令和4年6月15日

平坦な本質を捻じ曲げ
試しあい 鬩ぎ合い 騙し合い

Gender」/アサキ(2018年)

珍しく友達から連絡が来たので何事かと思えば、ライブに行かないかというお誘いだった。そういえばこの友達とは、同じアーティストが好きで仲良くなったことを思い出した。近所のハコ(ライブハウス)でやるそうだ。もちろん行くと即答した。

ところで最近どうしてんの?
「メイドカフェで働き始めた」え。
「てか今度おいでよ」え?

身の回りにはガールズバーのキャストも、コンカフェ(コンテンツorコンセプトカフェ。「メイド喫茶」等 "○○喫茶"の総称)のキャストもいたが、みんな口を揃えて「来んなよ!」と言うので、実際にそういうお店に行ったことはなかった。
というか、実はそういうお店に苦手意識を持っていた。

「今この人がにこやかに話し掛けてくれるのは、楽しそうに話しかけてくれるのは、仕事で、お金のためなんだろう。大して話し上手でもないぼくに会話をするというのはきっと、相手にとって苦痛だろうから、我慢して、頑張っているのだろう」
─────そう思ってしまうであろう、楽しめないであろうという気持ちが、どうにもそういったお店───微塵でも"女性性"を利用したビジネス───から、ぼくを遠ざけていた。

ま、今回は友達に会いに行くだけだしいっか。食わず嫌いもよくねぇし。友達が良いようにしてくれると信じよう。

教えてもらった店の名前をSNSで調べてみる。店内の様子、ところどころキャストの写真。誘ってきた友達は─────お、良い感じに写ってるやん(笑)。ふーん…

───!

なんか、一人だけ、めっちゃ可愛い子がいる。おかしい。光って見える。まるでぼくのタイプをAIに何万サンプルも学習させた結果がこちら!みたいな女の子が、いる。まぁ何もおかしくはなく、只々ぼくにとって"どタイプ"のキャストがいたというだけなのだが。

なーんて(笑)。
まぁまぁ、写真なんていくらでも盛れるし。彼女のアカウントから他の写真も見てみなよ、いくら加工でいじっても別の角度から見れば、ね…

───。

どの写真を見ても可愛い。おかしいな。ピアス、歯並び、白い肌、細過ぎないで丸い輪郭─────どういうことだ。完璧すぎる。まるでぼくの好みを詳細にヒアリングして作り上げた、オーダーメイドのドール。世界がバグったんだろうか。「意図せず隠しコマンドを入力してしまったら理想の美少女を召喚してしまった」でなろう系小説デビュー待ったなし。どちらかというとバグを起こしているのは自分か。

いやいや(笑)。
まぁまぁ、ホントにそんな可愛ければモデルやアイドルでもやってるはず。会えるところにいるワケがない。いったん落ち着こうや。ふ、ふん!名前だけは憶えておいてやる…「たなか」ね。─────たなか?

店の場所や料金はわかったので、友達に連絡する。今度の水曜日行くね。けして、友達と彼女がツーオペなのを確認してのことではないよ。嘘だけど。

***

水曜日。約束した日なのでとりあえず絶対に残業にならないように業務を仕上げ、即帰宅。服を着替えて鏡を見て、すぐまた家から出る。車で20分ほどで、近くのコインパーキングに到着した。

店内は暗くてよく見えない。やはりこういう店に立ち入るのは勇気が要る。まぁ、緊張しているワケはそれだけではないのは自明だが。ガラスの戸、中から外はよく見えるだろうから、不審者として通報される前に意を決して入ることにした。

「おー!」
友達が迎え入れてくれるが、久しぶりに会うにも関わらずあんまり話が頭に入って来ない。我ながら失礼な奴だと思うが、そちらに割くソフトウェアのリソースがない。

いる。そこに、実在する。当たり前だが、動いている。ぼくのタイプをAIに何万サンプルも学習させた結果みたいな、オーダーメイドのドールのような女の子が。カウンターの向こうにいて、笑ってこちらを見ている。

彼女が口を開く。その声は、ちょっと低いのに女性的で、少し鼻にかかったような。これから何度も聞くことになる、その───少し重くて柔らかい、眠気を誘う毛布のような声で、彼女は言った。



たなか「はじめまして。」

それは人類が"神"を得た日のように。
ぼくは"最強の「可愛い」"を─────"推し"を知る。

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