バスルームで髪を切る100の方法

 満月に急き立てられて四畳半を飛び出ることにした。飲みかけのブイヤベースを窓から投げ捨てて、掛け違えたカッターシャツのボタンを引きちぎる。空を見上げると黄色くて丸い星のようなものが浮かんでいた、あれってなんだろう。

 くだらない軒下をすり抜けると砂糖の雨が降っていた。舐めてみると酸っぱい。コンビニまで歩いてみることにする。この街にコンビニはない。呼び止めたタクシーの運転席に誰も乗っていなかったので、私が運転することにする。

 鼻からおろしニンニクが止まらない。助手席で寝ている猫でかむ。後部座席にはマネキンが三体、お行儀よく座っている。右側通行を遵守していると、逆走してくる車が来たので、危ねえだろ、と叫んでやった。それから逆走してくる車すべてに、危ねえだろ、と言ってやった。まったく、この街の道路交通法は破綻している。

 道路脇で手を挙げている陽気な人たちをよく見かける日だ、人生も中々悪いもんじゃない。運転に飽きたので路肩に生えていたトーテムポールに全速力で突っ込む。ボンネットがマシマロで出来ていたので即死は免れた。

 折れた肋骨をつなぎ合わせながらカズダンスをしていると、人生の突き当たりで紅茶の流れる川に差し掛かった。欄干から飛び込んでみると、砂糖の雨のせいで川が甘くなっているようで、そばをゴムボートで浮かんでいた英国紳士が怒っていた。引き摺り下ろしてゴムボートを奪う。

 なんとか河川敷まで流れ着くことができた。河川敷で野球をしている少年たちが私を見て、サインを欲しい、というので、全員のおでこに「ペレ」と書いてあげた。これでみんな平等になったので喧嘩は起こるまい。レフトを守っていた少年にだけ、ファーストのカバーに入れ、というサインを送ってベンチから退いた。

 自動販売機の下にマンホールがあったので、ふたを取り外してハシゴを降りてみることにした。縄ばしごは相当な年代物らしくて、途中で千切れて下まで叩きつけられた。尻を撫でていると気づいた、ここは盟友・吉田佳子(読み:よしだよしこ)の寝室である。

 吉田佳子は変わった女で、医大を中退して彫刻家になったようなヤツである。押し入れを開けると吉田佳子がバブルサッカーの格好で惰眠を貪っていたので、すかさず火をつけた。あちちち、と言いながら火だるまのまま私に手を振る。

 私も中指を立てて返す。吉田佳子が言うには、マンホール下の物件は家賃が安い、とのことである。いくらなの、と聞くと、十七万円、と帰ってきた。なるほど、はした金である。百万円以下のお金には私の尻を拭く価値もない。

 吉田佳子が青色のカレーライスを振る舞ってくれたので、おばあちゃんが作ったグリーンカレー?と言ってみると、面白いじゃん、お笑い芸人にでもなったら、と言われる。私にお笑い芸人になる資格はないので、その資格はどこで取れるの、と聞いてみると、吉田佳子は自らの首を刎ね飛ばして自害した。さながら春秋の猛将である。

 吉田佳子の寝室に小窓があったので、関節を外してそこから捻り出てみると、薄汚い小路に繋がっていて、灯りに導かれるように壁と壁の隙間を歩くと、寂れた商店街に出てきた。近くにイオンができちゃったもんな。

 歩き進めると、シャッターの閉まった本屋から、らっしゃいらっしゃい、安いよ安いよ、の声がする。私はそんな声には騙されないぞ、身を奮い立たせるために大きな声を出して対抗する。商店街には誰もいない。振り返るとただ、アーケードに付けられた電球が、三つに二つほど切れていることが分かる。嫌に薄暗い。

 いつの間にか静かになっていた本屋から、今度はさんざめくような赤子の鳴き声が聞こえてきた。なんだ赤ちゃんか、と安心してその場を後にする。少子高齢化なんてしていなかったじゃないか、岸田の嘘つきめ。どこまでも続くシャッター街に痺れを切らして、肉屋、と書かれたシャッターをこじ開けるとそこは魚屋だった。

 タコ専門の魚屋だそうで、それって魚屋じゃないんじゃないですか、と言いようものなら店中のタコが墨を放ってくるから困る困る。全て顔面で受け止めて、逃げ惑うタコどもを切り刻むことにする。人間様に勝てると思うなよ。逃げ足が早い。そのうち、こじ開けたシャッターからほとんどが逃げ出して、商店街はタコたちの歩行者天国になってしまった。それすなわち、タコう者天国。は?死にてえのか。

 歩いていると鉄道駅を見つける、改札を突き破って闖入。ホームに停まっていた列車に乗り込むと、車掌さんが切符の確認をしにきた。左のポケットを弄ると切符が出てきたので差し出した。右のポケットにはブラジャーが入っていた。右でもギリギリ乗れたかもしれない。切符は偽物だったらしくて、憤慨した車掌さんによって私は、走行中の電車から車外に放り出された。車掌さんは憤死した、弔うように警笛を鳴らして列車が去っていった。

 全身に付いた砂をはらって立ち上がると、ゴミ置き場の目の前だった。捨てられた冷蔵庫を開けると、ちょうど人が一人入れそうだったので入ってみる。そのまま眠くなったので寝てみると、お母さんの、あんたそんなところで何してんの、の声で目が覚めた。朝である。

 朝である。そうだ私は実家に帰っているのだった。仏壇で笑っているお父さんが、早起きか?と尋ねてきた気がしたので胡椒を撒いておいた。庭で愛犬のペスが足を組みながら英字新聞を読んでいて、足を組めるようになったんだ、とお母さんに尋ねてみた。ちんちんは嫌がるのにね、とのことだった。さかしい。

 朝ごはんを食べようと思って食卓に着くと、お皿の上に拳銃が置いてあったので、一番外側のナイフとフォークでソレを取り上げた。テコの原理で引き金を引いて、脳味噌を撒き散らして死んでやった。テレビではめざましがやっていた。




小林優希


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