【物理数学】ポテンシャル【存在条件やマクスウェルの関係式など】

ポテンシャルの数学的定義と,ポテンシャルの存在を判定できる定理を解説します.ただし,数学的というよりも「イメージ」を重視した説明をします.また,熱力学で出てくる自由エネルギーやエントロピーとの関連性を説明します.最後に,マクスウェルの関係式という不思議な式を紹介します.

勾配ベクトル

山の「地形」が微分可能な関数$${f(x,y)}$$で与えられているとします.この山の斜面にボールを置くと,重力がかかっているので転がり落ちます.転がる向きはどの方向だと思いますか?そう,最も傾きが急な方に向かって転がってゆきます.その,ボールが転がる(上から見た)方向と,ボールにかかる力の大きさを表したベクトルを勾配(gradient)ベクトルといい,$${-\mathrm{grad}f}$$というふうに書きます.マイナスが付くのは,「落ちる」方向を考えているからです.

イメージとしてはこんなところですが,勾配ベクトルを具体的に計算できるようにきちんと定義しましょう.定義は

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\begin{align*}
\mathrm{grad} f = \begin{pmatrix}
\pd{f}{x}\\
\pd{f}{y}
\end{pmatrix}
\end{align*}
$$

です.この定義が先ほどのイメージと一致していることを確かめましょう.

勾配ベクトルの定義とイメージが一致することの説明

ある方向$${(a,b)}$$に沿って関数を微分する(これを方向微分といいます)とき,微分の定義に従って計算すると

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\begin{align*}
\frac{df(x+ta, y+tb)}{dt} &= \pd{f}{x} a + \pd{f}{y} b\\
&=\begin{pmatrix}
\pd{f}{x}\\
\pd{f}{y}
\end{pmatrix}\cdot
\begin{pmatrix}
a\\
b
\end{pmatrix}
\end{align*}
$$

となって,勾配ベクトルと微分方向を表すベクトルとの内積で書けます.微分方向をいろいろ変えてみたときに,方向微分の大きさが一番大きくなるのは,(内積を最大にするのは二つのベクトルが同じ方向を向いているときだから,)

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\begin{align*}
\begin{pmatrix}
a\\
b
\end{pmatrix}
\parallel
\begin{pmatrix}
\pd{f}{x}\\
\pd{f}{y}
\end{pmatrix}
\end{align*}
$$

のとき,つまり,微分方向が勾配ベクトルと平行になっているときです.したがって,勾配ベクトルの方向がもっとも傾きが急になっています.また,このときの方向微分の大きさは,勾配ベクトルの大きさに比例していますから,かかる力は勾配ベクトルの大きさに比例します.こうして先ほどのイメージが定義式と一致することが説明できました.

ポテンシャルの定義

ある微分できる関数が与えられたときに,微分を求めることはいつだってできます.問題は,各地点でかかる「力」とその向きが調べられたときに,そのような力を与えるような「地形」は何か,という逆のことができるかです.

そして,これは一般的にはできません.しかし,できるような特別な場合には,そのような力を「保存力」といい,保存力を与えるもととなる地形のことを,ポテンシャルといいます.定義をいま数学的にまとめると,次のようになります.

「ベクトル場$${\bm{V}}$$に対して,$${-\mathrm{grad} f = \bm{V}}$$となるような関数$${f}$$のことをポテンシャルという.」

(注: ベクトル場とは,各地点ごとにベクトルが分布しているような状況を表すものです.すなわち,位置の関数となっているベクトルのことをベクトル場といいます.上では位置ごとに定まった力がベクトル場の例になっています.)

言い換えるとこの問題は,

$$
\begin{align*}
d'f = V_x(x,y) dx + V_y(x,y) dy
\end{align*}
$$

というような微小量が与えられたときに積分することができるかです.もし積分できるとしたら,

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\begin{align*}
df = \pd{f}{x} dx + \pd{f}{y} dy
\end{align*}
$$

というふうに書けて,これを積分した関数をポテンシャルといいます.

(注: 目の良い人ならお気づきでしょうが,積分できない(もしくはできるかわからない)ような微小量と,積分できる微小量の記号を区別しています.$${d'f}$$を不完全微分,$${df}$$を完全微分と呼びます.)

ポテンシャルの存在条件

ポテンシャルが存在するかどうかを判定するためには,次の定理が便利です.

________________________________

定理(ポテンシャルの存在条件)

ベクトル場が

$$
\begin{align*}
\bm{V} = \begin{pmatrix}
V_x(x,y)\\
V_y(x,y)
\end{pmatrix}
\end{align*}
$$

と与えられたとする.(定義域は空間全体とする.)このとき,次の(1)から(3)はすべて同値.

