楽しいって思えた。

それが今、僕が数字を追う理由だ。

今はDivリーダーとして数字を追っている。
そこで僕が心がけていることがある。

個人ベースで未達しないこと。

11月、僕らは目標を達成した。しかし個人ベースで見ると僕らのDivでは2/4が未達していた。

それって本当にみんなで喜べるのだろうか?
本当に全員が本気でやってるのだろうか?

答えはNO。
だからこそ僕は全員が達成するように考えているし、今月はそこを死ぬほど追っていく。

リーダー論に関しては今度書く。

2月の最後に全員で嬉し泣きして終われると良いなぁ。