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夕凪

夕凪

私には弟がいる。
だが彼との記憶は無いに等しい。

幼い頃父が過労で死んだ。
母は父のことが大好きだった。
母はものすごく自分を責めた。
母は私と弟と心中しようとした。
私が5歳、弟はまだ1歳にもならなかった頃だろう。
泣いて泣いて泣き続けながら
母は私たちに向かって包丁を振るう。
ごめんね、ごめんね。
母の悲しい声が幼い私には痛かった。
心臓に重くのしかかった。
母を宥める役割をするにはわたしは

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無題③

『楠見』
「へあ」

後ろの席の佐々木に不意に呼ばれた。倫理の授業中とてつもない睡魔に襲われていた私はなんとも素っ頓狂な声を発してしまった。

「待って、今のなし。んで何?」
『へあ』
「おい佐々木…」
『ごめんちょっとツボだわ』
「何もないなら寝る」
『ごめんってー』

「それで何か用ですか」
『楠見さ、〇〇好きだったよな』
「うん、めっちゃ好き」

わたしが二年ほど前から追っかけているバンドの

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無題②

「佐々木ってさ、ホントに青似合うよね」
『急に、何』
わたしが発した言葉に不思議そうに、どこか怪訝そうに首を傾げた。
「いや、ふと思った。」
『確かに俺青好きかも。名前にもついてるし』
「青っていうか、藍ね」
『まあ藍色も青も似たようなもん』
「そうだけど」
『楠見も名前に色入ってるよなあ』
「色だってよく知ってるじゃん、瑠璃色の瑠璃だよ」
『瑠璃色ってどんな色なの』
「青だよ、青。夜明け前の空み

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無題①

夢にみた、あの群青が、今、目の前にあった。
何故だかわからない涙が零れた。
「あれ、わたしなんで泣いてんの」
『楠見、あのさ』
隣にいた君の声がなんだか懐かしく聞こえる。
『俺たちやっぱり_______』

一瞬なにかがわたしの頭の中を駆けた。
これは、なんの記憶だろう。
この声は、今の君の声なのだろうか。
全てが曖昧な、ぼやけた世界に意識が飛んだ。