(1) $${-\mathrm{grad} f = \bm{V}}$$ となるような関数$${f}$$が存在する.
(2) 任意の道$${\bm{l}}$$に沿った線積分$${\int_a^b \bm{V} \cdot d\bm{l}}$$は,道の両端のみにより,径路に依存しない.
(3) $${\mathrm{rot} \bm{V} =0}$$

________________________________

(3)に出てきた記号の定義は,

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\begin{align*}
\mathrm{rot} \bm{V} = \pd{V_y}{x} - \pd{V_x}{y}
\end{align*}
$$

です.これはベクトル場の作る渦の度合いを表していて,ベクトル場の回転(rotation)と呼ばれます.

この定理を示すのはさほど難しくはありませんが,あまり数学的になることは避けたいので,証明のイメージを物理的に説明したいと思います.

山を登るとき,登る道によらず,同じだけ仕事をします.まっすぐに山頂を目指すとしたら,距離は短いものの急勾配を登るので大変です.一方,迂回すれば急勾配を避けられますが,その分距離が長くなって大変です.というわけで仕事は道のりによりません.(そんなことはない,と思うかもしれません.今は,重力に逆らって仕事をする分のことだけを考えています.なので,急斜面を登るほうが難しいとか,長時間歩くだけで疲れるとか,そういったことは考えていないのです.)これは(1)から(2)が言えることを意味します.逆に,仕事が道のりによらないなら,その仕事の大きさから,山の高さを知ることができます.こうして仕事とポテンシャルが対応します.よって(2)から(1)も言うことができます.

山を登った後に降りてきましょう.降りてもとの位置に帰ってきたとします.山を下るときは,同じだけの仕事を「される」と考えます.なので,(2)が成り立っていれば,どんなにぐるっと回って帰ってくるような道をたどっても,同じ場所に戻れば,トータルの仕事はちょうど打ち消しあってゼロになります.もし,力のベクトル場のどこかに,渦を巻いている箇所があれば(ベクトル場の回転がゼロでなければ),その渦に乗れば,仕事をされて推進力を得ることができますが,(3)の渦無しの条件はそういうことは決して起こらないということです.(もし渦があれば重力から永久機関を作れておかしなことになります.)こうして(2)と(3)は同じことを言っていることがわかります.

力学のポテンシャルと熱力学ポテンシャルの違い

また,今考えたものは,山を登る「速さ」にもよらず一定の仕事をします.(2)で道のりの端と端にしかよらないと言っているので当然ですが,これはパラメータを取り換えて置換積分しても結局同じになることからも確かめられます.

しかし,熱力学ではこうはいきません.素早く操作するほど,仕事としてカウントできないようなエネルギーが発生してしまうのです.すると,仕事からポテンシャルを対応させることができません.そこで,準静的な(ゆっくりとした)操作に対してヘルムホルツの自由エネルギーを定義することで,うまくポテンシャルのような量を作ることができるのです.

積分因子

先ほども言いましたが,

$$
\begin{align*}
d'f = V_x(x,y) dx + V_y(x,y) dy
\end{align*}
$$

という式(ちなみにパフ(Pfaff)形式といいます)が与えられたときには,それは積分できるとは限りません.しかし,二変数の場合なら,なにか関数を掛けると積分できるようになります.その関数のことを積分因子といいます.

一方,二変数よりも多変数の場合だと,一般には積分因子は持ちません.しかし,熱力学において

$$
\begin{align*}
d'\varphi = d(E^\mathrm{tot} - F) - SdT
\end{align*}
$$

なる式(こちらの記事を参照)は,なんと温度で割ったら積分ができてしまうという特別な物理的なわけがあるのです.温度を積分因子としたその積分としてエントロピーが定義できます

マクスウェルの関係式

上記の定理の(3)から導かれる,熱力学で成り立つ関係式をマクスウェル(Maxwell)の関係式といいます.たとえば,自由エネルギーの勾配の回転が$${0}$$ということからは,

$$
\newcommand{\pd}[2]{\frac{\partial #1}{\partial #2}}
\begin{align*}
\pd{S(T,V)}{V} = \pd{P(T,V)}{T}
\end{align*}
$$

が得られます.この式は,系の温度を固定したときのエントロピーの体積に対する増加率が,系の体積を一定にしたときの圧力の温度に対する増加率と等しいと言っています.一見関連のなさそうな二つの量が一致するという,とても不思議な式が得られます.

今回のまとめ

・ポテンシャルとは,力がある関数から導かれるとき,その関数のことを指す.
・ポテンシャルは仕事によって測ることができる.
・力の分布が渦無しのとき,ポテンシャルは存在する.
・熱力学では仕事が操作の速さによるので,準静的なときの仕事としてポテンシャルのような量(自由エネルギー)を定義する.
・渦無しの条件から,マクスウェルの関係式という非自明な式が得られる.

クオリティの高いノートをたくさん書けるように頑張ります!